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【コミカライズ2026/1/10発売決定!!】乙女ゲームヒロインの『引き立て役の妹』に転生したので立場を奪ってやることにした。【書籍1巻2巻発売中!】  作者: 陸路りん
第二章

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202/217

81.謎解き

 エイドは眉をひそめる。

「一体これはなんの茶番ですかな? キャロライン殿」

「茶番ではなくこれは真実ですわ。エイド様」

 真っ赤なルージュの引かれた唇をつり上げてキャロラインは笑う。

「あなたはわたくしのことも騙そうとしましたわね」

「……なんの話だ」

「心当たりがないと? ではこれから説明してさしあげますわ。あなたの語った偽りについて」

 スポットライトのようにシャンデリアの明かりはキャロラインのことを照らしていた。招待客達は彼女のことを期待のまなざしで見つめる。

「ではまずはこちらのご紹介を。人の手柄を横取りするのは流儀に反しますの。皆様ご存じかと思われますが、彼はレオンハルト様。元聖騎士でありこの国を救った英雄ですわ」

 その紹介に周囲はざわめいた。

 周囲の視線にレオンハルトは静かに礼をして見せる。

 上げられた顔の中で扇形のまつげに縁取られた黄金の瞳が燦然と輝いた。

「実は彼がこちらのカール様を見つけた功労者ですの」

 キャロラインはそう言うと共にレオンハルトへと軽く目配せをした。それを受けて彼は小さくうなずく。

「俺がこちらのカール殿を見つけたのはこの屋敷の庭園の奥、雑木林に隠されるようにしてある蔵の中でした。そしてその蔵には座敷牢がありました」

 レオンハルトの証言にざわめきが増す。彼は淡々と続ける。

「彼はその中に閉じ込められていたんです」

 その衝撃的な告白に観客達は驚きの声をあげ、ついでエイドのことを見た。その視線に含まれているのは驚きと批難だ。

「何を馬鹿なことを……」

「彼は生まれつき色素が薄い体質で生まれたそうよ。そしてそのことを彼のお母様は隠そうとした」

 エイドの言葉を遮りキャロラインが後の説明を引き取った。それを聞いていた人々は皆、エイドの公開した日記の一節を思い出したことだろう。

『この子は大切なものが欠けている。身体を見られないように気をつけないと』。

 キャロラインはその瞳を悲しげに伏せてみせる。

「けれどそれを隠し切れなかった……。そしてエイド様に幼い彼と彼の母親は追い出されてしまったの」

「ふざけるな……っ!!」

 キャロラインの告発にエイドは怒鳴った。その目は血走り、何度も手にした杖をガンガンと床に打ち付ける。

「先ほどからくだらん戯言を……っ!! そんな男、私は知らん!! 見たこともない! 第一この私が! 私が! 娘を追い出しただと……っ!?」

 エイドはひときわ大きく杖を振り上げた。

「人を虚仮にするのもいい加減にしろ!!」

 ダンッ、と強い音が響き渡った。床に杖を振り下ろしたエイドはぜぇぜぇと肩で息をしている。

「旦那様……っ」

 慌てて使用人の女性が駆け寄るとその肩を支えた。年配のその女性はそれなりの地位にあるのかすぐに近くの使用人へと指示を出し椅子を持ってこさせるとエイドのことをそこへと座らせる。

 その姿を見守ってから、キャロラインは「こちら、あなたがご提示された絵画なのですけれど」と口を開いた。

 それは最初に見せられた『娘と孫の肖像画』だった。

 女性が赤ん坊を抱いている絵だ。

「それを……っ、どうして貴様が……っ!」

「少しだけお借りしましたの。そして専門家に鑑定していただきましたわ」

 憤るエイドにキャロラインはひょうひょうとそう告げた。

「その結果、こちらの赤ん坊の髪の毛の部分は後から付け足されたものだとわかりましたの。それから、この部分に絵の具が上から塗られて下に隠された絵があるということも」

『髪の毛は後から付け足された』『隠された絵』という言葉に周囲はどよめく。それにエイドは鼻を鳴らした。

「馬鹿馬鹿しい、妄言もそこまでに……っ!」

 しかしそこから先の言葉は続かなかった。キャロラインがおもむろに小型のナイフを取り出すと、それを絵の女性の胸元に当てたからだ。

「おい……っ! 何をして……っ!!」

 慌てて立ち上がるエイドの前で、その絵は削られ、そしてその『隠された絵』の正体を現した。

 それは魔導石だった。

 女性の胸元には巨大な魔導石をネックレスに加工したものがかけられていた。それが塗りつぶされていたのだ。

 そしてその魔導石はーー、

「こちらの魔導石は、あなたが今回の景品にした物と同じ物ですわね」

 大人の拳ほどはあろうかという大きさの緑色の魔導石。その色は透き通り純度が高いことがうかがえる。

 それは紛れもなくエイドが孫探しの報酬として提示した魔導石だった。

「あなたは自らの孫が色素欠乏症だと知り跡継ぎにはできないと考えて娘と孫を追い出した。しかし跡継ぎは必要。そのため一計を案じたのですわ。そう、肖像画に細工をして孫の容姿を偽り、自らにとって都合の良い人物を孫として選抜して跡継ぎにしようと考えた。しかしそんな最中に噂を聞きつけたカール様があなたを尋ねていらした。自らが孫であるという証拠である母親の遺品、この魔導石のネックレスを携えて、ね」

 キャロラインは肖像画の魔導石の部分を示す。

「困ったあなたはカール様のことを蔵の座敷牢へと閉じ込め、そしてこの魔導石を奪った。肖像画にも描かれているこの魔導石を彼が持っているなど不都合でしかなかったでしょうから。そしてまだ計画を変更しなくて良いことに気づいたのよ。肖像画からこの魔導石のネックレスを消して、カール様を亡き者にすれば真実を暴ける者はいない。そう思ったのね。そして証拠品でもあるこの魔導石からネックレスの加工を取り払い、景品として手放すことにした。エイド様、あなたはとても頭の回る方だわ。その計画は完璧だったと言ってもいいでしょう。でもあなたにも良心があったのね」

 そこで彼女はカールのことを見た。

「追い出したとはいえ、一人娘の忘れ形見を手にかけることに躊躇した。その結果、あなたの嘘は暴かれたのよ」

「ふざけるな、そんな男は知らないと私は何度も……っ!!」

「この魔導石をあなたが持っているのが彼と面識のある証拠よ。使用人の方から伺ったけれど、この魔導石はお嬢様が魔導石の発掘現場に見学に訪れた際に見つかり、それをあなたがネックレスに加工させてお嬢様に贈った物だそうね。そしてそれ以来彼女は肩身は離さずこの魔導石を身につけていたと何人もが証言してくれたわ」

 キャロラインの言葉に数人の男性の使用人達が前に進み出てきた。皆ある程度年かさの者で長年この屋敷に仕えている者達だ。

「この魔導石は、確かにお嬢様の物に相違ありません」

 その中の一人が静かにそう断言した。

 それにエイドは顔色を白く染める。

「お、おまえら、一体なぜその女の肩を持つような真似を……っ!!」

「旦那様、私共はあなたに誠心誠意仕えてきました。しかしこれ以上あなた様が足を踏み外すところは見たくはないのです」

「…………っ!! その魔導石は確かに娘の物だ!」

 エイドの言葉に周囲がどよめく。

「だが! それは娘が屋敷を出て行く時に置いていったのだ! 私はそれを家に置いておきたくなかった! 私の過ちを突きつけられるようだったからだ! だからネックレスの加工を取り払い、今回の景品として手放そうとしただけだ!!」

 キャロラインは小さく首を横に振った。

「そんな言い訳が通用すると思っているのですか?」

「言い訳などではない! 第一! 孫の肖像画に髪を付け足したりなどはしていない! その絵は最初からブラウンの髪が描かれていたのだ! なぁ! そうだろう!?」

 エイドはそう自らの肩を支え、椅子に座らせた侍女に尋ねた。彼女はその勢いに気圧されたようにして「え、ええ」とうなずく。

「わたしはお嬢様のお世話を勤めさせていただいてきました。ですからお子様と接することもありましたが、確かにブラウンの髪をしておりましたよ。この目で確かに見ました」

 そら見ろ! と言わんばかりにキャロラインを振り返ったエイドは、しかし、

「いいえ、その証言は誤りです」

 キャロラインの側に控える男性の使用人の言葉にその表情を失った。

「我々はお子様の髪など見たことはありません。ほとんど生えていなかったと記憶しております」

 その証言に近くにいた他の男性の使用人達も同意するようにうなずく。

「た、確かにおくるみで見えづらかったですが……」

 侍女は言いつのったが、それに同情するように彼らは目を細めた。

「それに肖像画に元々髪が描かれていなかったことも存じております。なぜ後になって髪を描き足されたのかと疑問には思っておりましたが……、まさかこのような理由があるとは知らず、ただ旦那様はお子様の髪色をご存じで面影を残したかったのだろうとだけ思っておりました。……キャロライン様から真実を伺うまでは」

「会場の皆様にお伺いいたしましょうか」

 キャロラインはそう静かに告げる。そして会場をぐるりと見回して問いかけた。

「皆様はどう思われますか? たった一人の証言と複数人の証言、一体どちらを信じられます?」

 周囲の視線は雄弁だった。皆一様に冷めた視線をエイドへと向けている。そんな中側に控えていた侍女だけは「で、でも……っ」と声を上げた。

「確かに……っ お嬢様は基本的にご自分でご子息様を見られていましたが、従業員があやすこともあって……っ」

「あなた以外にそれを証言してくれる人はいるかしら?」

 しかしキャロラインの言葉にそれ以上は続けられなかった。

 そもそもが十年以上前の出来事のため、ただでさえ証言できる人は限られている。

 十年以上前から勤めている使用人にしか証明できない事柄なのだ。そしてその十年以上勤めている使用人のほとんどが『ご子息の髪の色は見えなかった』『肖像画に髪は元々描かれていなかった』と証言している。 侍女は周囲を見渡したが、彼女の側にいる他の侍女達は皆年若く何も言えない様子だった。それもそのはずだ。女性の使用人の多くは皆寿退社などで辞めてしまうことが多く、それほど長く仕え続けてきた侍女は彼女だけだった。

「だ、旦那様……」

 おびえたように彼女はエイドを振り返る。

 それにエイドは目を細め、その肩を慰めるように叩いた。

「あら、ずいぶん親しげですのね」

 それにキャロラインは眉をひそめる。

「何がいいたい?」

「いいえ? なにも?」

 エイドの批判に彼女は肩をすくめてみせた。それにエイドは鼻をならす。

「もう良い、貴様などに頼った私が馬鹿だった。好きにするが良い」

「お認めになりますのね」

「まさか!」

 エイドは再び強い力で杖を床に打ち付けた。

「くだらん茶番だ。いいか、こんなことをしてただで済むと思うな!」

 そう言って彼は力尽きたように再び椅子に腰掛ける。そして近くのテーブルにあったグラスを一口あおった。

 疲労のためかいつもよりも姿勢の悪くなったその身体は小さくしぼんで見えたがそれでも彼はぎろりと眼光鋭くカールのことをにらみつける。

「ただで済むとおもうな。私はエイド、エイド・ローラルだ! 私は認めん。おまえのような狐が跡取りだとは! 私が認めん以上! おまえは跡取りではない!」

 それにやれやれとキャサリンは肩をすくめた。

「それを決めるのはあなたではありません。この件を私たちは国に訴訟いたします」

「……なんだと?」

「公正な裁判で決めてもらいましょう。どちらの主張が正しいのかを!」

「……っ」

 エイドは目を剥く。そして何かを言おうとしてその口を閉ざした。そしてその視線をどこかへと向けた。

「あなたも、そう思われるか。レオンハルト殿」

 話を振られたレオンハルトは冷静な瞳でエイドのことを見据えた。

「いいや? まったく」

「え?」

 その予想外の返事にキャロラインが驚きの声を漏らす。と同時に彼は動いた。

 素早く、そして容赦のない動きでキャロラインのことを蹴倒した。その勢いに彼女は床に昏倒するように倒れ込む。

「……っ!? おい……っ!!」

 その突然の出来事にカールが声を上げて彼女に手を伸ばすよりも先にレオンハルトの腕が伸びて彼の腹を殴った。

「……ぐぅっ!!」

 くぐもった声を出してうめく彼のことをレオンハルトは無駄のない所作で確保するとそのままスーツの胸ポケットに隠していたロープを取り出して縛り上げる。

「カ、カール……っ!! きゃっ!!」

 そして床から起き上がろうとするキャロラインの背中を踏みつけることで押さえると彼女のことももう一本のロープで淡々と拘束した。

 それはあまりに一瞬の出来事だった。

 その光景をその場にいる人々は呆然として見守ってしまった。彼がロープを縛り終わり、まるで重い荷物でも運び終わったかのように平然とスーツの乱れを直した頃、やっとエイドは我に返った。

「レ、レオンハルト殿……っ」

「はい、エイド殿」

 声をかけられてもレオンハルトは淡々としている。その瞳からは特になんの感情も読み取ることはできない。

 今さっき暴行を働いたばかりの人間とは思えない堂々とした態度である。

「こ、これは一体……、その、あなたは彼らの味方だったのでは……」

「『味方』? まさか。後にも先にも俺が『味方』をするのは一人だけですよ」

 そう言うと彼はホールの扉の方を振り返った。

「そうだろう? ミモザ」

 人々の視線が扉へと注目する。その視線の中、ゆっくりと扉は開かれた。

 そこには少女が立っていた。短く切りそろえられたハニーブロンドの髪に海の底のように青く大きな瞳、肌は白くまるで雪のように透き通っている。

 彼女の瞳が真っ直ぐにレオンハルトのことを見た。

「さて、どうでしょう?」

 彼女は真っ青なドレスワンピースの上に羽織るようにして白い教会騎士の軍服を羽織っていた。

 それは彼女が今、『ミモザ』としてではなく『聖騎士』としてこの場に立っていることの証明だった。

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