76.ダグの役割
目の前のテーブルにはところ狭しと食事が並んでいる。
焼き魚に焼き鳥、パンケーキにあんみつ、アイスクリームの乗った大きなパフェである。
「食い合わせ大丈夫か?」
そう半眼で言うダグの目の前には唐揚げの定食が置かれていた。
ミモザはそれにしっかりとうなずく。
「やけ食いです」
「いや、量じゃなくて……、せめて白い飯くらい頼めよ」
「パンケーキがあるんで」
「それが主食のつもりか? もしかして」
パンケーキに甘ったるいシロップをかけるミモザを見て、彼はうぇっと舌を出した。
「カフェの店主なのに甘い物が苦手なんですか?」
「ちげーよ。単体なら文句ねぇよ。焼き魚と一緒に食うなよ」
パンケーキを一口食べた後に焼き魚に手を伸ばすミモザにダグはドン引きしたような顔をした。
遺憾である。
「好きな物を好きなだけ食べてるだけなのに……」
「世の中には美味しい組み合わせってもんがあってだな」
ダグはしばらくの間ミモザの食事に文句をつけていたが、ふとそれに飽きたのか口を閉ざした。
そして皮肉げに口元をゆがめるとミモザの肩の上を見る。
「あんた、本当に聖騎士だったんだな」
そこには真っ白い毛並みのチロがいた。
「ああ」
ミモザはうなずく。確かダグの前ではチロは灰色のネズミに幻術で擬態させていたのだ。
「ええ、実は」
「世も末だな」
「どういう意味かは聞かないでおきます」
そのまましばらく二人でもくもくと食事を頬張る。ダグは定食をあらかた食べ終え、ミモザも残すはパフェだけとなった時に再び口を開いた。
「そういえばダグさん、あなたはなぜこの街に?」
ダグには年の離れた幼い弟がいる。その弟の姿がそばにいないのに旅行という線は少ないだろう。
ミモザのその問いかけに彼は「ああ」と軽くうなずいた。
「買い出しだよ。店に置くもんとか新商品のための材料とか、時々離れた場所に見に来るんだ」
「たった一人で?」
フェルミアからここまでは王都を介して馬車で移動すれば半日といった距離だ。買い出しには確かにこれる距離だが、幼い弟を同行させていないのは気にかかる。
ミモザのその問いかけに意図を察したのか、「まぁ一瞬だからな」と彼は答えた。
「はい?」
意味がわからない。
そんな顔をするミモザに彼は手の甲を差しだしてみせた。
「……うっ」
そこに刻まれた印を見てミモザはうめく。
そこには試練の塔を受け、女神の祝福を受け取った者だけが持つ七つの花弁の印が刻まれていた。その花弁の色は、
「ぎ、銀……」
特に瞬間移動の祝福に限っては金色である。
花弁は七枚すべてそろい、燦然と銀色と金色に輝いていた。
「良く行く街に移動魔法陣を置いてるんだよ。だから買い出しにいっても昼頃に出て夕方には帰れる」
「……」
「それならアイクも留守番してられるし……、どうした?」
そこまで話して青白い顔で黙り込むミモザに彼は気づいて問いかけてきた。しかしミモザはなかなか口を開くことができない。
(銀、金……)
銀は普通に手に入る祝福である。それこそ第一の塔から第三の塔までは野良精霊も出現しないためその辺の一般人が持っていたとしても不思議ではない代物だ。
しかし。
しかしである。
ミモザは顔を青ざめさせたまま、そっと机の上に手を置いた。そしてその手の甲をダグへと差し出す。
「ん? 一体なんだって……」
そこまで言ってダグは黙り込んだ。
ミモザの手の甲を見たからである。
まぎれもなく、この国の最強の精霊騎士であるはずの聖騎士のミモザの手の甲を。
すべての花弁が銅色のミモザの手の甲を。
「……。まぁ、祝福のランクだけがすべてじゃねぇしさ」
「……」
「いやぁ、むしろすげぇじゃねぇか、銅の祝福しかないのに御前試合を勝ち抜いて聖騎士になるなんて! アイクの奴もきっと褒めると思うぜ!」
「…………」
「ま、まぁ、気を落とすなって」
「……うわーーん!!」
ミモザは泣いた。大号泣である。
机につっぷして泣くミモザに、ダグは気まずそうに机に置かれた水を一口含み、チロは慰めるようにその頭を撫でた。
「ダグさんは騎士なのですか?」
なんとかやっと立ち直り、パフェを食べ尽くしてついでに自分の心を慰めるために追加したケーキを食べながらミモザはそう尋ねた。
ちなみに頼んだのはチョコレートケーキだ。あまり甘すぎずついでに頼んだミルクティーとの相性は抜群である。
それをちょっと引いた目で見つつ、「なわけないだろ」と彼は言う。
「試練の塔を攻略したって御前試合にでなければ騎士にならなくていいんだぜ」
「そこまでやったら普通は騎士になると思いますけど」
なにせ精霊騎士は給金がいい。そうでなくても名誉職なので中には騎士の資格だけ取って実際には教会騎士にも王国騎士にも所属しない者もいるくらいだ。
ただの護衛だとしても、精霊騎士の資格を持っているというだけで給料と信頼は跳ね上がるからだ。
別に御前試合で勝たなくても出場して承認を受けるだけで資格自体は手に入るのだから、そこまできたらみんな出場するだろう。
しかしそれを彼は鼻で笑った。
「ただの喫茶店の店主が騎士の資格なんて持っててどうするよ」
「……いや、じゃあそもそもなんで試練の塔を攻略したんですか」
それこそただの喫茶店の店主ならば第四の塔くらいまででやめそうなものだ。
「ただの腕試し」
「はぁ……」
「あとは幼なじみの付き合いだな」
「幼なじみ」
「ああ」
フェルミアに滞在時にそのような人物には行き会わなかったが、ミモザは仕事でばたばた出歩いていたのでたまたま会わなかっただけかも知れない。
「幼なじみさんは精霊騎士なんですね」
何気なく言った言葉は、
「いや?」
「は?」
首をかしげて軽く否定された。それにミモザも首をかしげる。
「あいつも騎士にはなってねぇと思うけど、……どうだったかな」
「はぁ……」
それはまたなんともよくわからん幼なじみである。
一応花形職業なんだけどなぁ、と精霊騎士になるのにそれなりに苦労をしたミモザは思いつつ、ケーキを食べ終えた。
「じゃあな、あと数日はこの辺うろうろしてると思うが、見つけても声はかけるなよ」
店外に出るとダグはそう言った。彼は茶色の瞳を嫌そうに細めて軽く手を振る。
「あんたはやっぱりうさんくせぇからな」
「とんだ誤解です」
それにミモザも手を振り返し……、そしてわずかなめまいを感じた。
茶色の瞳、清潔に結い上げられた銅色の髪、少し皮肉げな笑み。
(あ、この人……)
その時、ミモザの脳内に映像がよみがえった。
ゲームの記憶だ。
(好感度確認キャラクターだ)
いわゆるガイド役である。二作目のシステム改良により追加された、攻略キャラクターの好感度を教えてくれるキャラクターである。彼はどの街でもどこからともなく現れ、そしてどのキャラの好感度がどのくらいかを教えてくれ、さらには好感度を上げるためのヒントまでくれる主人公の応援をしてくれるキャラクターである。
それをミモザが思い出したと同時に彼はきびすを返し、そのまま立ち去ってしまった。
その後ろ姿をしばらく見送ってから、はっ、とミモザは気づく。
「しまった……っ!!」
そして頭を抱えた。
「攻略キャラの情報をもらえば良かった……っ!!」
具体的にどう生かすかはともかく、物語の展開に攻略キャラクターの好感度は重要である。
特にカールの処遇をどうするか悩んでいる現状のミモザにとっては情報はあって損するものではない。
しかし後悔しても後の祭りである。彼はもう立ち去ってしまい、人混みに紛れて姿は見えない。
(……また明日あたりこの辺探してみるか)
がっくりとミモザは肩を落とすと、とぼとぼと帰路へとついた。




