66.夢
満点の星空が輝く空の下、美しい日本庭園を彼女は歩く。
長く美しい金色の髪は月明かりを反射して翻り、サファイアの瞳は夢見るように虚空を見つめている。
わずかに開いた桃色の唇からは小さな歌声が響いていた。
夜のしじまの中で彼女の歌声が流れ、それに合わせてその足下は踊る。
やがて彼女の歌声に合わせるようにして弦楽器の音がした。
彼女はそれに気づいて足を止める。
そしてその方角を探すようにきょろきょろとした後、再び歌い出すとそれに合わせるようにしてまたその楽器の音が響いた。
音に導かれるようにして彼女はふらふらと庭の片隅にある雑木林へと足を踏み入れる。そこには古びた背の高い蔵があり、どうやらその上のほうにある窓から弦楽器の音は響いているようだ。
彼女が窓の下へと立ち、そして一節を歌い終わると同時にその楽器の音もやんだ。
「誰かいるのかい?」
窓から降ってきたのは穏やかな男の声だった。
その声に少女は窓へと顔を向ける。窓からはひらひらと白い手が覗いていた。
「すまない。誰だかわからないがもしよければ助けてくれないか」
「……どうしたの?」
「閉じ込められているんだ。助けてくれ」
「まぁ! 大変!!」
その弱り切った声に、少女は慌てて目の前にあった扉へと手をかけた。扉に引っかかっていた古びた鍵が音を立てて地面に落ちる。それにも目もくれずに彼女は階段を駆け上がった。
そしてその先で見た光景に絶句した。
「これは……」
「やぁ、お嬢さん。きみなら助けにきてくれると信じていたよ」
そこには巨大な牢屋があった。
二階まるまるを使った巨大な座敷牢だ。
その中に力なく座る男性が一人いた。彼は透き通るような真っ直ぐな白髪とすみれ色の瞳を持った少女と同じ年くらいの少年だった。一瞬その中性的で美しい顔立ちに女性だろうかとも思ったが、その声や話し方は紛れもなく男性のものだ。背後には先ほどまで見上げていたとおぼしき窓があり、そこから月光が差し込んでいる。
その神々しいまでの美しさに目を奪われながら、彼女は尋ねた。
「あなたは……」
彼はにこりと微笑む。
「俺はカール。カール・ローラル」
「『ローラル』……?」
その名前は聞き覚えがあった。この屋敷の主であり領主である男の名前だ。しかしそうだとしたらこの目の前の男はーー、
「そう、俺はこの屋敷の主人、かのエイド・ローラル公の孫だよ」
息を呑む。しかしおかしい。少女が知る老人は自らの孫を探しており、候補者を四人立てているのだ。なぜ孫を名乗る人物がこんなところで閉じ込められているのかと目を見張る少女に、彼は言った。
「俺はこの通り母とは似ても似つかない色に生まれてしまった。そのことをエイドは疎んでいるんだ。そして自分と色の似た都合のいい相手を後継者にしようとしている。きっとお眼鏡にかなった『孫』が見つかれば俺は秘密裏に処分されてしまうだろう」
「……なんてひどい」
そっと少女は格子まで近づくとその場に座りこんだ。カールはその姿を見てまぶしいものでも見るかのように目を細めるとそっと手を伸ばしてきた。
「どうか俺のことを助けてはくれないか?」
「ええ! ええ! もちろんよ! きっと助けるわ!!」
少女はその手を元気づけるようにぎゅっと力強く握った。それに彼は微笑むと弱々しく握り返す。
「ありがとう。ええと、きみの名前を聞いてもいいかな?」
「ええ。わたしはステラよ」
金色の髪が夜の中できらめく。サファイアの瞳は真摯な輝きを放ってカールのことを見つめた。
そして大輪の薔薇のように微笑む。
「よろしくね」
ーーその瞬間、ミモザの目は覚めた。
「攻略対象者じゃん……」
頭痛が酷い。窓の外を見るとまだ空は白み始めたばかりだった。
あの『カール』と名乗る男と邂逅した後、ミモザはとりあえず考えさせてくれと一時保留にして自室へと帰って眠りについた。
そして見た夢がこれである。
「疲れた……」
休むために寝たのにさらに情報を詰め込まれて頭がパンクしそうだ。
しかしまぁ、ステラを追ってきた身としては朗報ではある。
本来ステラが来るはずの場所なのだとしたら、本当にこの近辺で起きている『野良精霊の繁殖』はステラが起こしているのかもしれない。
「…………。とりあえず、野良精霊の異常増殖が起きてたらしい場所を見に行くか」
もそもそと布団が起き上がるとミモザは着替え始めた。朝食を取ろうと部屋をでる寸前、部屋に置かれていた鏡台が目に入る。
鏡に映る自身の顔はひどくやつれていた。




