64.謎の音
(恋とはなんなのか……)
十数時間後、結局あのまま夜まで寝て過ごしたミモザは空が暗くなってから庭園へと散策にきていた。
頭の中を整理するためだ。
(しかし……)
なんて考えれば考えるほどカオスなテーマだろう。
いつだったか聞いた古い歌に『恋とは身勝手で愛とは思いやるもの』なんて歌詞の歌もあった気がするが、よくわからない。
(僕のレオン様に対する感情は……)
愛情ではある。恋情も……、キャロラインに奪われてショックを受ける程度にはあるのだろう。
ではレオンハルトのミモザに対する感情は?
(愛情はあると思うけど……)
正直レオンハルトからの好意は行動が突き抜けすぎていてよくわからない。ミモザのことを軟禁したがるのはどういった種類の感情なのだろうか?
「わからない……」
「ちちぃ!」
『そんなもん考えずにさっさと確認しにいけ!』とチロは相変わらず強気だ。
「だからさぁ……」
それができれば苦労してないだろ! と言い返そうとして、ふと何かに気づいたようにチロが顔をあげたことでその言葉は遮られた。
チロの視線の方向へとミモザも顔を向ける。
「……音?」
何かしらの弦楽器の音がする。それは非常にかすかな音でおそらくチロが顔を向けなければミモザは自身の足音にかき消されて気づかなかったことだろう。
チロと顔を見合わせる。
そしてそのままふらふらとミモザは音のする方へと歩きだした。
そこには立派な蔵があった。
日本庭園にあってもあまり違和感のない和風な蔵だ。背の高い木が集中的に植えられた場所に隠すようにしてあったその蔵は少し高い位置に格子付きの窓が開いている。
(めずらしいな……)
基本的に蔵は貴重品を納める場所だ。である都合上換気用にたまに開ける程度の窓はあるかもしれないが、常時開いている窓を設置するのは違和感がある。
(蔵じゃないのか?)
しかし家というには出入り口も窓もその一カ所のみで殺風景すぎる。
そしてその開いている窓から確実にその弦楽器の音は聞こえてきていた。
ミモザはとりあえず扉へと近づく。かんぬきがかけられており、そこに鍵もついているが、破壊しようと思えばできそうな古ぼけた鍵である。
何気なくそれをゆするとあっさりとその鍵は接合部分が切れて地面に落ちてしまった。
「ええ!」
やばいと思って慌ててそれを拾い上げる。切れてしまったと思った蝶つがいはそもそもしっかりとはまっていなかったらしい。錆びたそれをもう一度扉に戻して鍵をかけ直そうとすると穴にうまくはまらず再び地面に落ちてしまった。
(これ……)
もともとしまっていない壊れた鍵をそのまま引っかけていただけだったらしい。
「まぎらわしい……」
思わず壊してしまったかと焦って損をした。
「誰かいるのかい?」
肩をなで下ろしていると頭上から声がかかった。穏やかな男の声だ。
見上げると扉のちょうど真上にある窓からひらひらと白い手が覗いていた。
「すまない。誰だかわからないがもしよければ助けてくれないか」
「……状況がよくわからないのですが」
「閉じ込められているんだ。助けてくれ」
「…………」
(あやしい……)
状況が怪しすぎる。
「……扉の鍵は壊れてますよ」
とりあえずミモザは事実を告げる。
「そうなのかい? でも内側にも部屋があってそちらは鍵がかかっているんだ。開けてくれ」
ミモザは舌打ちをした。
勝手に出てきてくれるのならともかくミモザ自ら内部に踏み込むのはできればしたくない。
ミモザはチロを見た。チロはミモザの目をしっかりと見つめてうなずく。そしてぴっ、と屋敷の方向を指さした。
意味は『一時撤退』。
ミモザもそれにしっかりとうなずき返すと、頭上へと向けて
「じゃあちょっと屋敷の人呼んでくるんで待っててください!」
と声をかけた。
(これでよし!)
ミモザはただの来客である。この屋敷で起きたことはこの屋敷の人間が処理すべきだ。
さて、屋敷に戻って適当な人に声をかけるかときびすを返したところで、
「いやいや! それはだめだよ! この屋敷の人間に俺は閉じ込められてるんだから!」
焦ったような声が頭上から振ってきた。
それに再びミモザは舌打ちをする。
(厄介な……)
『屋敷の人間に閉じ込められている』などと言われたら、それが嘘でも本当でもミモザが対応しなくてはいけなくなってしまうではないか。
(こんな時に……)
ミモザはレオンハルトの裏切りにあって傷ついているのだ。傷ついている時は普通もうちょっと労れてしかるべきではないだろうか?
少なくとも傷心中に得体の知れない人物から救助を求められるだなんてついていないにもほどがある。
とはいえ彼の発言が本当だったとしたら放って逃げるわけにもいかない。
ミモザは仕方がなく扉を開けた。
扉の中には階段があった。
蔵のようだと思っていたが、意外にも中身はがらんどうで階段以外はなにもない。
古びた階段に足をかけるときぃきぃと今にも崩れ落ちそうな音を立てたが、まぁいざとなったらチロの防御形態で防ごうと覚悟を決めてミモザは一気に登り切った。
そしてそこにあった光景にさらに驚いた。
そこには巨大な牢屋があった。
二階まるまるを使った巨大な座敷牢だ。
中に座っていた人物は、ミモザの姿を見ると目を輝かせて鉄格子へとにじり寄ってきた。
「やぁ、お嬢さん! きみなら助けにきてくれると信じていたよ」
「はぁ、それはどうも……」
彼は透き通るような真っ直ぐな白髪とすみれ色の瞳を持ったミモザと同い年くらいの男性だった。一瞬その中性的で美しい顔立ちに女性だろうかとも思ったが、その声や話し方は紛れもなく男性のものだ。背後にはミモザが先ほどまで見上げていたとおぼしき窓があり、そこから月光が差し込んでいる。
(まるで雪のようだ……)
そう思うくらいに真っ白な髪と肌である。
女神と異なるのはその影がちゃんと黒いことだろう。
「あなたは……」
警戒しつつもそう尋ねるミモザに、彼はにこりと微笑んだ。
「俺はカール。カール・ローラル」
「『ローラル』……?」
その不穏な名前にミモザは眉をひそめる。しかし彼はその反応を予想していたとでも言いたげにゆっくりとうなずいてみせた。
「そう、お疑いの通り。俺はこの屋敷の主人、かのエイド・ローラル公の孫だよ」
ミモザは頭痛がした。
おもしろいなと思っていただけたらブックマーク、⭐︎での評価などをしていだだけると励みになります。
よろしくお願いします。




