46 場違いな二人
「え、えー……、レオンハルト・ガードナー様と、ミモザ・ガードナー様でお間違いないですか?」
少し引きつった顔をした門番が招待状とその持ち主の顔を行ったり来たりしながらそう尋ねた。
「はい」
ミモザは素知らぬ顔でうなずきながら、
(失敗したな……)
内心で少し後悔していた。
場所はエイド・ローラル邸の前である。周囲には『探偵役の招待客』とおぼしき人々の馬車が並び、それとは別に『ある特徴を備えた孫候補』の人々が並ぶ列もできていた。
二つを見比べて探偵役の招待客の入場受付らしき場所に近づこうとして、ミモザは自身の失敗に気づいた。
(みんな馬車で来てる……)
そう、招かれているのは当主の知り合いかその紹介を受けた『やんごとなき身分』の人々なのである。貴族か、そうでなくてもそれなりの富裕層。当然ながら徒歩で来ている人間などいない。
ミモザとレオンハルトを除いては。
(そもそもドレスを着ている時点でそりゃみんな歩かないよなぁ)
あまりにも当たり前の事実である。しかし仕方がないではないか。
ミモザは平民なのだ。そしてレオンハルトも元は平民である。
そして二人とも普段の移動は徒歩かレオンハルトの守護精霊であるレーヴェに乗るかである。
そして肝心のレオンハルトはというと、
「どうした? 君の奇行など今更だろう。徒歩で向かうと言った時点でこうなることは自明の理だ」
「止めてください」
切実にミモザは言った。
最近のレオンハルトはミモザの行動に関して寛容である。もにょもにょと何か物言いたげな微妙な表情をすることが以前よりも減った。まったくなくなったわけではないが確かに減った。しかし寛容になりすぎてこういう弊害も起きていた。
すなわち、ストッパーがいない。
ミモザが非常識な行動を取った時に止めてくれる人間がいないのだ。
いやもちろん、すべてを止めないわけではない。時々は止めてくれるしなんか叱られることもある。しかしその頻度が減っている。
(それはいいことなんだけど……)
こういう時には困る。切実に。
とはいえできれば行動の主導権は握っていたいミモザである。なぜならレオンハルトに主導権を渡すと監禁されるからだ。それだけは避けたい。
(……致し方ないか)
ミモザは諦めると『探偵役の招待客』の列に並んだ。すなわち、馬車と馬車の間に立ってさも「当たり前ですけど?」という顔で徒歩で並んだ。
そうして現在、招待状チェックの順番が回ってきて門番に不審な顔をされている次第である。
困惑しきりの門番に「もうよろしいですか?」とミモザは声をかける。そのまま無理矢理中に押し入ろうとじりじり距離を詰めていくと、「いや、そのぅ……、本当に……?」と門番はなおしぶった。
隣からレオンハルトがため息をつく音がする。そして彼が口を開くよりも先に、
「これはこれはレオンハルト殿。お久しぶりですな」
その声の主は現れた。
そこには白髪の交じり始めたブラウンの髪を一本の三つ編みにして肩に流し、意志の強い茶色い瞳と大きな鷲鼻をもつ老人が立っていた。手に杖は持っているものの、その背筋はしゃんと伸びて年齢を感じさせない力強さがある。
「これは……、エイド殿。お久しぶりです」
レオンハルトはその人物を見て驚いたように目を見開くと、すぐにうやうやしく礼をした。ミモザもそれに合わせて慌ててカーテシーをしてみせる。
(この人物が……)
エイド・ローラル。この街の領主。
彼はミモザのことをちらりと見ると、小馬鹿にしたようにふん、と鼻を鳴らした。
「どうにも奇妙な娘とご婚姻されたとの噂は本当のようで。あなたらしくもない失態だ」
どうやら彼はミモザのことが気に入らないようだ。実はそういう人間は何名もいる。
それはレオンハルトに恋する女性達だったり、レオンハルトを騎士として慕っていた人間だったり、レオンハルトを……、とにかく快く思っていた人間が、彼のことを聖騎士の座からとんでもないやり方で引きずり落としたあげく、なぜか結婚したミモザに対して悪感情をもっているのだ。
(さもありなん)
当然といえば当然である。
ミモザ自身も後から思い出してけっこうやばいことしたな、とは思っている。特に反省も後悔もしていないが。
ちなみにレオンハルトを快く思っていなかった人間はミモザに対してそこまで悪い感情を抱かないことが多いようだ。まぁ、邪魔な人間を引きずり下ろしてくれたあげく、ミモザ自身はただの小娘なので、邪魔者が消えてラッキーぐらいの感覚なのだろう。
というわけで、目の前のエイド・ローラル老はレオンハルトに好意的な人物である可能性が高いようだった。
そしてレオンハルトもエイドに対してそう悪い感情は抱いていないのか、彼はエイドのその嫌みに苦笑を返した。
「我が妻は確かに奇妙な行動の多い女性ですが、これは失態ではなく俺の人生で最大の功績ですよ」
「それはそれは……。まぁ、歳をとってそこの娘が醜くなった後もそう思えるといいですな」
「見た目などそう重視はしておりませんよ。まぁ良い方が眼福ではありますが、例えこれの顔がある日突然潰れたところで俺は気にしないでしょう」
「いや、それは多少気にしてほしいですね!」
二人の不穏な会話にミモザは思わず挙手して割り込んだ。
というか顔面が突然潰れたらそれはぜひとも気にしてくれ。原因不明ならそれはそれで恐ろしいし、例え原因が明白だったとしても少しは気にして欲しい。
というかそれはミモザが普通に嫌だ。
比喩表現であることはわかっているが、そうだとしても嫌だ。
しかしミモザの至極真っ当な抗議にレオンハルトはさも意外そうな顔をした。
「君が外見を気にしているとは知らなかったな」
「多少は気にしますよ?」
せめて外見だけは姉と同じく整っていてくれて良かったと安心するくらいには。
レオンハルトはますます意外そうにミモザのことをまじまじと見た。
「その言動で?」
(それは一体どういう意味だ……?)
まるでミモザの言動が外見にそぐわずなりふりを気にしていないとでもいいたげではないか。
大変遺憾である。
しかし言葉での抗議に意味はないだろう。ミモザはすぐにドレスを手でぱっぱっと払って整えるとすん、と背筋を伸ばして澄ました表情をして見せた。
これでどこからどう見ても立派な淑女に見えるはずである。
「ヒールとドレスの裾が汚れているぞ」
「…………」
レオンハルトの指摘に足下を見ると、確かに土埃で足下が若干、よくよく見ると汚れている、気もする。
徒歩で来たからだ。
ここまで歩いてきたから汚れたのだ。
慌ててヒールをその場で脱いで、ついた土を地面に打ち付けて落とそうとするミモザに、レオンハルトとチロはため息をついた。
大変遺憾である。
「今からでも離婚するべきでは?」
エイドは冷めた視線をミモザへと向けていた。
レオンハルトはごほん、と場を仕切り直すように咳払いをする。
「まぁ、言動はともかく中身は素晴らしい人間ですよ、妻は。それよりエイド殿、このたびはご招待をありがとうございます。以前見せていただいた時、こちらの庭園は大変素晴らしいものでした。今は何が咲いているでしょうか?」
「おお、これは失礼を。この時期に来ていただくのは初めてでしたな。ぜひとも直接確かめてくだされ」
そう言うとエイドはレオンハルトのみを歓迎するように中へと導く。レオンハルトが視線はエイドへ向けたまま小さく手でついてこい、と合図をするのに、ミモザは慌ててヒールを履くとその背中を追いかけた。
二人のやりとりを意訳すると、つまりレオンハルトは「庭を見せろ」つまり、『そろそろ中に入れてくれ』と遠回しに催促をして、それにエイドが応じたといったところだろう。
(貴族のやりとりって面倒だなぁ……)
ミモザはこそこそと二人の後に続いて歩きながら、ちょっとげんなりとした。
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