43 厄介な話
「声援ありがとう! ありがとう! 二人とも! 今日の鑑賞会への参加、心から感謝する!」
ひと通り鑑賞会を終え、スポットライトを消して部屋に明かりを灯すよう控えていた侍従に命じると、アズレンはそう二人に声をかけた。
そのまま侍従達はその場にテーブルと椅子、その上に飲み物と軽い軽食を用意するとそそくさと退室していった。その場にはアズレンとセドリック、ミモザの三人だけが残る。セドリックはすかさず椅子を引いて王子に座るよう促すとタオルを手渡し、上着をその肩へそっとかけた。
「こちらこそお誘いいただきありがとうございます! 素晴らしかったです!」
いまだに興奮冷めやらず、頬を上気させながらミモザはそれに言葉を返す。そしてセドリックが椅子に腰掛けたのを見て取って、自身も空いている椅子へと腰を下ろした。
そして満足げに、ふぅー、と息を吐き出す。
(素晴らしい催しだった……)
大変満足である。
実はこれは三人にとってはある一定期間をもって開催される定例行事である。とはいえミモザが聖騎士に就任してからの催しであるため、まだ開催されて三回目だ。つまり大体一月に一回あるかないかという頻度で開催されている。
もちろん、これはただのお遊びではない。
聖騎士に就任したミモザがこのアゼリア王国の第一王子にして実質的な国の運営者であるアズレン殿下とその腹心セドリックとの情報交換の場である。
その前座としての鑑賞会であり、これはいわばアイスブレイクのようなものだ。実際に毎回この鑑賞会のおかげでその場の空気は暑苦しいほどに暖まっていた。
「シズク草栽培とナサニエル家の件はご苦労だったな」
アズレンはねぎらいの言葉を口にした。そんな彼の横でセドリックはかいがいしく彼のグラスへと飲み物をそそぐ。重厚なボトルからそそがれたそれは乳白色の液体である。ミモザは知っている。その正体はプロテインだ。
「いえ、たいしたことは……」
「謙遜するな。あれから時々報告があがってくるが、フェルミアでのシズク草の人工栽培は順調に進んでいるそうだ。シズク草の栽培に精霊の遺体が必要だという情報だけでなく、ローコストで栽培を引き受けてくれる人材と場所の確保までしてくれるとはなかなかに素晴らしい成果だった。やはり君に頼んで正解だったな」
「過分なお言葉をいただき、大変光栄に存じます」
「ふふふ」
静かに目を伏せて頭を下げるミモザの前で、彼は上機嫌でプロテインを口にした。一口含んでグラスとテーブルへと置くと、ミモザとセドリックにも食事をするよう手で軽く促す。
それに軽く礼をしてからミモザも目の前に置かれたグラスを手に取った。ちなみにセドリックの前に置かれたグラスには白ワインが、ミモザの目の前に置かれたグラスにはブドウジュースが入っている。軽食としておかれているのは鶏ささみを茹でたものであった。
「野良精霊の養殖の件も順調だとオルタンシアから報告が上がっている。まさか第六の塔にあのような隠し場所があるとはな。レオンハルトも優秀だったが、あれは絶対的なエースだからな。誰よりも強い代わりに強さ以外の汎用性が低い。手札として扱うには君のような『ジョーカー』のほうが面白いよ」
「……それは褒めていませんね?」
ミモザの知る限り、『ジョーカー』はどんな手札の代わりにもなるが、ゲームによっては引くと負けになるババにもなるカードだ。
「はっはっは! 褒めているとも! 君は実に有能だ!」
ひとしきり呵々と笑った後で、アズレンは静かに目を細めて微笑んだ。
「その有能さでぜひとも次は第三の塔の薬草の人工栽培を進めてほしいものだ」
「うっ」
(来たな……)
ミモザはそっと手にしていたグラスをテーブルへと戻した。
次の厄介案件である。
正直前回の厄介案件であるシズク草の栽培に関してはかなり偶然の手助けの部分が大きい。その上第三の塔の薬草の人工栽培の方法などを期待されても正直ミモザには手に負えない。
「う、うーん……、あんまり薬草には詳しくないので……、どうでしょうかね……。あ、この鶏ささみおいしいですね」
なんとか話題をそらそうとミモザは鶏ささみをもそもそと食べながらそう口にしたが、
「そうだろう、そうだろう! これは私のシェフがいかに柔らかくしっとりと煮るかを長年研究した成果だからな! ぜひとも君にも彼のように研究に従事してほしいものだ!」
見事に強引なやり方で話題を戻された。
「え、えーと、でも門外漢が口を挟むのは……」
「専門家が寄り集まって未だに解明できていないのだ。ぜひとも異なる視点からのアプローチが欲しいものだな」
「う、うえっ、えっとぉ、あの、他の専門家にそういうのは依頼……」
「もう依頼済みだ」
「お…………」
「もう、『他の専門家』には依頼済みだ」
「おう……」
にこにことアズレンは告げる。その笑顔の圧にミモザはうめくしかない。
「もうあらゆる研究職には協力を依頼済みでね。だから君のような『行動力と独自の発想力のある騎士』にも一緒に考えてもらいたいんだ」
「おおう……」
『行動力と独自の発想力のある騎士』。要するに聖騎士という立場故に追加の給料を払う必要がない上に、ある程度肉体労働をこなすことのできる便利な人材もノーコストで追加しておくか、人手は多いに越したことないし、という意味だ。
しかしノーコストで厄介な仕事を回されるミモザにしてみればたまったものではない。
「え、えーと、あっ! 急用を思い出しました! じゃあ僕はこれで失礼させていただき……」
「そういえば、ある街で妙な情報があがっていてな」
席から離れて逃げだそうとするミモザにアズレンはそう声をかけた。
「なんでもその街の周辺では、野良精霊の異常増殖が起きているそうなんだ」
その言葉にピタリ、とミモザの足は止まった。ドアノブにかけようとしていた手も寸前で止まる。
それに王子は椅子から立ち上がりもせず肘をテーブルについて手に顎を乗せると、にやりと微笑んだ。
「恋の妙薬の使用が疑われているのだが……、そういえば君の探している女性には無自覚に魔法をばらまいて野良精霊の異常増殖を起こした前科があったな」
ぎぎぎ、と音を立ててミモザは嫌々アズレンのことを振り返った。アズレンはにこにこと笑いながら、セドリックのそそぐプロテインをゆっくりと一口含むと息をつく。
「どこの街か知りたいかな?」
「……知りたいです」
絞り出すようなミモザの声に、彼はうむうむと満足そうにうなずいた。「場所はアグラーレン。第二の塔に隣接した街で領主はエイド・ローラルという人物だ。彼は非常に博識で『ローラル図書館』と呼ばれるほどの蔵書を抱えている人物でね」
にこにことアズレンはご機嫌にミモザに提案する。
「ただし偏屈な老人なのが難点なんだ。これまで様々な部下が彼のもとに向かい協力を要請してきたんだが『知らん』の一言で追い返されてしまっていてね。異変を調べるついでに彼から第三の塔の薬草栽培に役立てられそうな蔵書や知識がないかを尋ねてきてくれないか?」
「……はい」
そんなお使いみたいに厄介なことを頼まないでくれよ、とは口には出せない小心者のミモザである。
大変申し訳ありません。
先週あたりは書籍発売記念で連投していましたが、1〜2週に一回の投稿頻度に戻ります。
余裕があれば1週間に一度投稿したいですが、おそらく2週間に一度の投稿が多くなるかと思います。
(可能な限り頑張りたいとは思います)
おそらく金曜日の夜か土曜日に投稿する形になります。
どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。




