30 手がかり
「さて」
ミモザはそんなレイドのことを見ながら肩をすくめた。
「泣いているところ申し訳ないのですが、いくつかお伺いしたいことが残っているのです」
むしろミモザとしてはここからが本題である。
ミモザがわざわざ結婚休暇まで消費してレイドに会いにきた第一の目的は、彼に情けをかけるためでも、ましてや王太子殿下や教皇聖下からの仕事をさっさと処理しろという圧力に屈し、気乗りしない仕事の解決に乗り出したからでもない。
「僕にそっくりの女の子に会いませんでしたか?」
ステラを探すためである。
(いや、ちょっとだけ二人からの圧力の影響もあるけど……)
しかしそれが一番の目的ではないし、なんなら『解決するためにきた』と言うよりは『逃げ出してきた』という方が心情としては近い。
チロがそんなミモザの情けない内心を読み取ったのかじっとりとした視線を肩から送ってきているが、それはともかく。
「もしくは保護研究会の方でもかまいません。どこにいるか心当たりはございませんか?」
「ああ、それならば……」
ミモザの問いかけにレイドはすばやく涙を取り出したハンカチで拭き取り、表情を整えた。
そのさも『何事もありませんでした』とでも言いたげな澄ました顔を素早く作り上げるプライドはさすが貴族と言ったところだろうか。
「先程まで会っていました」
レイドはそう告げた。
ばたん、とご大層なドアが音を立てて閉じた。
ミモザが書斎から出てきたのと入れ替わりにルークは「父上!」と声を上げながら書斎へと入っていってしまった。それを無感動な瞳で横目に見送ってからミモザは視線を前へと戻す。
おそらくはこれから親子での話し合いが始まるのだろうから、部外者はここで退場である。
「話は終わったのか?」
「はい」
ドアと向き合うように正面の壁にもたれて立っていたレオンハルトにミモザは視線を合わせて頷いた。
何を隠そう、ミモザがレイドと話し合う際に退路を断つようそっと扉を閉めるという黒子役をつとめたのはレオンハルトである。
騎士団の人間、ましてやオルタンシアなどに知られたら元聖騎士に一体何をやらせているのだとミモザはなじられそうだが、もうすでにバラ園の茂みの中にしゃがんで潜んでもらっていたり、ヒモTシャツを着せたりさせているので今更である。
まぁどれもミモザが頼んだわけではなくレオンハルトが自主的に行っていることなのだが。
(そう言い訳しても聞いてもらえないんだろうな……)
この場にオルタンシアがいなくて幸いである。
ミモザは最近ますます小姑感が増している教皇に思いを馳せてちょっと遠い目をした。
「ミモザ?」
「あ、すみません、ちょっと思考が明後日に飛んでました。えーと……」
しかしいつまでもそうしているわけにもいかないため気を取り直してレオンハルトへと視線を戻す。
「詳しくは話せませんが……」
もはや騎士ではない彼に業務内容を話すことはできない。しかし薬草の栽培に関してはどうせ近いうちにレイドが行うことを公表される内容であるので、詳細な経緯、特に試練の塔の内部での人工栽培が失敗している件など都合の悪いところは伏せてかいつまんで説明をする。
どうやらレイドは研究資金の提供とこの街での保護研究会メンバーの潜伏を見逃す見返りとしてシズク草を受け取っていたらしい。
話しながら、ふふ、とどうにも堪えきれなかった笑みをミモザは漏らした。
「彼が奇跡の薬草の栽培に成功して皆を救う救世主となるのか、はたまたすべてをしくじって妻と子どもすら救えない哀れな男となりはてるのか、見ものですね」
「……やれやれ俺の妻は随分と意地が悪い」
そう言葉を返しつつも、レオンハルトの口元にも同調するように愉快げな笑みが浮かんでいる。
それにミモザも改めてにやりと悪どい笑みを浮かべて見せた。
「意地の悪い女はお嫌いですか?」
「いいや?」
レオンハルトは壁から背中を離すとミモザの右手を取る。その手の甲を自身の口元へと運ぶとそっと唇を寄せた。
そうして黄金の瞳を細めてミモザのことを見つめる。
「俺にふさわしいよ」
少しかすれた声で囁かれた言葉に、ミモザもくすぐったそうに目を細めた。
(まぁ……)
よほどのヘマをしない限りレイドは大丈夫だろうとは思っているミモザである。
(カークスもいるし)
あの優秀な庭師に任せておけばミモザの伝えた推測を元に勝手にあれこれと試行錯誤をしてくれることだろう。
『肥料』の融通も聖域で養殖している野良精霊から核を取り除いた後、廃棄予定の遺体を融通すれば良いだけである。
(そんなことよりも、)
ミモザが重要視すべきこと、それはーー、
「……とはいえ、対岸の火事を面白がってばかりもいられないようです」
すぅと目を鋭く細めてつぶやく。それにレオンハルトも心得たように肩をすくめてみせた。
「こちらの岸辺の火も消さなくてはな。手がかりはあったか?」
「ええ」
ミモザは廊下にある窓の外へと目を向ける。レオンハルトもその視線を追って外を見た。
「第一の塔、そこで彼はステラに会ったそうです」
二人の視線の先には、第一の塔がそびえ立っていた。
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