19 解決
その時は唐突に訪れた。
「おい」
フィリップが再びアイクに声をかけてきたのだ。場所は森に近い道端だった。ミモザ達とアイクが最初に出会った場所だ。
「…………」
「この間は邪魔が入ったが、今度こそは渡せよ!」
フィリップとその取り巻き達の姿を見て、アイクはすくっと立ち上がった。そして無表情のままじいっと彼らを見据える。
「な、なんだよ……」
その異様な様子にフィリップはわずかにひるんだ。しかしやはりアイクは何も言わず、
「あっ! おい……っ」
くるりと身を翻すと駆け出した。
その時ミモザはカフェのテラス席でレオンハルトとお茶をしばいていた。
「うーん……」
とはいえやっていることはお互い別々である。レオンハルトはその辺の本屋で調達してきたらしい新しい本を読んでいるし、ミモザはと言うとオルタンシア宛に手紙という名の報告書をしたためている。
報告内容的に栽培に関しては良い報告ができるが、優先順位として本来高いはずの税金に関してはまだ調べが進んでいないため、どのように書くべきかを悩んでいると、ふと喧騒がさざ波のように近づいてきていることに気づいて彼女は顔を上げた。
レオンハルトの方を見ると彼も気づいたらしい。様子を探るように眉間に皺を寄せて喧騒の方へと顔を向けている。
(なんだか似たようなことが一週間前にも……)
あったなぁ、などと思っていると、一週間前にも騒ぎの中心であった子ども達が走ってきた。
先頭を走っていたアイクはミモザとレオンハルトの姿を見て足を止める。
「お、お前……っ、逃げるなんて、許さないんだからな……っ」
ぜいぜいと肩で息をしながらフィリップは告げる。その様子を息一つ乱さずに見返して、アイクはふっ、とニヒルに笑った。
「な、なにがおかしいんだよ!」
怒りと息切れで顔を真っ赤に染めるフィリップに、アイクは冷静に告げる。
「ぼくはもう、君たちなんて怖くないんだ」
「なんだと!?」
いきり立つ彼らにアイクは静かに首を横に振った。そしてその茶色い瞳でひたりとフィリップのことを見据える。
「本当の恐怖を知ってしまったからね」
そう言うアイクの顔は、その落ち着いた声音に反して青ざめていた。
「え、えーと……」
その予想外な表情に言葉に迷うフィリップに、アイクは言葉を続ける。その表情にはどこか鬼気迫るような迫力がある。
「君たちにわかるか、目の前で岩が蒸発して消える恐怖が」
「え?」
「木が轟音を立てて燃え落ちる恐怖が、地面が音を立てて深く裂ける恐怖が、その攻撃が鼻の先をかすめて、髪を切り落としていく恐怖が!!」
アイクは両手で顔をおおった。そしてそのままうめくように言う。
「ぼくは、君たちなんかもう怖くない!」
それは心の底からの悲痛な叫びだった。
(可哀想に……)
レオンハルトの修行の内情をよく知るミモザはほろりと涙をこぼした。
しかしそんなことは知らないフィリップにとってはそれはただアイクがたわけたことを口にして自分のことを馬鹿にしているようにしか感じられなかったのだろう。
「ふざけてんじゃねぇよ!」
彼はそう怒鳴るとアイクへと殴りかかった。しかしそれは
「防御形態!!」
盾によって塞がれた。彼の手はアイクの守護精霊が転じた盾へとあっさりと受け止められて止まった。
「ぐ……っ!?」
「これが僕が死に物狂いで手に入れた、生き残る方法だ!」
アイクは盾を殴ったことにより痛みにうめくフィリップに堂々と告げる。
「死ぬ気の人間に勝てるつもりならかかってこい!!」
その目はどこか正気を失っており、死地をくぐりぬけた猛者の目をしていた。
「殺伐としてしまった……」
だからやめておけと言ったのに……と、ミモザは沈痛な面持ちで額を押さえた。
「俺の、俺の純粋だった弟が……」
騒ぎを聞きつけて店から出てきたダグはその光景におろおろと手を動かした。
「なかなか根性のある子だったぞ」
レオンハルトだけは満足そうにひょうひょうと抜かした。
「絶対に他にもっといい方法がありましたよね……」
「だがもういじめられることはないだろう」
じとりと睨むミモザの非難もどこ吹く風で「ほら見ろ」とレオンハルトが指を差す。
ミモザが彼らに視線を戻すと、確かにフィリップ達はそのよくわからない威圧感に困惑して後退っていた。
あとはまぁ、あの年齢で的確に守護精霊を防御形態へと変化させられる子相手に暴力で優位に立つことはなかなか難しいだろう。
しかしフィリップは後退りつつも、今回は一人ではなく仲間がいるからだろう。逃げ帰るのに躊躇している様子だ。確かにここで引けばフィリップは格下に負けたことになる。面子を損ない、仲間内での立場を失うことになるだろう。
(さて、どうしたものか……)
仕返しとしてはもう十分だろう。ここからは保護者同士の話し合いで解決に持っていくべきだ。
とりあえずこの場の仲裁にでも入るか、とミモザが立ち上がりかけたところで、
「何の騒ぎだ?」
その声は響いた。
若草色の髪に若草色の瞳。穏やかそうな顔立ちのその青年は、領主の子息にして攻略対象のルーク・ナサニエルだ。
「あ、兄上……!」
フィリップは突然の兄の登場に、おろおろと視線を彷徨わせた。
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