109 最後の塔 攻略
「ミモザさん! 右行きました! 右!」
「うおおおおおおっ!」
ミモザはジーンに追いかけられてこちらに逃げてきた植物の前に全力で走って回り込むと、地面に手をついた。
移動魔法陣が地面に現れる、と同時に植物がその上を踏み、その姿は一瞬でかき消えた。
鳥籠を確認するとちゃんとそちらへと移動したようだ。最後の1匹が入ったことによりボタンががこん、と音を立てて沈み、扉のロックが解除される音がした。
「はぁーー」
「もうしばらく走りたくないですね……」
二人はその場にへたり込む。
ミモザの毒で多少動きは鈍くはなったが、やはり人間と同じくらいの大きさの生物への効きは悪かった。それなりに走って逃げられて捕らえるのは困難を極めた。
(体がだるくなってちょっと指先がピリピリするだけだもんなぁ……)
ロランには『運動後に長風呂した後の疲労感』と称されてしまった。
純粋に毒としての使い道は虫くらい小さい生物にしかなかなか無さそうである。
ミモザは動きたくはなかったが、仕方なくのろのろと立ち上がると扉を開けてその向こうを確認する。
「どうやらこの部屋がラストだったみたいですね」
扉の向こうには階段だけがあった。
「どうしましょう?」
ジーンもミモザに続いて部屋を覗き込み、思案するように言った。
「正直、今は階段を登る気になれないんですが」
「同感です」
ミモザは頷く。
「休憩してから行きましょう」
二人は頷くと階段だけがある部屋へと入り、隅の方へと腰を下ろした。
どうやらここに至るまでのルートは複数あるらしい。階段に背を向けて振り返るとそこには扉が八つほど並んでいた。
この部屋には今はミモザとジーンしかいない。ミモザはのんびりと水筒を取り出した。
これは塔に行くのに邪魔な荷物を置くために入った宿屋で用意してきた物だ。
「うわっ、この人水筒にミルクティーいれてる!」
それを見てジーンは顔をしかめる。
「別にいいじゃないですか」
「いいですけど洗うの大変じゃないですか?」
ミモザは首を傾げる。あまりそう感じたことはなかった。
(レオン様はそんなこと言わないのになぁ)
ぼんやりと思う。
「ミモザさん?」
訝しげに声をかけられてミモザははっと我に返る。
「どうしました?」
「ああ、えっと、すみません、少し疲れていて……」
ジーンはその言葉に納得したようだ。彼は頷くと「体力的な消費もすごかったですけど精神的苦痛もすごかったですもんね」と言った。
「あの花の奇声が今も耳にこびりついてますよ」
「正確には葉っぱが擦り合わさった音ですけどね」
「どっちでもいいです……」
げっそりとしているジーンにミモザはミルクティーの入ったコップをぐいぐいと押し付けた。彼は嫌そうにしながらもそれを受け取って一口飲む。
「ああ、思ったよりも甘さ控えめで美味しいですね」
「でしょう」
ふふん、とミモザは得意げに胸を張る。しばらく二人はそのまま水分補給をしていたが、ついでに、とミモザがお菓子を引っ張り出したところで、
「先生のこと、ありがとうございました」
ジーンはふと思い出したようにそう告げた。
「橋渡しをしてくれたと伺って。ちょっと浮かれすぎですが、とても楽しそうにしていますよ」
「それはよかったです」
ミモザがそう返すと、ジーンはにやっと笑う。
「その後そちらはどうですかね、先生に聞きましたよ、チョコを一緒に作ったって」
個人情報がだだもれである。ミモザが嫌そうな顔でジーンのことを見ると、彼は「他人の恋バナほど楽しいものはないですからね」と楽しそうに告げた。
(このやろう……)
自分のことは棚に上げてミモザはジーンを睨む。そのまま適当にはぐらかそうとして、思い直した。
「じゃあ少し相談に乗っていただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
ジーンはなんだかにこにこしている。
「これは僕の知り合いの話なんですが、どうやら最近監禁されてしまったようでして……」
「はい?」
「その知人の話によるとですね」
「いやその設定いらないですから! ミモザさんの話を聞いたんですからミモザさんの話でしょう! っていうかそのくだらん設定の前にエピソードの内容が尋常じゃないんですけど!?」
早口でまくしたてるジーンをミモザはじっと見た。
「落ち着きました?」
「落ち着くわけがないでしょう!」
ジーンは頭痛をこらえるように頭に手を当ててうなだれる。
「念のため聞きますけど恋バナですよね?」
「一応」
「イチオウ」
ミモザの言った言葉を復唱した後、彼は何度か深呼吸をした。そして覚悟を決めたようにきっ、とミモザを見る。
「よし、いいですよ! 気合い入れましたんで! 話してください!」
「そんなに気合いいりますか?」
「気合いで乗り切るしかないでしょこんなもん!」
さぁ、どうぞ! と決意を秘めた目でジーンが言った。
数分後、ジーンは顔を両手で覆っていた。
「思った以上にレオンハルト様がヤバい奴だった……」
ミモザは慰めるようにそんなジーンの背中をさする。
「レオン様はまぁまぁあれな人ですよ」
「まぁ、ミモザさんみたいな人を弟子にしたあげく惚れるような方ですもんね、その時点でヤバいか……」
「どういう意味ですか」
心外である。むっとしてジーンを睨むと、
「それで、どうなさるおつもりですか?」
気を取り直したのか彼はそう尋ねてきた。それにうっ、とミモザは言葉に詰まる。
「どうしましょう?」
「ミモザさん……」
ジーンはじっとりとした目でミモザを見た。ミモザはそっと目をそらす。
「わからないんですよ」
思わず弱音を吐く。本当にわからないのだ。
「何がわからないんです?」
「どうしたらいいのかが……」
気まずげに目を伏せた。
「僕はレオン様に釣り合う人間ではありません。きっとそのような関係になったら周りからは色々と言われることでしょう。その時にきっとレオン様はその矢面に立とうとする。それはあまり良い状況ではありません。しかしその態度が彼を傷つけてしまった結果がこれならば、その考えは誤りだったということだ。しかし一体どうしたら彼にとって一番良いのかが、僕にはわからないのです」
状況が状況だけに思わず逃げてきてしまったが、きっとそのことにも彼は傷ついたことだろう。
(裏切られたと感じていなければいいけど……)
考える時間が欲しい。考えたところで結論が出る気はしないけれど。
「僕はあの方に健やかに幸せであって欲しい」
たったそれだけだ。たったそれだけのことが難しい。
「優しいあの方にあそこまでさせてしまうだなんて、恋って一体なんなんでしょうね」
苦しげに目を伏せるミモザに、盛大なため息が降ってきた。顔を上げるとジーンは手を腰に当ててミモザのことを呆れたように見下ろしていた。
「貴方は人のことばかりですね!」
彼は言う。
「いったんレオンハルト様のことも他の人のこともなしにしましょう!」
「は? なしって……」
「仮定です! ミモザさん! もしも貴方以外のすべての人が不幸になっても良かったとして!」
「いいんですか?」
「いいんです! 今だけは僕が許可します!」
ジーンはそうきっぱりと言い切ると、ミモザを真っ直ぐに見た。
「貴方は何がしたいですか?」
ミモザは目を見開く。
「貴方の心の底からの欲望はなんですか?」
「…………なるほど」
随分と強引でめちゃくちゃな仮定だが、その意図はとてもわかりやすかった。
「わかりましたか?」
「わかりました」
ふんふんと納得したように頷くミモザに、ジーンはふぅ、と肩の荷を下ろすように息をついた。
「ミモザさん、きっと貴方がレオンハルト様のためにできることなんて、貴方自身が幸せになることくらいしかないと思いますよ」
「それがレオン様の意向に沿わないことだとしても?」
「それは残念なことですが、貴方の不幸を望む人とは決別するしかないですね」
彼はあっさりとそう言い捨てると「さぁそろそろ行きましょうか」と座り込むミモザに手を差し出す。
「最後の塔の攻略です。これが終われば後は授与式と御前試合を待つばかりですよ」
「そうですね」
ミモザはその手を取ると立ち上がった。
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