婚約者と男爵令嬢が、ここ一ヶ月の私の悪事を記録した魔導具を見せてきた
「ローラ、僕は君との婚約を破棄する!」
「「「――!!」」」
煌びやかな夜会の最中。
私の婚約者であり、ダウズウェル侯爵家の嫡男でもあるオリヴァー様が、唐突にそう宣言された。
オリヴァー様の隣には、男爵令嬢のシンシア嬢が、まるで伴侶のように佇んでいる。
……ふむ。
「どういうことでしょうかオリヴァー様。私とオリヴァー様の婚約は、家同士が決めた政略結婚。余程の理由がない限り、破棄はできないかと存じますが」
「ああ、だからその余程の理由があると言っているんだよ僕は! ――君がここ最近、シンシアに対して数々の陰湿な嫌がらせをしているのはバレてるんだ! しかも先日は、シンシアを階段から突き落としまでして……!」
オリヴァー様が隣のシンシア嬢に、沈痛な眼差しを向ける。
シンシア嬢は右腕に巻かれた包帯を震える左手で撫でながら、奥歯を嚙みしめて俯いた。
「これは立派な殺人未遂だ! 君のような犯罪者を、我がダウズウェル侯爵家の嫁に迎え入れるわけにはいかない!」
「オリヴァー様、その件に関しましては先日も申しました通り、完全なる誤解でございます。私はシンシア嬢に嫌がらせなどしておりませんわ。階段の件も、シンシア嬢はご自分で勝手に落ちられたのです」
「う、噓ですッ! 私は絶対に、ローラ様に突き落とされましたッ!」
ついさっきまで無言でプルプル震えているだけだったシンシア嬢が豹変し、喰って掛かってきた。
「ホラ! シンシアもこう言ってるじゃないか! いい加減罪を認めたらどうなんだ!?」
「……証拠はあるのですか? 私がシンシア嬢に嫌がらせをしていたという証拠は」
「「……!」」
この瞬間、オリヴァー様とシンシア嬢は、同時にニヤリと勝ち誇ったような顔をした。
「ああ、あるともさ! ここにねッ!」
そうしてオリヴァー様がドヤ顔で取り出したのは、手のひらサイズの映像記録魔導具。
「これに君の悪事の一部始終が、余すところなく記録されている! 今からここにいるみなさんに証人になってもらって、一緒に確かめようじゃないか!」
オリヴァー様が映像記録魔導具のスイッチを入れる。
すると霧のようなものが射出され、その中に映像が浮かび上がってきた。
『シンシア嬢、ちょっと今よろしいかしら?』
『え? ……あ、はい』
そこには私とシンシア嬢の姿が映っていた。
『あなたは最近、オリヴァー様と二人きりでたびたび会われているそうですね? ご存知の通り、オリヴァー様は私の婚約者です。このままでは世間の方々から、あらぬ誤解を受けてしまいますよ』
『ヒッ!? ご、ごめんなさい……! ごめんなさい……!!』
シンシア嬢が涙目でガタガタと震えながら、頭を抱えた。
『……そんなに怯えなくても。別に取って食ったりはしませんよ。私はただあなたに、淑女らしく慎重な行動を心掛けていただきたいと忠告したまでです』
『う、うぐ……! ごめんなさああああい……!!!』
『――!』
シンシア嬢は号泣しながら、私の前から走り去った。
ここで映像は一時停止された。
「ホラッ! これが動かぬ証拠だッ! こんな風に君はシンシアを恫喝して、精神的に追い詰めていたんだろう!? 可哀想に、シンシアがあんなに泣いていたじゃないか!」
オリヴァー様が隣のシンシア嬢の肩を抱く。
シンシア嬢はぐすんぐすんと鼻を啜りながら、オリヴァー様にしなだれかかった。
「……いえ、あれは恫喝ではなく、ただの忠告ですわ。シンシア嬢が、私の婚約者であるオリヴァー様と何度も二人でお会いしていたのは事実なのですから、むしろそちらのほうが問題ではないでしょうか? そもそも今の映像は、誰が撮ったものなのですか?」
「ええい、どうでもいいだろうそんなことは! これを見ても同じことが言えるか!?」
オリヴァー様は映像の一時停止を解除した。
すると場面は変わり、今度は私とオリヴァー様が、二人で東屋でお茶を飲んでいるところを遠目から映している画になった。
『……そうだ。ねえローラ、君、シンシアのことをどう思ってる?』
『何ですか唐突に?』
『いや、先日君がシンシアと言い争っていたという噂を聞いたから、気になっただけだよ』
『言い争いだなんて。私はただ、ちょっとした忠告をしたまでですわ』
『忠告、ねえ……。君から見て、シンシアはどんな女性かな?』
『……質問の意図がよくわからないのですが?』
『いや、別に、意図とかはないよ。ただの雑談さ』
『……そうですねぇ。率直に申し上げますと、いささか貴族令嬢としての自覚に欠けているとは思いますね』
『……! というと?』
『敢えて具体例は申しませんが、あまりにも軽率な行動が多すぎます。あれではいずれ、取り返しのつかない過ちを犯してしまうことでしょう』
『つまり君は、彼女は未熟だって言いたいんだね?』
『ええ、そうですね。まだまだ教養は足りていないでしょうね』
ここでオリヴァー様はまた、映像を一時停止した。
「う、うぐ……! うわあああああああん!!!」
するとシンシア嬢はワンワンと泣き出してしまった。
「ホラッ!! 君がシンシアの陰口を言っていた証拠が、こうしてハッキリと残っているぞッ! これは完全な名誉毀損だ! いい加減自分の罪を認めたらどうなんだ!?」
「罪……ですか。私は事実を言ったまでですし、あれを陰口と捉えられるのは納得がいかないのですが。それに今の映像も、誰が撮られたものなのです? それこそ盗撮では?」
「う、うるさいうるさいッ! 誰が撮っていようと、君が犯罪者であるという事実は揺るがないだろう!? 論点をズラすんじゃないッ!」
論点をズラしているのはそちらでは?
「――いいだろう、君がそんな態度でいるというなら、こちらもとっておきを出すしかあるまい。次の映像こそは、完璧な犯罪の証拠だ! 刮目せよ!」
オリヴァー様はドヤ顔で映像の一時停止を解除した。
すると今度は、長い階段を下から撮っている映像に切り替わった。
階段の上にはシンシア嬢がこちら側に背中を向けて立っており、その奥には私の姿が見える。
『こんなところに呼び出して、私に何か御用ですか?』
『え? いや、ローラ様が私を呼ばれたんですよね?』
『ん? 何を仰っているのです? シンシア嬢、あなたが私を呼んだんでしょう?』
『いいえ! 私はローラ様に呼ばれてここに来たんです! ま、まさかローラ様、ここで私を……!?』
『……は?』
『キャアッ!!』
『っ!?』
シンシア嬢が派手に階段を転がり落ちた。
そして映像はここで終わった――。
「ホラッッ!!! これでもまだ白を切るというのかッ!! 君がシンシアを階段から突き落とした瞬間が、クッキリと映っていたじゃないかッ!!」
「いえ、今の角度ではシンシア嬢と私の身体が被って、私が突き落としたかは確認できませんでしたよ。念のため、もう一度今の映像を見せていただけますか?」
「い、いや、その必要はない! 一度見れば十分だあんなもの! さあ、大人しく罪を認めるんだローラ! そしてシンシアに然るべき謝罪と、慰謝料の支払いを命ずるッ!」
依然シンシア嬢の肩を抱いたままのオリヴァー様は、私にビシッと指を差してきた。
……ふむ。
「わかりました。そういうことでしたら、私も証拠をお見せいたしましょう」
「「…………は?」」
私がそう言った途端、オリヴァー様とシンシア嬢は、同時にポカンとした顔になった。
仲がよろしいですね。
「セバス」
「はい、お嬢様」
私がパンパンと手を叩くと、私の専属執事のセバスがオリヴァー様と同じ型の映像記録魔導具を取り出し、スイッチを入れた。
すると霧のようなものが射出され、その中に映像が浮かび上がってきた。
『どうだオリヴァー、ローラ嬢の第一印象は』
『そうですねぇ』
そこに映っていたのは、オリヴァー様とオリヴァー様のお父上であるダウズウェル侯爵閣下が、並んで歩いている映像だった。
これは今から半年ほど前、私の実家で私とオリヴァー様が顔合わせをした日に、実家から出て帰ろうとされているお二人を、セバスがコッソリ撮影したものだ。
「――なっ!? こ、これは!?」
この映像が流れた瞬間、オリヴァー様が青ざめた。
『顔はまあまあの美人ではありましたが、無表情で何を考えてるかよくわからない女でしたね』
『ハハ、まあ、確かにな』
『正直憂鬱ですよ、あんなつまらなそうな女が僕の妻になるかと思うと。やっぱ女はもっと従順でないと。結婚したら毎日殴りつけて、僕好みの従順な女に調教してやろうと思ってます』
『オ、オイ!? こんな往来で滅多なこと言うもんじゃない!』
『ハハ! どうせ誰も聞いてませんから大丈夫ですよ』
セバスはここで映像を一時停止した。
「あ……あぁ……あ……」
オリヴァー様はガタガタ震えながら、これでもかと目を泳がせている。
「オリヴァー様、今のは……!?」
途端、怯えた表情をしながら、シンシア嬢がオリヴァー様から距離を取る。
オリヴァー様の裏の顔を知って、怖くなってしまったのね?
「い、いや!? 違うんだよシンシア!? あれは言葉の綾で!」
言葉の綾ねえ。
物は言いようですね。
「セバス」
「はい、お嬢様」
私がセバスの名を呼ぶと、セバスは映像の一時停止を解除した。
すると今度は、オリヴァー様とシンシア嬢が、二人で密会している映像に切り替わった。
もちろんこれもセバスがコッソリ撮ったものだ。
「なっ!?」
「そ、そんな!?」
この映像が流れ出した途端、オリヴァー様とシンシア嬢は、同時に絶望的な顔になった。
仲がよろしいですね。
『オリヴァー様ぁ、私、オリヴァー様と結婚したいですぅ』
『ああ、僕もだよシンシア。……でも、僕にはローラがいるし。ローラとの婚約は家同士が決めたものだから、余程の理由がない限り婚約は破棄できないんだよ……』
『うふ、それならその「余程の理由」を作ればいいんですよ』
『え? どういうことだい?』
『ローラ様が私に嫌がらせをしているところを私たちで盗撮して、夜会で暴露するんです! 何なら捏造したって構いません。公衆の面前でローラ様の悪事を公表すれば、ローラ様の実家も婚約の破棄を受け入れざるを得ませんし、むしろ慰謝料までもらえて一石二鳥ですよ』
『な、なるほど! それはナイスアイデアだね! よし、早速明日から実行しよう!』
『はい! オリヴァー様、私たち、絶対幸せな家庭を築きましょうね』
『ああ、僕たちの未来は薔薇色だよ! あははははは』
『うふふふふふ』
セバスはここで映像を一時停止した。
「あ……あぁ……」
「ど……どうして……」
何故こんな映像が撮られているのか理解できていない二人は、奥歯をガタガタさせながら、ただただ震えている。
さて、では次でトドメね。
「セバス」
「はい、お嬢様」
私がセバスの名を呼ぶと、セバスは映像の一時停止を解除した。
すると今度は、先ほどシンシア嬢が階段から落ちたシーンを、私の後方から撮った映像に切り替わった。
例によってこれもセバスが撮ったもの。
この角度からならシンシア嬢の全身もよく見えるし、階段の下のほうには、ニヤけ面で映像を撮っているオリヴァー様も映っている。
「な、なあァッ!!?」
「ええええッ!?!?」
二人もこれには、驚きを隠せない様子。
さて、一緒に観ましょうね、犯罪の決定的証拠を。
『こんなところに呼び出して、私に何か御用ですか?』
『え? いや、ローラ様が私を呼ばれたんですよね?』
『ん? 何を仰っているのです? シンシア嬢、あなたが私を呼んだんでしょう?』
『いいえ! 私はローラ様に呼ばれてここに来たんです! ま、まさかローラ様、ここで私を……!?』
『……は?』
『キャアッ!!』
『っ!?』
そこにはシンシア嬢が自分から、階段を転がり落ちていく様が鮮明に映っていた。
そしてその様子を、ウキウキしながら撮っているオリヴァー様の姿も――。
「さあ、これでどちらが犯罪者か、ハッキリしましたね?」
「あ……うぅ……あぁ……」
「どうして……どうして……」
頭を抱えながら、その場に頽れる二人。
そんな二人に会場の方々は、氷のように冷たい視線を送っている。
うん、これにて一件落着ね。
「それでは私は、本日はお暇させていただきます。行くわよ、セバス」
「はい、お嬢様」
私はセバスと二人で、会場を後にした。
今後のあの二人の処遇については、私の家とダウズウェル侯爵家に任せるわ。
私はもう、興味はないから――。
「ありがとうねセバス、お陰で助かったわ」
帰りの馬車の中で、隣に座るセバスに前を向いたままお礼を言う私。
「勿体なきお言葉でございますお嬢様。ですが、私はお嬢様に命じられたことをしたまででございます。オリヴァー様と顔合わせをされた直後に、念のためオリヴァー様の帰りの様子を撮影しておくように命じられたお嬢様の慧眼には、改めて感服いたしました」
「ふふ、そのくらい、大したことじゃないわよ。軽く会話をしただけで、私の女の勘がこの男は真正のクズだと警鐘を鳴らしてきたから、それに従ったまでよ」
「フフフ、左様でございますか」
前を向いたままでも、セバスが楽しそうな顔をしているのが手に取るようにわかる。
私も人のことは言えないけれど、セバスも大概イイ性格をしている。
「さて、と――では次の命令よ、セバス」
私は隣のセバスの肩に、頭をちょこんと乗せた。
「――今後はあなたが、私を幸せにしなさい」
「――はい、お嬢様。私の生涯を懸けて、必ず幸せにするとお約束いたします」
セバスは私の頭を優しく撫でながら、つむじにそっとキスを落とした。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売される『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
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