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悲しくも美しいこの世界で  作者: 静観 啓
第1章 『一人と一人の出会い』
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第20話 「湧き水、そして壁画」

「今日はここらへんで休憩にしませんか?」


 鉱石が淡い光を放つ中、ゆっくりと進んでいた俺たちに、タケルがそう進言する。脇道は全部で一六層あり、今はだいたい八層あたりなので、野宿するタイミングとしてはちょうどいいだろう。


「いいと思います。この辺ならいい休憩場所を知ってます。そこなら水もありますから」


「それは助かります。流石、脇道専門の荷物持ちバックスをやってるミネ君ですね」


 脇道専門の荷物持ちバックスミネ。それが彼に伝えた俺の偽の情報だった。イチカのことは怪我を負った男性冒険者のケンと伝えている。

 彼らが悪い奴らだとは思わない。優しくて情に熱く、そして何より仲間想い。きっと彼らに本当のことを伝えても、受け入れてくれるだろう。しかし、それはどうしてもできなかった。他ならぬ彼らのために。イチカは今狙われている。命なのか、それとも身柄なのかは判断できないが、それでもかなり大手のグループに狙われているのは確かだ。そんなイチカの事情に、巻き込むわけにはいかなった。

 だからこそ、彼らにだけは打ち明けるわけにはいかない。







「さぁ着きましたよ。今日はここで休みましょう」


 そう俺がしめした先は、先ほどまでの細い道とは打って変わって広い、円形の広場だった。


「ここがそうですか?」


「ええ。ここならモンスターも出てきませんし、火を焚いても大丈夫です」


「脇道にそんな場所があるなんて驚きだぜ」


 当然だ。脇道に主階層の聖域サンクチュアリのような場所はないというのが定説だ。モンスターは至る所で出現し、休憩できる場所などないと言われている。しかし、それは正しくない。脇道にも数は少ないがモンスターの出ない場所がある。その秘密が、この部屋の天井にある鉱石だ。あの鉱石は主階層の聖域サンクチュアリにあるものと同じ物で、あれがモンスターを遠ざけてくれている。

 俺の説明に、タケルが息を漏らした。


「流石ですね。知りませんでした。あなたがいてくれてよかったですよ」


「いえ、そんなことはないですよ。皆さんも潜っているうちに気づいたはずです。――それよりも、まずは野宿の準備をしちゃいましょう。僕とケンさんが皆さんの水を汲んできますから、火を焚いておいてください」


 俺はそう言うと、全員分の水筒を受け取り、イチカと一緒に広場から抜けた細い道を進む。ここは袋小路になっており、その最奥に小さな水たまりがあった。そこが湧き水であり、煮沸しなくても飲むことが出来る。

 俺とイチカは水筒の一つ一つに水を汲んでいくが、その途中で彼女が口を開いた。


「本当にいいのかしら?」


「えっ?」


「嘘をついていることよ。彼らは本当にいい人だし、嘘をつく必要があるの?」


 彼女の言い分も分かる。俺だって嘘をつかなくていいのならつきたくはない。

 しかし。


「必要だよ。俺もあいつらが悪い奴らだとは思わない。それでも、リスクを考えたら本当のことをいう訳にはいかないよ」


「確かにそうかもしれないけど……」


 彼女は一応納得しつつも、未だ何かが引っかかっているのか口をもごもごさせる。気持ちは分かる。嘘をつくメリットは理解できても、気持ちの整理はできていない。難しい問題だろう。それでも俺は、彼らに嘘をつくことをやめない。それは、すっきりしないこの気持ちよりも、嘘をつくメリットの方が大きく、そしてこの洞窟内ではそれが何よりも重要だということを理解しているからだ。

 俺たちは全ての水筒に水を入れ終わると、彼らのもとに戻るべく立ち上がる。しかしその時だった。


「あっ」


 という小さな声をイチカがあげた。俺はその声でイチカの方を向くが、彼女はある一点を見つめていた。袋小路になっている通路の左の壁。そこに描かれている絵に、彼女の瞳は引き込まれていた。


「これは何?」


 描かれているのは、幼稚園児でもかけそうな簡単な絵だった。しかしその内容は意味不明。このダンジョン「シュベルツガルム」にはこうした壁画が至る所に描かれている。内容はいたってシンプルで、どれも人を描いたものばかり。しかしその意味はいまだに分かっていない。今回描かれていたのは、二人一組の絵がいくつか。例えば、一つは人に人がナイフのようなものを突き刺しているところや、崖の上から突き落としているところ。どれも誰かが誰かを襲っている場面だ。何を表しているのかは明らかだが、いかんせん意味が分からない。しかしこの意味の分からない壁画が、この世界の謎を解くヒントになっているのではと、巷では噂されていた。

 彼女にそう説明すると、一言「そう」とだけ言って絵を見続ける。その姿がなぜか痛々しくて、俺は思わず口を開いた。


「こ、この絵はさ、誰が書いたものなのか分かってないらしいんだ。何十年も前からあるらしい。だから世界の秘密を解くヒントになってるんじゃないかと言われてるらしいんだけど、俺は信じてない」


 俺の言葉に、初めて彼女が壁画から視線を外す。


「そうなの?」


 俺はなぜかそれに安心して、さらに続ける。


「ああ。だってこの絵が世界の秘密を描いてるなら、意味不明すぎだろ? それに、それがわかった時点で俺たちにはどうしようもない。結局、この世界から脱出するためには主階層の最奥まで行くしかないんだ」


「……そうかもね」


 彼女はそれだけ言うと、歩みを進めて広場に戻ってしまう。その背中がなぜだが寂しそうで、それでも声をかけられなくて、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。









 広場に戻ると、タケルたちが火を焚いて夕食の準備をしてるところだった。


「遅かったですね。何かありましたか?」


 タケルの言葉に、俺は当り障りのない笑みを浮かべる。


「いえ、こちらは問題ないです。それよりも、夕食の準備を任せてしまって申し訳ありません」


「気にしないでください。こちらには料理番がいますから」


「料理番?」


「シュウですよ。彼はこう見えても料理が出来るんですよ。しかもかなりの腕です」


――な、なに!? 料理が得意……だと……。


 彼の言葉に、俺は思わず驚いてしまう。

 いや、確かに料理が出来る冒険者は多い。しかし、あの乱雑で勢い任せのシュウが料理出来るだと!? これは裏切りだ。料理が出来ない俺に対しての裏切り。なぜシュウが出来るんだ? 訳が分からない。

 心の声が顔に出ていたのだろう。

 シュウがニヤリと笑い、俺に近づいてくる。


「おいおいどうしたミネ。そんな顔して。まさか、荷物持ちバックスなのに料理できないのか?」


 ギクッという効果音が出そうなほど、俺は体を震わせる。

 それを見て、シュウがその顔をさらにニヤケさせる。


「そうかそうか。料理できないのか。完璧に近いお前でもできないこともあるんだな」


 確かに、通常荷物持ちバックスの仕事には、料理も含まれていることが多い。それは戦闘で疲れた冒険者に代わって料理をすることが多いからだ。つまり、その点で言えば、俺は荷物持ちバックスとして未熟ということになる。なるのだが、なぜかシュウにだけは言われてたくない。


「まぁ安心しろ。俺が腕によりをかけてうまい飯を食わせてやるよ」


 その自信に満ちた顔が、一層ムカつく。


――俺もイチカに料理を習おうか。


 そんなことをまじめに考える今日この頃だった。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。もし面白いと思っていただけた方は、ブックマーク、評価、感想等いただければ励みになります。

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