第16話 「仲間、そして戦いの幕」
約3000文字です。
鉱石の淡い光で照らされた薄暗い洞窟を、俺とイチカは肩を並べて歩いていた。通路は驚くほど狭く、俺の手が彼女の手に何度か触れそうになる。いつもの俺ならこの状況にドギマギして冷や汗をかいている場面だが、今はそれどころではない。
隣りを歩く彼女が前を向いたまま少し口を開くと、
「……どういうつもり?」
自分たちの息遣いでかき消えてしまうほどの小さな声でそう囁く。大きさに反比例して、言いえぬ迫力がこもっていた。
「仕方ないだろ」
俺も囁き声でそう返すが、彼女と違って迫力はない。
「断ったら、逆に怪しまれる。それに、俺はあいつらが悪い奴だとは思えなかったんだ」
俺の回答に、彼女は一瞬こちらに目を向けるも呆れたように息を吐くと、視線を前にいる彼らの背中に戻す。
「まぁいいわ。あなたにも考えがあるんだろうし……。それよりも、一つ分からないことがあるの」
彼女はそう言うと、足を止めて俺に向き直る。
真っすぐに見つめてくるブラウンの瞳。
俺はそれに思わずたじろいでしまう。
「な、なんだよ……」
「それよ」
「そ、それ……?」
いまいち要領を得ない俺に、彼女はいらだったように続ける。
「その顔よ。どうしてあなたの顔が違うの? 今朝に見たタトゥーも消えてるし。どういうこと?」
彼女の言葉に、そこで初めて合点がいく。
「ああ、そういうことか。――これは、この残遺物の力だよ」
俺はそう言って、左手の人差し指を見せる。弱い紫の光を放つ一つの指輪。それを見て、彼女は怪訝な表情を浮かべる。
「それは?」
「これは偽物指輪っていうものだ」
「これが……」
偽物指輪。
物や人を別のモノに見せる効果を持つ、Aランクの残遺物。これは使用時間が決まっており、使用中は指輪についている宝石が光を放つ。これはシュベルツガルムの中でのみ使用可能で、地上では使用を禁止されている。高ランクのため所持している者は少なく、またその効果から所持していること自体よく思われないことも多い。
「よくそんな物持ってたわね。他の人が見たらいい顔しないわよ」
「分かってる。それでも、俺みたいな人間には必要なんだよ」
彼女は俺の答えに、興味なさそうにふーんと答えると、それよりもと言って向き直る。
「これからどうするの? まさかこのまま彼らに同行するわけじゃないわよね?」
「もちろんだ。このまま同行すると、色々と不都合もある。頃合いを見て、分かれるつもりだ」
「それならいいんだけど……」
イチカにしては珍しい物言いに、俺は小さな違和感を感じる。
「どうした? 何か気になる点でもあるのか?」
「別にそういう訳じゃないけど…………」
「……?」
一体どうしたというのだろうか。いつものイチカなら、気になったことや嫌なことはその場で口にする。少なくとも昨日まではそうだった。
「何か気になることがあるなら言ってくれ」
「気になることって程のことでもないんだけど……」
イチカはそこまで言って一瞬考えるも、何かを決意したように口を開いた。
「私、彼らとどこかであったことがある気がするのよ」
「それって……」
「別に確固たる確信があるわけじゃないの。何となくそんな気がするってだけで……」
――まずいな。
彼らが仲間殺しのパーティーだとは思えない。それは彼らの関係を見ていて分かる。しかし、それでも一度イチカと会っているとなれば、話は別だ。イチカに何があったのかは分からないが、今イチカと面識のある人間に会うのは避けなければいけない事態だった。
なぜなら、仲間殺しのパーティーの目的は、ほぼ確実にイチカなのだから。
「それは……」
と言いかけたその時、
「どうしましたか?」
目の前を歩いていた彼らにそう声をかけられた。
気づけば彼らとの距離は三十メートル以上も空いていた。
「すみません。靴紐がほどけてしまって。すぐに行きます」
俺はそう声をかけると、イチカの方に向き直る。
「とにかく、今は彼らと一緒に行こう。ここで怪しまれるわけにはいかない。話はまた後で」
俺はそれだけ言うと、また前を向いて歩き出した。
脇道は基本的に細い一本の通路で構成されている。しかし全てが通路で出来ているわけではない。通路のその先、そこは広間と呼ばれる開けた空間になっており、脇道に潜った冒険者の休憩所にもなっていた。のだが、こと今に至って言えばそれは当てはまらない。
広間に張り詰めるピンとした空気。
俺はそれを吸い込むように、大きく深呼吸すると、そいつらを睨みつける。
全長二メートルにも及ぶ巨体。それを覆う固い鱗。そして、大木の幹のような大きな尻尾。それらを有しながらも、両手には武器と盾を持っている。
恐ろしきダンジョン内の兵士、リザードマン。
彼らはその強靭な肉体を持ちながらも、武器を扱うことが出来るほどの知能があり、また人間のように統率を取ることでも知られていた。この広いシュベルツガルムの中でも、冒険者に最も恐れられているモンスターの一種。
そいつらが、今俺たちの目の前に立ちはだかっていた。しかも六体。
「どうする、リーダー」
赤髪の男シュウが、暁の旅団リーダーのタケルにそう問う。しかしタケル自身今の状況に迷っているようだった。
「…………普通なら逃げる場面なんですけどね」
確かにタケルの言う通り、通常ならば逃げるのが定石だ。だが脇道では違う。細い通路一本で構成されている脇道で逃げるようなことをすれば、最悪の場合、挟み撃ちにされる可能性がある。そうなれば、生き残れる確率は限りなくゼロだ。
ゆえに逃げるという選択肢はないのだが。
――それにしても状況が悪すぎる。
リザードマンは六体。そのうちの二体の獲物が槍で、残りの四体が剣。一方こちらの構成は、タケルが弓、シュウが日本刀でソウマが片手剣と盾。イチカも片手剣だが盾がなく、俺はというと一応片手剣が四本あるが、どれも聖遺物ではないため使い物にならない。また、タケルたちがいるこの状況での並行使用も避けなければならなかった。
――状況は最悪だな。
こちらの構成は、バランスだけを考えるならば悪くない。しかしバランスが取れている分、相手との相性が良くなかった。こちらは近距離が三人に遠距離が一人、一方相手はと言うと、近距離が六体。圧倒的に不利だ。
「ミナトさん、どうしますか?」
タケルにそう問われ、俺は一瞬考えるもすぐに口を開く。
「これは、もう戦うしかないと思います。今の状況で逃げても最悪の結果にしかなりませんから」
「ですよね……」
俺の言葉に、タケルは顎に手を添える。
多分、どのような構成、戦略で攻めるかを考えているのだろう。 俺は迷いながらも、その言葉を口にした。
「――僕に任せてもらえませんか?」
「えっ?」
俺の言葉があまりに予想外だったのだろう。タケルは驚きで目を見開く。
「何か策が?」
「ええ。うまくいくかは分かりませんが……」
タケルはもう一度顎に手を添えて考えるも、次の瞬間には頷いていた。
「分かりました。あなたに任せましょう」
意外だった。今の俺はただの荷物持ちで、戦闘力は皆無だ。そんな役立たずの男に耳を貸すとは思っていなかった。
「いいんですか?」
「何がでしょう?」
「だって僕はただの荷物持ちですよ? そんな男の言うことを信じてくれるんですか?」
俺の問いかけに、彼は一瞬呆けたかと思うと、突然笑みを浮かべる。
「そう言うことですか。――あなたは何か誤解しているようだ」
「誤解……ですか?」
「ええ。私は、なにもあなたが荷物持ちだから一緒に来て欲しいと言ったわけでも、弱いから守りたいと思ったわけでもありません。あなただから、来て欲しいと思ったんです。それは、あなたが、私たちと一緒に戦ってくれると思ったから。あなたと戦いたいと思ったからです。そこに、立場や力は関係ありません」
次は俺が呆ける番だった。その言葉が、あまりに彼に似ていたから。
――だから俺は彼らについてきたのか……。
思わずニヤケそうになるのを必死で我慢して、俺は一度深呼吸。
そして。
「分かりました。それでは今から作戦を伝えます」
戦いの幕が切って落とされた。




