第15話 「誤解、そして懐かしき光景」
呆気に取られる俺をよそに、赤髪の男が驚いたように片眼鏡の男に詰め寄る。
「どういうことだよ! 気づいていた? 俺たちの存在に!?」
「ええ。彼らは私たちが近づくずっと前から気づいていましたよ。ざっと二百メートルくらい前からでしょうか」
その言葉に、赤髪が目を見開く。
「二百メートル!? ありえねぇだろ。聖遺物か?」
「いいえ、多分違うでしょう。純粋な彼の索敵能力ですよ」
それに、今度は短髪の男も声をあげた。
「純粋な索敵って、二百メートルですよ!? あり得ません。一体どうやって……」
「それは分かりません。私には想像もつかない。ですが、私たちの存在がばれていたのは確かです。ですよね、荷物持ちさん?」
「どうしてそれを……」
思わずそう呟いてしまう俺に、彼は優しく微笑む。
「私は三つの聖遺物を持っているんですが、そのうちの一つに索敵の効果があるのです」
「その眼鏡……ですか?」
俺の言葉に、彼はゆっくりと頷く。
「ご名答です。この片眼鏡『三鏡眼』は、三つの効果があります。そのうちの一つが、遠方まで見渡すことが出来る『千里眼』と呼ばれる能力です」
それを聞いて、納得する。
ダンジョン内で他の冒険者と鉢合わせしてしまったとき、顔見知りではない限り、互いのチーム名と名前を告げるまでは警戒するのが通例となっている。それはここが外の世界と隔絶されているということに他ならない。
つまりは、ここで起こったことは地上ではばれないということだ。
例え、何があったとしても。
だからこそ、ダンジョン内では様々なことを警戒する。
しかし、片眼鏡の男は警戒どころか一切の注意をしていなかった。これは通常ならあり得ない。これも、千里眼の能力で遠くから俺たちを見ていたと考えれば筋が通った。
彼は俺たちが気づくのとほぼ同時に俺たちを認識しており、それでもなお襲ってくるようなことはしなかった。
敵対する意思はないと考えて間違いはないだろう。
とは言え、問題はここからだ。
「――あなたはどうして僕たちに接触したんですか?」
彼の話を聞いて、まず初めに思ったのがそれだった。
もし本当に彼が聖遺物の力で気づいていたのなら、俺たちが去るのを待つこともできたはずだ。いや、むしろそうするのが定石だ。なにせ、二人組というイレギュラーな冒険者と脇道で出くわすなんてものは、リスクしかない。
避けるべき場面だ。
では、なぜ彼はそうしなかったのか。
俺にはそれが分からなかった。
彼は困惑する俺に優しく微笑むと、小さく肩をすくめる。
「話してみたかったから……ですかね」
「えっ?」
「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないですが、本当ですよ。あなたが考えてるような打算や謀略の類はありません。ただ、あなたたちの関係がとても微笑ましくて。それを見て、少し話してみたいと思ったんです」
その言葉に、俺は小さく息を飲む。
「関係を見てって……。いつから俺たちのことを見ていたんですか?」
固くなった俺の声に、彼は少し戸惑いながらも、顎に手を当てて、んー、と考える。
「そんなに前からではないですよ。あなたの後ろにいる冒険者の方が歩き出したところぐらいからですかね。――それがどうかしましたか?」
「い、いえ。特にはなにもありません。少し気になっただけです」
俺はそう答えながらも、ばれないようにそっと胸をなでおろした。
彼の言っていることが本当なら、イチカの顔は見られていないということだ。
ストムの情報によれば、今この脇道には俺たちを除いて二つのチームが潜っているらしい。しかも最悪なことに、そのうちの一つは仲間殺しの疑いがかけられている。
彼らがそのチームだとは思わないが、それでも与える情報はできるだけ少ない方がいい。
それに、イチカも自分の存在を知っている人は少ない方がいいだろう。
「警戒させてしまいましたか?」
安堵した俺を見て、彼が申し訳なさそうに言う。
「いえ、そんなことないですよ。ただ、少しびっくりしてしまっただけです」
「すみません。驚かせるつもりはなかったんですが……」
そう謝る彼に、その場に胡坐をかいていた赤髪が大きなため息を吐く。
「驚くなっていう方が無理な話だぜ、タケル。俺だって事前に話してくれていたら、いきなり剣を向けるようなことはしなかったのによぉ」
「すみません。私が彼らに気づいた時には、あなたとソウマ君が喧嘩してたものですから」
謝りながらもそう言い訳する彼に、赤髪はもう一度ため息を吐いて立ち上がる。
そしてお尻をはたきながらこちらに向き直ると、
「すまなかった」
俺たちに深く頭を下げた。
「えっ!?」
突然のことに、俺は驚きの声をあげてしまう。
「ど、どうしたんですか!? やめてください! あなたは当然のことをしただけですよ」
「いや、流石にやりすぎだったと思っている。少し前に色々あって、気が立っていたんだ。――本当にすまない」
先ほどの様子からは想像できないほど真摯に謝る彼を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「……?」
頭をあげ、不思議そうな表情を浮かべる彼に、今度は俺が謝る。
「すみません。さっきの剣幕が嘘みたいで。――仲間想いなんですね」
「なっ……」
俺の言葉に、彼は一瞬顔を赤らめると、腕を組んでそっぽを向く。
「い、いや、俺は別に…………」
その姿がどこか懐かしくて、俺はまた笑ってしまう。
背中を預けられる仲間は、得ようと思って得られるものではない。
そして得られたとしても、それらをずっと守れるとは限らない。
この一瞬一瞬が貴重な時間で、唯一無二の大切な瞬間だ。俺はそれを身をもって知っている。
俺にも、昔は彼らのような仲間がいた。
――お前に会いたいよ、コウジ。
彼らを見て、思わずそう記憶に思いをはせていた俺だったが、さて、という片眼鏡の男の声で現実に意識を戻した。
「誤解も解けたことですし、ここで私から提案があるのですが、聞いてくれますか?」
「提案……ですか?」
「はい。――もしよろしければ、私たちと行動を共にしませんか?」
「それはどういう……」
戸惑う俺に、彼は優しい笑みを浮かべる。
「そのままの意味ですよ。私たちと一緒に来てくれませんか? もちろん、この探索の間だけで結構です。私たちに力を貸してはくれませんか?」
「…………」
彼の突然のそれに、俺は思わず口をつぐんでしまう。
確かに、主階層を潜っている冒険者たちも、その日に出会ったパーティーと臨時で組むことはある。変異種と呼ばれる強いモンスターや階層主などに遭遇し、討伐やダンジョンからの脱出が不可能なときだ。こういう場合、少しでも生存率を上げるためにパーティーを組む。しかしそれは同程度のレベルの冒険者同士だからこそ成り立つ話だ。
実際はどうであれ、こっちは手負いの冒険者と戦闘力皆無である荷物持ちの二人組。
こちらに利益はあれど、あちらにはない。
はっきり言って、俺たちと組む理由がない。
「…………」
相手の意図が理解できず、言い淀んでいた俺だったが、今まで黙っていた短髪の男がその沈黙を破った。
「俺は反対です」
はっきりとした拒絶。
その言葉に、リーダーの男が首をかしげる。
「珍しいですね、あなたが私に反対するなんて。――理由を聞いても?」
「理由? そんなの明白じゃないですか! 彼らが足手まといだからですよ!! 手負いの冒険者に、戦闘では役に立たない荷物持ち。これが足手まといでなくて何なんですか!? それに、彼らが本当に信用できる人物なのかまだ分かりません!! 危険すぎます!!」
そうまくし立てる短髪の男に、彼は「ふむ」と唸る。
「つまりあなたは、彼らが弱くて信用できないからパーティーを組むのは反対だと、そう言うわけですね?」
「はい」
真っすぐに射抜いたままそう頷く彼に、片眼鏡の男は優しい笑みを浮かべる。
「ソウマ君、あなたはこの『暁の旅団』が出来たときに皆で決めた理念を覚えていますか?」
「え、ええ……。それはもちろん…………」
「だったら誘う理由はあれど、私たちが断る理由はないのではないですか?」
「そ、それはそうですが……」
「それにね、ソウマ君。私は何も理念だけで彼らを誘っているわけではないのですよ」
「だったらどうして……?」
懇願するような呟きに、彼は少し寂しそうに笑って、遠くに目を向ける。その視線はまるで遥か昔を懐かしむ老兵のような、そんな憂いを帯びていた。
「私は、彼らが気に入ったのですよ。ここまでの道中で私たちが落としてきた、何か大切なものをこの方たちが持っているような気がするのです」
そこまで言うと、彼は視線を仲間に戻し、
「それに、私はこの方たちが弱いとは思いませんしね」
そう毅然と言い放った。
その様子に、流石の短髪も観念したのか、大きくため息を吐くと肩を落とす。
「……わかりました。タケルさんがそこまで言うのでしたら、俺はもう何も言いません」
「わがままを言ってしまってすみません」
申し訳なさそうに彼はそう謝ると、改めて俺たちに向き直る。
「お見苦しいところをお見せしました。――色々言いましたが、最終的に決めるのはあなた方です。どうしますか?」
俺は一瞬迷うも、気づいた時には首を縦に振っていた。




