第13話 「昼食、そして契約」
4500字程度です。
「ごめん! そっちに二匹行ったわ!!」
「了解!!」
俺はそう返事をすると、鍔迫り合いしていた眼前のコボルトを弾き飛ばし、左足に携帯していた投げナイフをそいつの頭目掛けて投擲する。
それが見事命中したのを確認して、急いで後ろを振り向くと、そこにはイチカの言葉通り、こちらに駆け寄ってくる二匹のコボルトがいた。
距離にして約五メートル。
――これなら間に合うな。
俺は左手を突き出し、言葉を紡ぐ。
「〈炎指輪・指向性二重付与・複製指輪、解放! 四重起動・火球二連撃!!〉」
俺の掛け声と共に、左手に付けていた計四つもの指輪が光を放ち、目の前に拳ほどの火球が二つ現れるや否や、それらは勢いよく発射され駆け寄ってきた二匹のコボルトの顔面に直撃、爆発した。
「「ピギャァァァ!!」」
頭部が燃え、苦しそうな雄たけびを上げながら転げまわる二匹。
俺は右手に剣を握りしめたままそいつらに近づく。
そして。
「これで、六〇五一だ」
自分とは思えないその機械的な声と共に、俺はそいつらの首を無慈悲に跳ね飛ばした。
鈍い音と共に地面に転がる頭部には目もくれず、俺はそっちへと視線を向ける。すると、ちょうど彼女も戦闘を終えたようで、剣に付着した血を振り払い、鞘に納めているところだった。
俺はそんな彼女に近づきながら声をかける。
「お疲れさま。怪我はないか?」
「ええ。私は大丈夫よ。あなたは?」
「俺も平気だ。——それにしても、ずいぶん倒したな」
俺はそう言いながら、辺りに視線を向ける。
そこには、コボルトを始めとしたモンスターの死体があちこちに転がっていた。
「全部初級モンスターだけどね」
イチカはそう謙遜するが、これはそんな簡単な話じゃない。
ダンジョンで最も怖いのは強いモンスターではなく、その数だ。シュベルツガルムは開けた空間が多くあり、それらを迷路のように入り組んだ細い通路が繋げている。つまり、通路で大量のモンスターに囲まれれば、その物量に押しつぶされることになる。俺のようなソロや戦闘を極力避ける情報屋は、独自の立ち回りが必要となるのだが、そんな簡単にできるようなものじゃない。特に、今までパーティーを組んでいた人ならなおさら。しかし彼女はそんな技術なしに一人で大量のモンスターを倒した。それは彼女が相当な実力を有しているということだ。
――彼女はいったい……。
「……っと。ちょっと!」
その声で意識を思考から現実に戻すと、目の前には整ったイチカの顔があった。
「うわぁ!!」
いきなりのことに、思わず大きく飛びのいて彼女から距離を空ける。
「ちょっ……。そんなに驚くことないでしょ! 失礼ね」
頬っぺたをぷくっと膨らませながら怒る彼女は、やっぱりかわいい。
「あ、いや……。すまん。ちょっと考え事をしてて……」
「こんなところで危ないでしょ。——まあいいわ。それよりも私お腹空いたんだけど、もうそろそろお昼にしない?」
「あ、ああ。そうだな。時間的にも丁度いいし、安全なところに移動して昼食にしよう」
「やった!」
無邪気な笑顔を浮かべる姿は、先ほどの鬼気迫るものとは違い、彼女が普通の少女だということを俺に再認識させられる。
「そうと決まれば、早く行きましょう」
彼女はフードを被ると、一人でどんどん先に進む。その後ろ姿は心なしか嬉しそうで、俺も思わず笑みを漏らしてしまった。
「噓でしょ!?」
昼食をカバンから取り出し、包みを外してかぶりつこうとしたとき、彼女がそう声をあげた。
「な、なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ。あんたのそれなに?」
「なにって……」
俺は自分の右手に持っているそれに目を移す。
それは何の変哲もないただの保存食だった。スティック状の見た目に、ところどころ豆が入っている。味は無味に近く、固くてパサパサ。飲み物がなければ決して食べれたものではないが、栄養価だけは完璧だ。高カロリー高たんぱく、ビタミンや塩分も入っている優れもの。腐りにくく場所も取らないため、冒険者の間では必需品だ。
しかし彼女はそんな説明を求めていたわけではないらしく、眉間に寄せた皺を一層深くする。
「まだ初日よ? よくそんな激マズなもの食べれるわね」
彼女が言わんとしていることは分かる。この保存食はお世辞にも美味しいとは言い難い。それでも多くの冒険者がこの保存食を食べるのは、ダンジョン探索が長期に渡って行われることが多いからだ。生鮮食品は数日でダメになってしまうし、何より場所を取る。もちろん、複数のパーティーが協力して探索している場合は、ダンジョン内で調理を行うこともあるし、普通のパーティーでも探索日初日は弁当を持参することが多い。
しかし俺にはそれが出来ない致命的な欠点があった。
それは……。
「俺は料理ができないんだ」
「えっ……」
そう。俺は壊滅的に料理が出来ない。それこそ呪われているのではと思えるほどに。俺が調理した食材は原形を失い、味はこの世の法則を外れる。俺の料理に比べれば、彼女が激マズと表現したこの保存食なんて、高級レストランで出てくるディナーぐらいに美味しい。もちろん、練習をしたこともあるが、一向に上達しなかった。
パンなどの市販のものを買っていくという方法もあるが、消耗品である残遺物しか使えない俺にとっては、毎回の探索でパンを買う出費は痛すぎる。
今ではこの通り、保存食のヘビーユーザーだ。
俺の弁明に彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべると、次の瞬間……。
「あははははっ」
大爆笑していた。
「——なんだよ」
その反応に不貞腐れ顔で答える俺に、彼女は涙を拭って謝る。
「ごめんなさい。あなた器用そうだったから意外で……」
「器用そうって……。どこをどう見たらそう思うんだよ」
「だってあなた、戦闘で並行使用を使ってたでしょ? しかも常人離れした速度で。あんなの普通の人には無理だもの」
複数の残遺物を使用することで相乗効果を生み出す高等技術、並行使用。確かに、これは相当難しい。発動のタイミング、詠唱の順番、残遺物の相性までも想定して使用する必要がある。この冒険者が多く存在するクトーリアでも使えるものは少なく、実践レベルともなれば一握りだ。しかし、並行使用は特別なものではない。練習さえすれば、誰であっても使えるようになる。ではどうして、使いこなせる者がいないのか。それは習得の難しさに対して、得られる恩恵が少ないことに他ならない。
三つから四つの残遺物を消費した並行使用でも、一つの聖遺物の効果には遠く及ばない。
それはこの世界で生きる者ならば、誰もが知っている真実だった。
ゆえに誰も並行使用の練習をせず、ゆえに誰も使えるようにならない。
俺が器用だから使えるわけではないのだ。
「なるほどね。でもそうなると、私でも練習すればあなたみたいに使えるようになるってこと?」
「あ、ああ。もちろん出来るようになるよ。でも、さっきも言った通りオススメはしない」
俺の言葉に、彼女は難しい顔をする。
「効率が悪いから?」
「そうだ」
俺は手に持っていた保存食をポケットへとしまい、代わりにウエストポーチから二つの指輪を取り出す。
「この二つの指輪は、それぞれ最低ランクの残遺物だ。ランクが低ければ低いほど並行使用しやすいが、この二つでやろうとしても最低一か月はかかる。もちろん、最低ランクだから、並行使用しても戦闘ではほとんど使えない。つまり、聖遺物を扱える人なら、並行使用なんてものを習得するよりも剣の素振りや実践を積んでいった方がずっと強くなれるってことだ」
しかし俺の説明にも、彼女は難しい表情をしたまま考える。
「そうは言っても、あなたを見てる限りそんな感じしないのよ」
「それは……」
「それにね、ダンジョンに潜ってたら、自分の聖遺物をモンスターに取られることもあるのよ。そうじゃなくても、戦闘の幅も広がるし悪いことばかりじゃないと思うんだけどなぁ」
「それはそうだけど……」
彼女の言う通り、聖遺物と並行使用を同時に使うことが出来れば、ダンジョンンでの生存率を飛躍的に上げることはできるだろう。しかしそれは言葉で言うほど簡単なことではない。聖遺物の力を百パーセント発揮させるためには相当な集中力を要する。それこそ、並行使用と同等かそれ以上に。
ゆえに、あまり現実的だとは言い難い。
――どうやって伝えたものか……。
そう頭を悩ませている時、彼女が何かを閃いたように、手をポンと叩いた。
何か嫌な予感がするのだが、そんな俺の想いとは裏腹に、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「な、なんだ?」
「あなたって独学で並行使用を習得したの?」
「……そうだよ」
「それで一か月くらい?」
「あ、ああ。最低ランクの残遺物を二つだけ並行したものだけどな」
彼女は俺の言葉を聞くや否や、納得したように一つ頷くと、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
そして。
「だったら、あなたが私に並行使用を教えてよ」
そう言った。
「なっ……」
「だってそれが一番効率いいでしょ? 独学で一か月なら、先生に教えてもらえればもっと早いかもしれないし」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「効率が悪いっていうのも、気にしなくていいわよ。私は別に開拓組を目指してるわけじゃないし」
「…………」
どうしたものかと、思わず頭を抱えてしまう。
彼女の言う通り、誰かに教えてもらうことが出来るなら、俺のときよりも早く効率的に体得することが出来るかもしれない。
それでも、新たな戦闘方法を得ることが良いことだとは限らない。確かに戦闘の幅は広がるだろう。しかしそれによって、今までよりも弱くなってしまう可能性だってある。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
未だ言い淀む俺に、彼女は静かに微笑む。
「じゃあこうしましょう。あなたが私に並行使用を教えてくれるなら、その間、私があなたのご飯を作ってあげるわ。それならお互い様でしょ?」
「えっ!?」
「じゃあ手始めに、今日のお昼ご飯ね。」
そう言って、彼女は呆気にとられる俺をよそに、自分のリュックから取り出した握り拳ほどの包みとお手拭きを俺に渡す。
「ちゃんと手を拭いてから食べるのよ」
鼻孔をくすぐる何とも言えないいい香り。それにつられて半ば無意識で包みを外すと、そこには肉と葉野菜、トマトに似た果実のスライスがこれでもかというほど挟まったサンドウィッチが入っていた。
「……もしかして手作り?」
「そうよ。私こう見えても料理得意なんだから」
隣で胸を張る気配がするが、俺はすでに眼前のものから目が離せなくなっていた。
両手に伝わってくるずっしりとした重量感、漂ってくる香りは食欲をそそり、そのフォルムは完璧としか形容できない。
これを食べたら、終わる。
もう後戻りできなくなってしまう。
分かっているのに、もう自分では止められなかった。
両手に持っているそれが口に近づいてくる。
残り十センチ。
五センチ。
一センチ。
そして。
ガブリと大きく一口。
「——!?」
その後、それは一分と経たずに俺の目の前から姿を消した。




