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ドアマットヒロイン、復讐のフルコース  作者: 紡里


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7/12

ヴィアンド(肉料理)

短編をお読みの方は、内容が重なっていることをご承知おきください。


(今回は長くなりました。六千字を超えてます)

 さて、子どもが生まれて三ヶ月。

 そのお披露目として、両家が集まる。


 私が女主人らしい仕事を初めてした、記念すべき行事である。

 最初で最後の仕事になるかも……いや、「最後にする」と決意を新たにした。



 とにかく愛人の飾り付けのセンスは最悪だった。


 三日前に、取り外せるタペストリーとカーペットを外した。

 そして、残った壁紙と埋め込み式の装飾に呆然とする。貴族の邸宅ではなく、見世物小屋のようだ。


 だが、ここで諦めるのはプライドが許さない。

 奇抜な壁紙を中和させる色があるはずだ。しかも、それを物置にある中から探し出さなければならない。


 それを見つけるのに、とてつもない時間がかかった。


 ようやく先々代の奥様が好んでいたカーペットに決め、埃を払って敷いた。

 それと同系色の、当時のベッドカバーを切って帯状にする。それを半円を描くように垂らしていき、なんとか貴族らしい品格を演出する。


 執事が一緒にいるせいか、使用人たちは素直に指示を聞いてくれた。ありがたい。



 食事は、料理長に祝いの膳を指示してある。

 お披露目の宴は「験担ぎ料理」で、決まり事が多い。あまり自由度がないので、口を出さずに任せることにした。

「おめでたいことなので、予算に糸目はつけない」と言ってあげたら、目を輝かせていた。ここぞとばかりに、高級食材を使うことだろう。




 前当主夫妻が領地から出てきて、昨日から客間に泊まっている。


 私は、一時的に女主人の部屋で寝起きさせられた。夫がそうしろと言っていると、執事が伝えに来た。

 後ろめたいから自分で言いに来ないのかしら。


 愛人の香水が染みついて臭くなった部屋。はっきり言って、とても不快だ。


 廊下を挟んだ向かい側の部屋から、時々赤子の泣き声が聞こえた。乳母がいるので、私は顔を合わせることもない。


 この部屋の本当の主人は、隣の侍女用の部屋にいる。

 寝首をかかれないかと、ちょっと怖かった。

 だ、大丈夫よ。彼女のご機嫌を良くする、とっておきの策があるもの。と言いつつ、護身用のナイフを枕の下に忍ばせた。




 お披露目の当日。

 執事に私の家族を出迎えてもらい、お披露目をする部屋で待つことにした。


 私の継母と異母妹がカリム邸を訪問するのは、これが初めてだ。

 彼女たちは屋敷を値踏みするように、視線を巡らせる。その様子が下品で、うんざりした。


「お屋敷は立派だけど、異母姉さまの服はイマイチね。私の方が……」「ええ、素敵な衣裳ね」

 異母妹の言葉に被せて褒めてあげた。今日はこんな子に構っている余裕はない。



 父は、私の結婚の話し合いのためにこの家を訪問したことがある。カリム家と親交を深めたくて、前当主夫妻に話しかけようとしている。


 だが、結婚式のあとに、親族の食事会もせずに帰ったフェリフ家の評価は低い。

 私が大奥様と文通をして仲良くなるのに反比例するように、彼らは嫌われていく。


「出来損ないの娘が、ご迷惑をおかけしていませんか?」

 と、父が揉み手をしそうな勢いで訊くので、大奥様は眉をひそめた。

「当家の嫁は、常識を知っているので、助かっていますよ。この宴も彼女が準備したのです」


 父が大奥様の嫌味に言葉を失い、何か言わなければと焦っているところに、夫が登場した。


 子どもの父親として、夫が挨拶をする。

 それを拝聴してから、一堂は刺繍が施されたクッションの席に腰を下ろした。



 そこに執事の誘導で、乳母が子どもを連れて現れる。


「わあ、可愛い」という声があがる。


「どちらに似たのかしら?」と義母に訊かれても、「どうでしょう」としか答えられない。

 私だって、今、初めて見たのだから困ってしまう。

 そして、なにより、私とは血が繋がっていないので、似ているはずがないのだ……。


 夫は顔を強ばらせて、見るからに不自然だった。

 適当に「ここは俺に似ている」とか言えばいいのに。

 こんな演技もできないなら、不貞をする資格がないのでは、と思わず笑ってしまう。



 異母妹は憎しみの籠もった目で、私を睨みつけていた。幸せを見せつけられたと思ったのかしら?


 そういえば、この子は今年で学校を卒業する。

 婚約者は見つかったのかしら。

 彼女が家に残ったから、婿入りすれば後継者になれる。名乗りをあげる人がいるはずよね。


 さんざ母に「男を産めない役立たず」と言っていたのに、継母だって男を産んでいない。

 役立たずなのは、父の方なんじゃないかしら。

 どんな子が生まれるかなんて、神様の領分でしょうに。


 今日、ここで失敗したら、母と同じような人生が待っている。

 落ち着いて、計画通りに進めるのよ。




 ひとしきり盛り上がると、子どもは乳母が抱いて下がり、大人たちだけの昼餐が始まった。

 手際よく前菜が配られる。

 お皿には、ベージュ色の豆をつぶしたフムス、焼いたナスのペースト、キュウリを混ぜたヨーグルトが彩りよく並んでいる。薄く焼いたピタで挟むようにすくって食べるのだ。



「あら、一席多いのではない?」

 義母が首をかしげる。


 ああ、なんて良いタイミングで気がついてくれたのでしょう。義母に感謝します。



「今日のもう一人の主役を呼んでいますのよ」

 私は、復讐の始まりにほくそ笑んだ。


 私に準備を全て任せた夫が、「もう一人」と聞いて青ざめた。

 そう、真に讃えられるべき功労者。命を削って子どもをこの世に送り出した女性。


 私がなんのために他人の子どものお披露目を準備したか、ようやく気付いた?

 だが、もう、遅い。賽は投げられた。



 そこへ、貫頭衣を腰紐で縛った衣裳で、愛人が優雅に登場した。

 襟元にも裾にも豪華な刺繍。腰紐も、ワンポイントではなく総刺繍の高級品。


 私の衣裳は貴族として最低限のこしらえ。一尾のパシャのレベルだ。それに比べたら、どちらが主役かは明白だった。


 異母妹は二尾のパシャの家を訪問するからと、いつもより高価な衣裳を強請ったのだろう。


 この中で、私が一番グレードの低い衣裳を着ている。

 妻に、相応しい衣裳を用立てない夫。それは、貴族として恥ずかしいことだ。



 義母は血の気が引いた顔で、私を見つめた。

 昨日から私の服装を見ていたのに、あなたも粗末な服だと気付かなかったわね。

 今日は一応貴族の服だが、昨日は平民の服で屋敷を駆けずり回っていたのですけど。


 ということは、息子だけ出来が悪いのではなく、両親もそれなりな人たちということでしょう。

 このあと起きるであろう悲劇に対する罪悪感が、少し軽くなった。



 愛人は腰紐を翻して、華やかに歩いてきた。足が長く見えるよう、腰骨からしっかり伸ばす、舞台用の歩き方で。


 貴族は、威厳を示すために腰骨は動かさず、股関節を使って歩くのだ。

 揺れる動きを抑えめに、安定した歩みで、腰紐の裏を見せないようにするのが淑女の嗜み。

 幼い頃から、家庭教師に叩き込まれる動作。

 貴族用の娼館「馬の家」で生まれ育った異母妹ですら、歩き方は身につけていた。



 だから……歩くだけで、愛人はこの場を凍らせた。

 貴族の血筋を言祝ぐ場に相応しくない、異物。

 付け焼き刃では身につけられない歩き方は、「貴族の真似事」をしようとする偽物をあぶり出す役目も持っているのだ。



 あまりの光景に、狼狽する夫の家族。

 息子が更生したと思っていたら、真実を隠して、そのまま突っ走っていたんですものね。

 妻という生け贄を利用する小賢しさ。人の人生を踏みにじる、悪辣さを増しただけ。


 その一方で、意地悪そうに破顔する異母妹。

 私が不幸だと知って、喜んでいるわ。本当に性根が曲がっている。



 まるで喜劇を見ているようだ。

 ここで生きていこうと思っていたら地獄のような展開だけれど、逃げだそうと思っている人間にとっては滑稽な見世物だわ。



 夫が無作法に立ち上がり、腰から外していた剣が転がった。成人貴族の魂とも言うべき剣が、食器にぶつかり音を立てる。

 彼は慌ててしゃがみこんで、剣を掴んだ。



「先ほどの赤子の産みの親ですわ」

 私は立ち上がって彼女の横に立ち、冷静に、淑女の笑みで紹介する。


「お前、なんてことを! 何を考えているんだ!」

 夫が私を怒鳴りつけた。


 仕事でミスをして血の気が引いた経験に比べたら、こんなボンボンに何か言われたって怖くないわね。

 いえ、手に剣を握っているから怖いわ。

 一応、暴力から身を守るための魔道具は、懐に忍ばせているけれど。どうか、声が震えませんように。



「いつも『妻』の部屋を使っている、この屋敷の女主人は彼女です。

 私は数日前から間借りしているだけですの」


 前当主夫人が息子をキッと睨みつけた。

 ご自分が長年過ごした聖域を汚されたようなものですからね。


 私が暴露したことで、愛人はまた自分が部屋を使えると考えて、ウキウキしている様子。随分、楽天的だ。

 だからこそ、後先考えずに、貴族の子を産んでしまったのだろうけれど。



「昼餐会を開いた経験がないとおっしゃるので、私が差配させていただきました。

 さあ、楽しくお食事しましょう」

 場の空気をあえて読まずに宣言し、私は何もなかったかのように食事を始めた。


 ピタを手でちぎり、ペーストを間に挟んで口に入れる。

 料理人が宴のために丁寧に作った料理は、とても美味しい。

 フムスは丁寧に裏ごしされて、口当たりが滑らかだ。ほんのり甘く、口の中が幸せになる。



「まだ別れていなかったのか? こんなことが、許されるはずないだろう」

 前当主は、自分の息子の愚かさが信じられないようだ。

 こんな男の言葉を信じた、あなたも充分愚か者ですよ。


 息子は「だって」「でも」と言い訳を探している。


 必要なのは自分の親を納得させることではなく、貴族を管理している内務卿を説得できるか。

 認めさせるだけの理屈が立てられるか、ということなんだけど。

 それができたら、建国以来二百年、誰もそれを成し遂げていない偉業だわ。



「こんなことをして、あなたの名誉だって地に落ちるのよ?」

 前当主夫人が膝を詰めて、私を責めるように言い募る。

 平民学校に通った時点で、貴族としての名誉なんか踏みにじられています。すでに「落ちる」などという次元ではなく、ほぼ平民です。


「あなたの息子さんがしでかしたことですわ。

 結婚式の後に愛人の子を後継者にすると宣言されましたの。私を侮辱するにもほどがあると思いませんか?」

 にっこりと、敢えて微笑んでみせる。


 私を責める前に、息子をなんとかすべきでしたね。


「まことに、申し訳ない!」

 前当主は夫人をなだめて、深々と私に頭を下げた。

 まあ、それ以外に言葉はないですよね。

 勢いで「離婚させる」と言ってくれてもいいんだけど。

 頭を下げたということは、穏便にすませたいのでしょうね。

 幸い、身内しかこの場にいないわけですし。


「息子さんは、貴族社会をご理解されていないようですね。どのように教育なさったのかしら」

 そう言うと、前当主とその夫人の言い争いが始まった。

 お互いを責めて、過去の他のことまで引き合いに出している。この喧嘩は、長引きそうだ。



 ヨーグルトの酸味としゃきっとしたキュウリのハーモニーが、実に爽やか。キュウリがぽりっといい音を立てた。



「なんで、こんな場にのこのこ出てくるんだよ」

 今度は、夫が愛人をなじっているのが聞こえる。

 わきまえた女だったら、そもそも妻の部屋を占拠しないでしょうよ。図に乗らせたのは、夫だろう。


「奥さんの許しを得たのよ。本当の母親を知ってもらういい機会だって言うしさ」

 ええ、許しましたとも。

 私がお前の前面に立って、世間の荒波からかばってやる義理などないもの。


 それに人前に出ることが大好きな女が、一生影に徹していられるわけないでしょう。

 表沙汰になるのは時間の問題よ。


 逆に、よく大人しく十年間も愛人をやっていたわ。

 ……この人たちが十年をどう過ごしていたか知らないけれど、少なくとも国家反逆罪で捕まっていないのだから、うまく隠れて愛を育んでいたんでしょうね。


 まあ、ともかく。お前が、お前たちのしでかしたことの責任を取りなさい。

 十歳も年下の、いきなり巻き込まれた私に、何とかしろというのは無茶だわ。



「なんという言葉遣いなの。メイドよりひどいわね」

 病気療養中の前当主夫人は血の気が失せ、今にも卒倒しそう。侍女がいるから大丈夫でしょ。


 あなたの息子は、頭の中身がひどいですけどね、どういう教育をなさったんですか――と心の中で毒づく。



 結婚してから九ヶ月ほど文通をしたが、この夫人も精神的に幼い。

 問題があったら人に丸投げし、自分で決められない。やることと言えば、手遅れになってから喚き、人のせいにするだけ。


 義父は家が大事なら、息子を廃嫡すべきだった。

 監視を緩め、自分たちだけの幸せな生活を送ることを選び、その間に息子が取り返しの付かないことをしでかした。


 ああ、夫はこの二人の血を引いているんだなと、しみじみ思ったものだ。性質がとてもよく似ている。

 解決策を考えるより、人を口汚く罵っているところも。



「私の子どもとして届けられましたが、正真正銘、その女が産んだ子です」


 夫の縋るような目を無視して、きっぱりと断言してやった。

 私の尊厳を踏みにじっておいて、私が庇うわけがないでしょう。虫がいいにもほどがある。



 焼きナスのほろ苦さが鼻を抜ける。このペーストも美味しいわ。



 私の実家の者たちは、ここぞとばかりに婚家を責め立てた。


 父が「娘にこんなひどいことをしているとは思わなかった。慰謝料を払え」と言っている。

 私の境遇になど興味もないくせに。

 もし、もらえるとしても、家ではなく私の精神的苦痛に対するお詫びですよね。父は自分がもらうつもりで主張している。


 加えて、口止め料として何をせしめられるか――そう考えて興奮しているようだ。

 変なところで鼻が利いて、計算高いんだから。


 いい気になって責めているけれど、余所から見たら同じ穴の狢。共犯者に見えるわよ。

 嫁の実家なんて、同罪と見なされてもおかしくない。



 私はそんなことを考えながら、ひとりで黙々と食べ続けた。

 といっても、前菜とピタしかないんだけど。


 主たちがもめているので、使用人は次の料理を運んでいいのか判断できず、様子をうかがっている。

 料理が渋滞しているうちに、メインの羊の丸焼きが食べ頃を過ぎて焦げてしまうかもしれない。



 私が今日、一番悩んだのは、愛人を呼びこむタイミングだ。

 メインディッシュが出てからにしたかった。


 でも、それまで大人しく待っているような女じゃないわよね。




 この国では平民の血が混じったら、その時点で貴族ではない。

 それでも平民と愛を育むほど、この歌姫に魅力があったのだろうか。

 表情は豊かだ。歌も上手かった。知性は全く感じない。女としての魅力がたっぷりとか?


 彼女は、この夫のどこに、命を賭けるほどの魅力を感じたんだろう。それとも、貴族になれると夢をみただけ? 



 前当主夫人の反応を見るに、この愛人を家族として受け入れるつもりはなさそうだ。

 平民との子であることを隠蔽し続けるのは、簡単なことではない。


 だって、誰かが密告したらお家断絶の危機……逆に、三ヶ月もの間、誰も密告しなかったのは見事と言える。


 三ヶ月前に出生届を出してしまったのが、致命的だ。

 今から夫を家の籍から追い出しても、一度偽りの届を出したことに変わりはない。


 今後、使用人から脅されることもあるかもしれない。

 そのときは、どう対処するのだろう。



 私はちんまりと上品な一皿を食べ終わったので、立ち上がり、その場をそっと出て行くことにした。

 言い争いしている人たちは、気付かない。

 影の薄い私は、誰にも見とがめられることなく、次の行動に移る。



 本来の自分の部屋でささっと街へ行くときの服に着替え、鞄一つで出ていくのだ。

 今日の食材の分のお金を持って。


 本当なら、明日、業者に支払うためのお金。

 それくらい、慰謝料としていただいてもいいだろう。

 二尾のパシャの資産なら、慌てず余裕で払えるでしょう。帳簿も見ていないから、知らないけど。



 すれ違った使用人は、誰も、何も言わなかった。

 九ヶ月ほど一緒に食事をしていたけれど、別れの挨拶をしようという気持ちは芽生えなかったな。


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― 新着の感想 ―
何の後ろ髪も引かれず捨てていける、良い義両親、義実家ですね(笑)
 短編でも、このシーンが一番好きでしたので、今回のエピソードでより詳しく描写されているのが、とても嬉しいです。まだ肉料理。デザートまで楽しみにしております。
とても素敵な地獄ですね!
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