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ドアマットヒロイン、復讐のフルコース  作者: 紡里


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6/12

アントレ(メインの前)

 結婚して半年くらいに、使用人の食堂で執事に声をかけられた。


 久しぶりに貴族が生活するエリアに足を踏み入れる。

 わかりやすく金ぴかでゴテゴテして、居心地の悪い空間になったと感じた。


 義母が小さな可愛らしい花柄で清楚にしあげていた玄関に、色も匂いも主張の激しい生花が飾ってある。

 本物の花は高価なため、よほどの金持ちか特別な宴のときにしか飾らない。


 平民の女が「貴族は生花を飾るもの」という知識だけで、無駄遣いをしているのだろう。



 促されて刺繍のないクッションに座る。


「子どもが生まれた」と、夫が言う。

 ああ、愛人の子どもか。



 さすがに体裁が悪いと思っているのか、照れくさいのか、彼は変な顔をしていた。


 予定どおり私の子として届けるつもりだそうだ。


 それなら、結婚前に妊娠させたら駄目でしょう。

 半年で産まれるなんて、どれだけ早産だと言うつもりなのか。虚弱児じゃないというだけで、怪しまれてしまう。


 想像以上に夫が考えなしの馬鹿だった。

 嘘がばれたときの心配をした方がいい。真剣に、早急に、可及的速やかに。



 面倒くさいから、性別も名前も訊かない。

 目の前で「訊いてくれたらしゃべるけど」という風情でモジモジしている男が、気持ち悪い。


 同級生達はもう何年も前に子どもが誕生しているから、話が合わないとか?

 いや、赤ちゃんを見て「懐かしい。うちの子どものときは……」なんて会話が出てくるだろう。

 あ、平民を愛人にしたから、貴族の友達がいなくなったのかな?


 そんな人と個人的な繋がりがあるって、マイナスにしかならないもんね。




 私はしおらしく、子どものお披露目をやろうと提案した。


 それに対して、目の前の男はほっとしたような顔をした。

 私が不機嫌になったり、「子どもとして認めない」と約束を反故にしたりしなくてよかったという顔なのだろうか?

 約束と呼ぶには、一方的に押しつけられた不快なもの。

 少しは罪悪感を抱いたのか。今更だ。くだらない感傷になど、付き合う義理はない。



 愛人の子どもを自分の子どもだと偽ってお披露目をする。そんな準備を喜んでやる女がいるものか。

 それを疑えないなら、いつか別の人間に足をすくわれるだろう。

 罠を張りながら、後ろめたさなど微塵も感じなかった。



 使用人部屋で準備をしているところに、夫がやってきた。

 招き入れる気はないので、入り口で立って話をする。


 それなのに、肩越しにのぞき込む。本当に、マナーのなっていない男だ。

「君は、こんなところで寝起きしているのか」

「結婚してからずっとここですが、何か?」

 苛ついたので、少し口調がきつくなった。

 女主人の部屋を追い出して、予算も与えないで文句をつけないでもらえますかね。



 執事と家政婦長と準備を進めているので、なんでわざわざここまで来たのかわからない。

「君は、実に有能だな」

 お披露目会の準備の何かを目にしたんだろうか。


「そうですか。光栄です」

「ヒステリックに喚き散らす女とはひと味違う」

 そりゃあ、感情を抑えるように教育されていない平民とは違いますよ。

 ……ついさきほど、苛ついたのを見せてしまいましたが。


 顔合わせの時に、貴族の女は人形のようでつまらないと言っていましたよね。

 言うことがころころ変わるとは。

 隅から隅まで信用ならん男だ。


 妙な言葉を残して、男は去って行った。何をしに来たんだろう。


 今、すれ違ったメイドがギョッとして壁際に飛びすさった。

 表の廊下なら貴族と会ったらすぐに脇に避けるよう意識しているが、使用人用の裏の廊下だから油断している。貴族が使用人エリアに踏み込んでくるのは、大変迷惑なのだ。



 後には執事が残された。


「なんですか、あれ?」と思わず訊いてしまった。

「ほんの少し、現状が見えてきたのかもしれませんな」


 あの人、いま何歳だよ。遅すぎるだろう。

 つい、平民としゃべるときの口調でツッコミを入れてしまった。


 少しだけ、私に品質保持費が支払われていないことに気付くかと期待した。だが、質素すぎる部屋から推察されることはなかったようだ。


 ここでそれを言って、今までどうやって暮らしていたのか探りを入れられるのも面倒くさいから、いいんだけど。

 性格が悪い上に、仕事もできないタイプか。



 ――まあ、色々な意味で「もう、手遅れ」なのだろう。



 執事は、お披露目会の招待状用の封筒とカードを持ってきていた。

「お手伝いしなくても大丈夫ですか?」

「前当主と私の実家だけですので、ご心配なく。

 もしかして、他にお呼びした方がよいご親族などいらっしゃるのかしら?」


「いいえ、皆様に縁を切られていますので」

 そうですよねーと心の中で同意した。


 もう、この家は「終わっている」のだ。


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