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  作者: とにあ
13/18

やまない雨と水竜






 のんびりとビノールが絨毯の上に敷いたクッションの上で寝そべっている。外ではまだ雨が降りやまない。


「よく、ふりますわね」

 シンがにこやかに言う。オレは頷きつつ、駒を見据える。視線を上げればエリコがにやついているのがわかるので上げない。

 その横では昨日の少年がお茶を飲みながらそっと様子をうかがっている。

 熱はまだひききってはいないが、一人で部屋にいる事が不安らしく、部屋でオレやエリコがゲームをしていても何も言わない。それともこの状況が読めなくて不安なのか。


 疑問かもしれない。まぁ、シンの事を『ばばぁ』呼ばわりしていたのは自分でも覚えているだろう。



「ガット、お前このゲームわかるかぁ? ヴィールの奴さっきよりましだが弱っちくて困っちまうぜ」

 エリコが少年、ガットに尋ねる。確かに3戦3敗全敗記録更新中だが、ちょくちょくイカサマされているような気がしてたまらない。

「え、ゲーム? 一応知っているけ、ど」

 ガットはエリコには敬意をはらっているのかしておとなしい。シンの事も『ばばぁ』とは言っていない(今のところは)ようだ。

 言っておくと別にオレが下手なわけではない。エリコは最初言った。『ヴィールって正攻法の人だね』って。そして負け続けている。

 そろそろ正攻法から外れようか?

 ちなみにゲーム盤はガットの寝ている寝台の上に広げられている。



「あら、ゲームはダメですよ。軽くでもごはんをお食べになってからにしましょうね。ガット」



 シンの言葉にガットは不安げに頷き、呟いた。

「どうして、こんなに良くしてくれるの?」

 呟きを聞いたシンはちらっとオレを見た。もちろんガットもそれに合せてオレを見てなおさら不安げに首を傾げる。

 答えを出したのはオレでもシンでもなくエリコだった。

「決まってんじゃん。ここのヌシが気紛れで、お人好しだからだろ。おれまでここにいんだからさ」

 『そしてゲームなんかしてくつろいでいる』とばかりに駒を軽く動かし、オレをじっと見る。オレの番かなぁと盤を見ると嫌な気分になった。この配置は………。

「で、おしまいっと。4戦4勝全戦完勝。賭けだったら身ぐるみ剥げそうな相手だよな。ヴィールって」

 嬉しくないことを言いながらエリコはゲーム盤を片付け始めた。ガットが食事をしなくてはいけないからだ。

 ビノールがクッションから立ち上がり、ちょこちょことエリコのそばの駒をいれる箱に駒を入れて片付けを手伝い始める。

「エリコは盤を持ってくるべ。ヴィールの雪辱戦はおらがするだよ」

 こっそりゲーム好きのビノールが部屋からエリコを連れて出て行く。エリコは不敵な笑みでビノールを見ている。自分が負けるわけがないと思っているのだろう。

 ガットが聞き取り損ねそうな声で呟きを洩らした。



「帰らなきゃ」




「雨が止んで元気になったら」



 その呟きにはシンがそう答えた。

 雨が降り続いている。タウフィにはおこっているのであろう内乱の情報は入ってきていない。オレはシンを残してガットの部屋から出た。

 目指すは接客のために使っている部屋だ。きちんと磨き上げられた部屋。使っていない今は埃除けの布がランプやテーブルに掛けられてある。

 オレは窓を引きあげた。雨に濡れた植物の強い匂いにむせかえりそうになる。

 花は雨に濡れ、これ以上ないほど元気に咲き誇っていた。

 雨は霧雨に変わっていた。オレは鉢植えを室内に取り込んでから、窓から外へと身を乗り出した。


 霧雨が軽く上半身に纏わりつくかのようにかかる。

 下を見ると水が随分高い位置をゆっくりと流れている。

 むこうの方から雨が止んできたのをいい事に食料を売り歩いているのであろう元気な商船の声が聞こえる。急の雨は食料の危機と言うわけだ。

 たぶん、もうじきこんな状況でも店は開き始めるのだろう。眺めていると向かいの窓がいきなり開いた。

「やぁ、花をしまっちまったのかい?」

 向かいの叔母さんの声は路地越しでもよく通った。

「はい、様子を知りたくて」

 答えたオレにおばさんは屈託なく笑って釣り糸を水に落とした。

「そうかい。あんたはまだまだ新参者だからね。それに今回の雨はひどかったからねぇ。いつもならほんの一晩で止むっていうのにねぇ。ああ、じゃあ、花はまた出してくれるんだね? いつも窓を開けるのが楽しみだったのさ。花の香りはあたしん家まで綺麗にしてくれるようでさ」

 おばさんはそう言って笑った。

「そうなんですか? あの、よろしければひとつ差し上げましょうか?」

「あら、ありがとう。じゃあ、お魚はいかが? 今釣れたてよ」

 くんっと糸を引きあげると確かにたっぷりと脂ののった大きな魚が一匹釣れていた。

 魚と鉢植えひとつをオレは交換した。初めて会う向かいの叔母さんは人懐っこい人だったな。などと思いながらオレは窓を引き下ろす。外に出るのは夜の方がいいということだろう。それとも…………

 オレは地下室へ向かった。その途中にシンに魚を渡す。

 『アスカ』の地下室はしっかりした造りだ。重い鉄扉を開けると3段ほどの階段ともいえなくもない段差があり、また引き上げ式の頑丈さ重視の鉄扉がある。

 扉を引き上げ、オレは地下室へ向かって階段の続きを下りた。

 地下室は貯蔵室になっている。酒樽や野菜、ジャム。それらが所狭しと置いてある。オレは下水道へと通じる扉を開けた。

 カギは3重。ドラゴンであるオレにとっても押し開けるのは重く感じなくもない合金製の扉だ。

 下水道では水が轟音をたてて流れていた。時折渦を巻き、激流を作り上げ、造られてある道を半分、沈めている。

 下水道利用されているがここはもとからある地底の河だ。地上の雨が流れ込んで増水しているのだろう事はあきらかだ。

 オレは首を傾げながら川の流れに触れた。街の外の情報を確かめるために。自分の見えるものだけではなく第3者による意見を聞きたかったからだ。それは普段身近い者より遠くにいる友人に聞く方がいいように思えた。



『シーオ』


 ドラゴンの声で彼の名を結ぶ。この流れが海に通じ、彼がここに来られるほどの大きな流れであればなどと思いながら反応を待つ。返ってくるのが言葉だけでもいいのだ。




 流れが不意に静まった。



 潮の香りだ。



 この変化が少なくとも彼に声が届いた事を示している。

 水面が完全に静止したかのようにきらきらと銀色に輝く鏡面を作り出す。河の中央から広がる波紋。

 その波紋の中央に現れた青銀色の長衣をまとった白銀の短い髪の海竜の化身。

 彼がシーオだ。

「お久しぶりですね。夜の親しき隣人。夜の陛下」

「久しぶり。海の尊き隣人殿にもご機嫌よう」

 互いに儀礼的に挨拶し、笑みを交わし会う。一応のお約束ごとには則るという共通の礼儀と言うか性格はお互い相変わらずだ。

「で、何のようだい? ヴィール」

 そして挨拶を終らせてしまえばシーオはさっさと河べりに座って言葉と服装と態度を崩す。きちんとした長衣を着ていた所を見ると正装を着なくてはならないような行事の最中だったのかもしれない。

「呼んでもかまわなかったのか?」

 シーオは肩をすくめた。

「まだ、見合いをする気も受ける気もない」

 シーオはちらちらとオレを見る。『本題に入れ』ということだろう。それと触れて欲しくないのかもしれない。

「ああ、内乱がおこっているという話を聞いて。本当なのか?」

 シーオはあっさりと肯定した。

「ああ。本当のことだ。王のやり方は間違ってはいないがあまりに性急すぎる。誰しもが識字率の上昇や孤児の生活の向上のみを見るわけではないさ。王はたった5年で血を流し過ぎた。前王からの引き継ぎ分は多少あったとしても現王は引き継いだ時点で進攻しない選択は選ばなかったんだ。流れた血の多くは彼の意志なのだろう」

 始めたら早急に統一しなければならないと思ったカイザーが間違っているとも思えない。国がひとつであることは他国から攻められる恐怖から開放されることだ。

 ひとつになれば守る力も増す。

 思ったことをシーオに言うのは間違っている。シーオはわかっているのだ。だからカイザーが間違っているとは言わない。性急すぎると言うだけだ。

「そっか。それと、このタウフィの気象は異常な気がするんだが、もしかして毎年こんな感じなのか?」

 シーオは髪をかきあげて頷いた。

「毎年こんなもんだな。だから建物に水が入ってくるなんてことなかっただろう?」

 オレはその事実に頷いた。確かに水は入ってきていないし、住人も馴れていたような気もする。

 シーオをそのまま見送って、オレは他にも友人と呼べる何人かを呼び出して内乱の話を聞いた。ついでにタウフィを根拠地にしている闇精も呼び出した。

 漆黒の猫を象った冷たい精霊。と呼ばれる闇精『ガージュレイ』だ。

 赤みを強く帯びた金朱の瞳の猫はオレを疑うように用心深い動作で流れの向こう岸に現れた。

 『ガージュレイの瞳に魅入られし者は悠久の闇に沈む』と伝承にすら残ると言う瞳。それはどのような人の心の奥にも潜む欲望をあらわにさせる瞳だ。

 その瞳が今オレを見ている。真実を知ろうと。

「こい。ガージュレイ」

 ガージュレイにはオレが皇であろうがなかろうが関係ない。『青二才に用はない』とばかりにガージュレイは岸から少し離れた。

 力ある存在に引かれる自分の性がもたらすかもしれない危険性を考慮しているのだろう。人の欲望に長く触れてきた者は用心深く、そしてその性を曲げ易い。つまり闇精にはひねくれ者が多いのだ。ガージュレイも例に洩れず、ひねた性格なのかもしれない。

「こい! オレを殺せばお前にしばし平安がくるぞ!」

 言ってみる。力勝負を持ち掛けてみる。オレがあいつより弱いようならばあいつの声を聞く資格などありはしないのだろう。

 だが、オレは負けることなど考えてはいなかった。第一、自分の属性の下位種族に負けるつもりはなかった。

 ガージュレイは低く笑った。くぐもった笑い声。

 金朱の瞳が楽しそうに細められる。

『戦乱は大きくなる』

 低い老人の声だった。ガージュレイの声だ。ガージュレイはそれだけ言って身を翻し闇の奥へ駆けて行った。戦乱を好んでいるような声と口調だった。

 オレは天井を仰いだ。

 一個体にすぎないオレが関われるようなことはほんの僅かだ。一握りだ。干渉する自由はある。問題はその結果だ。

 干渉したがゆえにおこりうる結果。

 オレ個人の力で戦争を治めることなど出来はしないし、戦争のひとつやふたつで世界の均衡は壊れやしない。人同士の戦争である以上逆に手を出すべきではないだろう。






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