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このパンデミックな世界に祝福を!  作者: ウォッチ
1章
9/11

フルスイング オブ ザ デッド 後編

「うおおおおお!!!」


 襲いかかってくるゾンビをバットで凪ぎ払うも何体かが俺の腕や肩に噛みついてくる。


「ああああっ、痛てぇんだよクソがぁっ!!!」


 それを肉が千切れることも構わずに乱暴に引き剥がしがむしゃらにバットを振り回す。

 飛び散るゾンビの脳髄や内蔵の一部が顔に付着しようが止まるわけにはいかなかった。

 動脈を傷つけたのか首が熱くなりジワジワと胸付近が塗れていくのを感じた。

 意識が朦朧として倒れそうになるのを足を踏ん張ってギリギリ耐える。

 歯を強く噛み締め過ぎたせいか奥歯は割れて欠片が口からこぼれ落ちた。


「……ふぅ……ふぅ……駄目だ……まだ倒れるな俺……!」


 その時、ふと俺の頭のなかで昔あった事が次々とフラッシュバックした。

 これが「走馬灯」と呼ばれるモノなのかもしれない。

 さっきまで激痛に蝕まれていたはずの体はもうほとんど痛みを感じなかった。

 俺は薄れゆく意識の中でその思い出のひとつひとつに触れていく。


 母親と一緒に行った夏祭りでラムネを買ってもらったのにビー玉がつっかえてうまく飲めなかったこと。

 ラムネは結局地面に落として駄目にしちゃったっけ。


 寡黙だけどなんとなく愛情を感じる事が出来た親父との風呂。

 あの頃は背中が大きく見えたんだよなぁ。

 俺もあの背中に少しは近づけたんだろうか?


「あぁ……」


 今まで思い返した事なんてほとんどなかったありふれた日々。

 だけど俺にとってはとても大切な日々。

 そしてその思い出の中でも一際輝いているもの。

 こんな状況なのに思わず笑顔になってしまう。

 それはごく最近の思い出。

 あの少女との大切な思い出。


『もう、上城さんは私がいないとダメなんだから……』


 ……ははっ、そうかもしれないな……


 俺は笑いながら一歩を踏み出す。

 もうほとんど目は見えていなかった。


『上城さんってホントにスケベですよね、幻滅しました……ふふっ、なんて冗談ですよ』


 ……その冗談に何度ショックを受けたことか……年上をからかうんじゃないよ……全く……でも、その笑顔があったから俺は……


『ねぇ上城さん、どんな事があっても絶対に死なないでくださいね……? ……あっ! こ、これは違くて……その、こきつかえる人がいなくなるので……』


 ……ごめん、それは守れそうにない……ホントにごめん……俺はここまでだけど、たまには思い出してくれるとお兄さん嬉しいなぁ……クソ……やっぱりいやだ……死にたくねぇよ……


 だけど体は止まらない。

 一歩、また一歩とゾンビの波に飲まれながらも進んでいく。


『……蓮さん……もっと前に出会いたかったな……』


 ……あぁ、俺もだよ……()……!


「うおおおおおおおおぉっ!!!!」


 俺は叫んだ。

 それは魂の咆哮だった。

 震える足を無理矢理動かしゾンビに体当たりをかます。

 噛みつかれれば逆にゾンビの肉を噛み千切ってやった。

 まだ俺は死ねない。

 死ぬわけにはいかない。


「ぐおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 なぁ、生者の肉を求めてさまよう屍ども。

 俺の肉が欲しいならいくらでもくれてやる。

 だがな、この胸の熱いモノだけはお前らになんか食わせてやるもんか。

 これは俺だけのものなんだ。

 誰にもあげられない俺だけの"思い"なんだ。


 ――さぁ、この何も持たぬ屍どもに人間は"守るもの"があるから強いんだって事を教えてやろう。


 ◇◆◇


 ――10分後、屋上


「おい! もう時間だぞ! ゾンビどもがそこまで迫ってる!」

「ですが……!」


 叫ぶ彼は不甲斐なさでいっぱいだった。

 本来ならあの時彼は校舎へ入っていく青年と少女を追いかけてでも止めるべきだったのだ。

 だが壁を埋め尽くすほどのゾンビを見て尻込みしてしまった。


「クソッ!」


 ヘリのドアを思いきり叩く隊員。

 しかし今さら後悔しても全てが手遅れ、彼らはおそらくもう助からないだろう。


「もうダメだ! ここから出るぞ!」


 そう言った操縦士が運転するヘリコプターは再び空に飛び立とうとプロペラを回転させる。

 ――そしてヘリコプターの機体が地面から離れるその時だった。


 ガチャン


 屋上の扉がゆっくりと開き一人の人物が現れた。


「な……!? あれは……!?」


 全身血塗れ、男かどうかも判別できないほど肉体の欠損をしながらもその人物はこちらに歩いてきた。

 辛うじて手に持っているバットから彼が先程の青年だと自衛隊員は理解する。

 一瞬ゾンビかとも思ったが明確に手をこちらに振っていることからそれはないと判断できた。

 だがあれでは助からないだろうとも思い、隊員達は渋い顔を作る。


「っ!?」


 しかし青年が背中に背負っている物を見て彼らは驚愕の声を出した。

 彼の背中には一人の少女が背負われていたのだ。

 傷一つなく、まるで先程までゾンビの群れに囲まれていたとは思えない綺麗な姿。

 青年は一体どれほどの執念をもってこの少女を守ってきたというのか。

 自衛隊員は自分達の情けなさに歯を噛み締めた。


「……ッ」


 そして青年は背負っていた少女を降りてきた自衛隊員に預けるとその場に崩れ落ちる。


「お、おい! 大丈夫か!?」

「……」


 もう喋る事も出来ないのだろう。

 彼は隊員に自分の持っていたバットを渡す。


 行け


 青年の瞳はそう言っていた。

 それを受け取った隊員は顔を歪ませ涙を流す。


「……助けに行けずに本当にすまなかった……君は本当に立派だった……彼女は、私達が必ず命にかけても守るから……だから……」


 それ以上は言葉にならなかった。

 隊員は青年に敬礼をすると操縦士に出発するよう指示をだし、すぐにヘリは雲ひとつない上空に飛び立っていく。


「……」


 ――屋上には残された青年の浅い呼吸の音だけが響き、やがてそれは止まった。


1章はこれで終了となります

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