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このパンデミックな世界に祝福を!  作者: ウォッチ
1章
7/11

小さな傷跡、大きな絶望

 屋上の扉を開けて校舎に入った瞬間、何かが割れるような音が聞こえた。


「……今の音は下の階から……?」


 とてつもなくイヤな予感がした俺はバットをキツく握り、階段をかけおりるようにして風間さんがいるであろう二階の教室へ走った。

 ちなみにこの校舎には不便な事に階段が南側に一つしかない。

 もしもゾンビが侵入したら逃げ道がほぼ塞がれてしまうだろう。


「ハァ……ハァ……」


 息を切らしてたどり着いた二階の廊下は不気味なくらい静まりかえっており何故か薄暗い。

 風間さんは無事だろうか?

 今この瞬間にも彼女に何か起きているんじゃないのか?

 そうやって考えれば考えるほど変な想像をしてしまい冷静さを失いそうになる。

 その時、俺は廊下の向こうに教室から出る風間さんの姿を見つけた。


「風間さん!」

「えっ、上城さん! なんでここに!?」


 俺は安堵の溜め息をはくとこちらを見て驚いている風間さんに向けて歩きだす。


 バリィィンッ!


 ――瞬間、俺と風間さんとの間にある廊下の窓ガラスが割れた。

 それとともに何かがゴロゴロと大量に転がりこんでくる。

 説明するまでもなくヤツらだった。

 窓を見るとゾンビ達はまだまだ外から廊下に流れ込んできている。


「クソッ! まずい!」


 廊下がやけに薄暗かったのはゾンビ達が何人も何人も重なって壁のようになっていたからだったのだ。

 おそらくヘリコプターの音に引き寄せられたのだろう。

 まぁ、今となってはどうでもいい事だが……。


「うそ……」


 風間さんがそう呟くのがここからでも鮮明に聞こえた。

 一人が俺に飛びかかってくる。

 俺はバットを振ろうとしたが相手のほうが一瞬早く、押し倒されマウントをとられてしまう。

 なんとか頭を押さえつけ噛まれないようにするが想像以上に凄い力でジリジリと俺の喉笛めがけ醜悪な顔が近付いてくる。

 クソ! 可愛い女の子に馬乗りになられるなら大歓迎だがこれはノーサンキューだぜ!


「上城さん!」


 その時、視界の隅にいまだ風間さんが立ち尽くしているのが見えた。


「いいから教室に逃げ込め! 早く!」


 俺は半ば自分に言い聞かせるようにそう叫ぶと目の前でガチガチと歯を噛み合わせているゾンビの鼻面に頭突きを叩きこんだ。

 怯んだのは一瞬だったが俺はゾンビの体を突き飛ばすと近くの教室に飛びこみ、すぐに扉を閉めた。

 そのまま壁に寄りかかり息を整える。


「はぁ……はぁ……マジで死ぬかと思った……」


 疲労と緊張で喉がカラカラだ。

 もうダメかもしれないという諦めにも近い考えが頭の中を駆け巡るが今はそれを隅に追いやる。

 一刻も早く廊下の向こう側の教室にいる風間さんを助けだし屋上まで戻らなければ……。

 だが現在廊下には窓を突き破って入ってきたゾンビが大量に徘徊している。


「なにか……なにかないか……」


 俺はなんとか現状を打破しようと辺りを見回す。

 そして教室の窓を見た時、あるアイデアが浮かぶ。


「……そうだ、ベランダから行けば……!」


 そう思った俺は教室の窓を開けてベランダに出た。

 あまり掃除がいきとどいていなそうなベランダは風間さんがいる教室のほうまで一直線に続いておりゾンビに襲われる心配はなさそうだ。


「待ってろよ風間さん」


 俺はバットを握りしめるとベランダを早足で歩きだした。

 そして歩きながら考える。

 自分が何故こんなにも風間さんを助ける事に一生懸命になっているのかが理解できなかったのだ。

 少し前に俺は"もしも"の時には彼女を見捨てる覚悟を決めたはず。

 それなのに何故俺は自分の命を危険にさらしてまで彼女を助けようとしているのか。


「ヒーローにでもなったつもりかよ……」


 自嘲気味に笑う。

 きっと俺は自分を頼ってくれる可愛い女の子に良い格好をしたいのだろう。

 夜に見張り番をしたり自分の分の食糧をバレないように渡したりしたのも多分そうだ。

 あぁ……我ながらなんて愚かなんだろうか。

 本当は怖くてどうしようもないクセに――。


「痛っ!?」


 その時、俺は右手に鋭い痛みを感じ小さな悲鳴をあげる。


 見れば俺の右の掌には"歯形のような傷"が付いており、そこから血が絶え間なく流れていた。


「……」


 俺はそれを見て言葉を失う。

 一体いつ……?

 どこで……?

 真っ白な頭で考えるが間違いなくさっき襲われた時だろう。

 だが今更何をしたところで俺の運命は今この瞬間決定していた。


「……ウソ、だろ……」


 ――もうすぐ俺はヤツらと"同じ"になるのだ。


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