依存
「ヤバイ……」
何がヤバイってゾンビの足やっぱりクソ早い。
グラウンドの倉庫でバットを無事調達した俺だったがまさか扉のギィーっていう開閉音でバレるとは思わなかった。
いや、錆びてて予想以上に音鳴ったしそれは仕方がないんだけど。
その音を聞いた何人ものゾンビが俺のほうに猛ダッシュしてくる。
バットで戦うという気持ちはもちろん起きなかった。
そしてもう一回言うけどヤツら足が本当に早い。
マジでオリンピック狙えるレベル。
逃げても追い付かれる可能性のほうが高いだろう。
だけどここでこうしていても食い殺されるだけだ。
「うおぉぉぉっ!!」
俺は校舎へ全力で走った。
◇
グラウンドを半ばほど走るとようやく校舎が近くまで見えてきた。
その間もゾンビとの距離はグングン縮まり背後から歯をカチカチ噛み合わせる音やうなり声が聞こえてくる。
こんなに命懸けの鬼ごっこをしたのは生まれて初めてだった。
おかげでアドレナリンがドバドバの楽天スーパーセールである。
全く勘弁してくれ。
「はぁ……はぁ……もうダメ……」
だがそんな興奮ギガマックスな脳内とは裏腹に俺の体力はもう底をつきかけていた。
恨むべくはオタク気質でそんなに身体を動かしてこなかった自分自身である。
走りながらどうせ死ぬなら少しでもあがいてやろうと思いバットをギュッと握りしめる。
そしてそのまま俺が振り向きざまにフルスイングしようとしたその時、それは聞こえた。
「上城さん! こっちです! 早く!」
風間さんだ。
彼女は校舎の窓を開け放ち、俺に向かって必死に叫んでいる。
「うおおおっ!!」
俺は最後の力を振り絞りその窓に飛び込むとすぐ風間さんに窓を閉めさせた。
瞬間窓や校舎の壁にゾンビ達が体当たりしてくる。
窓にヒビこそ入らなかったものの凄い衝撃音が室内に響き、どれだけヤツらが全力でぶつかってきたかがわかる。
走ったままの状態できてくれたから助かったが、もしこれがジャンプして全体重をあずけるようにして窓にぶつかろうものなら間違いなく窓は割れていただろう。
俺と風間さんは息を殺して窓の外の様子をうかがう。
ゾンビ達はしばらくそこで徘徊を続けた後、諦めたのかどこかへ行ってしまった。
すると俺の胸に軽い衝撃。
風間さんが俺の胸にすがりついて震えている。
「何でこんな事したんですか? 馬鹿なんですか?」
「いや……その……」
俺が言い淀んでいると彼女はハッと顔を上げた。
「もしかしてさっき私がバットを取ってこいなんて言ったからですか? 全部私のせいで……」
「いや違うから! 全然そんなんじゃないから! ただバットがどうしても諦められなくてさ。意地ってヤツだよ、馬鹿みたいだろ? ははっ」
俺は自嘲気味に笑う。
これは本当で、俺は一刻も早くバットが欲しかった。
いつゾンビが攻めこんでくるかも分からない状況で戦える手段を持っていないのは痛すぎるからである。
だけどそのせいで彼女を危険に巻きこんでしまう事となった。
一歩間違えば俺だけでなく彼女も死んでいたのだ。
俺はいまだ震えている風間さんを優しく抱き締めた。
「ごめん……風間さん」
「……いえ、私こそ困らせる事ばかり言ってごめんなさい……」
それからしばらく教室には彼女のすすり泣く声だけが響いた。
◇
「……あの、風間さん? ちょっと近くない?」
「気のせいじゃないですか?」
ど う し て こ う な っ た ?
あれから何故か風間さんは俺にべったりになってしまった。
どこに行くにも後ろをちょこちょこと付いてくる。
なんでも「上城さんを一人にするとまた勝手に馬鹿な事をするから見張っているんです」とのこと。
俺はこれはこれで面白いと思っていたのだが、しまいにはトイレまで付いてきたので流石に止めた。
このパンデミックという異常事態がそうさせているのか、それとも少し前のあの出来事がそうさせたのか。
……おそらくその両方だろうが、だが間違いなく彼女は俺に依存し始めている。
それは俺としては嬉しいがあまり良くない事なのだろう。
"もしも"の時、彼女には俺を置いて逃げるくらいの覚悟を持ってもらわなければならないからだ。
もちろんそれは俺自身も、だが。
「はぁ……」
俺は深い溜め息を吐くと今後の彼女との接し方を考え始めるのだった。




