風間 愛
私こと風間 愛にとって人生とは酷く面倒くさいものだった。
色々あるが特に面倒くさかったのは人間関係だ。
自慢するわけではないが私自身自分のルックスが整っているという自負はある。
容姿を褒められる事も嬉しくないわけじゃない。
だけどそれでも毎日言い寄ってくる男子のこちらを舐めるような視線にはうんざりしていた。
そしてそれを良く思わない女子生徒からの嫌がらせにも――。
「風間さん、ちょっと来て」
あの日、同じ部員の女子にそう言われて体育倉庫に呼び出された私はそこで閉じ込められたのだと気付いた。
呼び掛けても誰も開けてくれない事を理解した私は出してもらう事を諦めとりあえずマットの上で色んなことに思考を巡らせた。
このままここで死んじゃうのかな、とか本当にくだらない事だけど。
しばらくそうしていると体育館のほうが何やら急に騒がしくなったがあまり耳には入ってこなかった。
少しするとバタバタと足音が体育館から消えていく。
もしかしなくても置いていかれたのだと分かった。
それから何時間そうしていただろうか。
私はなんだか世界に一人になってしまったような錯覚におちいった。
目頭が熱くなっていくのがわかる。
「本当に私死んじゃうのかな……?」
誰に言うでもなくそう呟く。
――その人が現れたのはそんな時だった。
急に倉庫の扉が開いたかと思うと知らない男の人がこちらを見ていたのだ。
その人は名前を上城蓮と名乗った。
男性だけど不思議と嫌悪感はなかったように感じる。
彼は何かを探していたらしく、尋ねるとそれはバットだった。
なんでも武器にするのだとか。
何を言っているかわからなかったが、私は野球部で使うバットが確かグラウンドの倉庫にあることを思い出し彼にそれを教えた。
すると彼は途端に残念そうな顔をする。
そして彼は私についてくるよう言うと、私にグラウンドの様子を見せた。
そこには人がたくさんいた、だけど様子がおかしい。
彼は「あれはゾンビだよ」と言った。
人間を襲い食べるのだとか。
私は自分が閉じ込められている間にそんなものが外を徘徊するようになっているとは正直とても信じられなかった。
◇
昼、私は朝練だけだと思っていたのでお弁当を持ってこなかった事に気付く。
すると上城さんが私にパンをくれた。
嬉しかったのに素直じゃない私は上城さんに失礼な事を言ってしまった。
上城さん怒ってないかな?
……あまりお腹は空いてなかったけどパンは凄く美味しかった。
その後、上城さんは私を不安にさせないためなのかいろんな話をしてくれた。
だけどあまり人と話す事が得意ではないようで言っていることの半分くらいはよくわからなかった。
彼は不思議な人だ。
一緒にいても全く気を使わせない独特の雰囲気がある。
だから時々思ってもないことを言って彼を困らせてしまった。
多分甘えてしまってるんだと思う。
夜、上城さんが外を眺めていたので寝ないのか聞くと彼は「もうすぐ寝るよ」と言って笑った。
それを聞いた私は上城さんに再三警告した後、教室の隅で彼の用意した毛布にくるまり横になる。
毛布に鼻をつけ吸い込むととても良い匂いがした。
そういえばもう上城さんは寝たんだろうか?
しばらくそうしているとふいに外の様子が気になり私は教室の扉の隙間から廊下を覗いた。
だが彼は壁に寄りかかるようにしてまだそこにいた。
一体何をしているのだろうか?
彼はコックリコックリと頭を揺らしはじめたかと思うとハッと頭を上げ「いかんいかん……」と呟く。
「これって……」
そこでようやく私は気付いた。
彼は寝ないで見張りをしてくれているのだと。
なんだか胸がズキリと痛んだような気がした。
私は扉の隙間から顔を離すと再び教室の隅の布団にくるまる。
その日は夢も見ないほど深い眠りについた。
翌日、廊下でウトウトしていた彼に私はどうしようもない怒りがわいた。
普通こんな若い女が近くで寝ていたら襲いにくるでしょう!? と、自分でも訳のわからない怒りだった。
見た目には多少の自信もあったのに彼は一切そんな素振りも見せなかったのである、自尊心も傷付くというものだ。
なので私は彼にイジワルを言った。
無茶苦茶な事を言ったのは自分でも分かっている。
それでも動き続ける口は止まってくれなかった。
◇
教室の中で私は一人頭を抱えた。
「……どうして私はいつもこうなの?」
素直になれない自分を嫌いになりそうだった。
どうしようもない後悔が押し寄せてくる。
「……やっぱりこのままじゃダメだよね」
――彼に謝ろう。
しばらく考えていた私はそんな結論に至った。
もう彼を困らせてはいけないのだ。
ちゃんと謝って許してもらおう。
――だけどそんな私の考えはあるものを見て一瞬にして吹き飛んでしまった。
「どうして!? なんで外に出てるのよ!?」
私の目に映っていたのは外に出てゾンビ達に追われている上城さんの姿だった。




