失ったモノ
「うぅ……」
頬に風を感じて俺は目を覚ました。
体を起こし寝ぼけながら周りを見る。
「ここは……?」
どうやら俺は見知らぬ建物の屋上で寝ていたようだった。
必死に思い出そうとするも何故自分がこんな場所で寝ていたのか思い出せない。
「うわっ!? なんだこれ!? 血!?」
そして何気なく下を見ると俺は自分の服が血塗れな事に気が付く。
急いで身体を確かめるが傷はどこにも見当たらなかった。
「まさか誰かの血……? 一体何が起こってるんだよ!?」
混乱でおかしくなりそうな頭を必死に働かせるも、現在この屋上には俺しかおらずなにもわからない。
「……とりあえずいったん中に入ろう。そしてそれから考えよう……」
俺は半ば現実逃避をするように屋上の扉を開いた。
瞬間、凄まじい臭気が俺を襲う。
おもわず吐きそうになるのを必死にこらえて中を見渡す。
「うっ……なんだよこれ……!」
建物の中はまさに地獄だった。
辺り一面赤黒い液体で覆われ、ところどころに内臓のようなものが散らばっている。
だんだん怖くなってきた俺は後退りしてそこで"何か"を踏みつけた事に気が付く。
「……ッ!?」
――それは"人間の手"だった。
「ああ……あ……」
そして壁に飛び散っている血液や内臓が人間のものだと気付いた時、俺は叫んだ。
「うわぁあああああああ!!!」
階段をかけおり一階の扉から外に飛び出る。
そのまま俺はひたすらに走った。
早く家に帰りたい。
ただそれだけを考えて走り続ける。
外は事故にあったのかメチャクチャに壊れた車でいっぱいだった。
そうして何時間走り続けただろう。
俺はようやく動かしていた足を止めて地面に膝をつく。
疲れたからではない、ただ今の自分の状況に軽く絶望したからだった。
「……家……俺の家ってどこだっけ……?」
これは冗談ではなく住んでいる場所も住所すら俺は思い出せなかった。
考えているうち、ふとあることに気が付く。
「そういえば……俺って……誰だっけ……?」
一般的な常識なんかは覚えている。
ただ自分の事だけが頭からスッポリと抜け落ちていた。
「マジかよ……」
あぁ、なんという事だろう。
どうやら俺は記憶喪失になってしまったらしい。
◇
その後、俺はあてもなく歩くことにした。
何か知っているものや場所があるかもしれない。
そんな祈りにも似た希望にすがりついて。
「……ていうかさっきから人が一人もいないのはどういう事なんだ? 災害でも起きたのか?」
そう、目覚めてからというもの人はおろか犬や猫一匹見かけなかったのだ。
もしかしてこの世界に生きているのは今俺だけ……?
そんな恐ろしい想像をしてしまい心細くなりながらも俺は歩くのだけはやめなかった。
「あっ」
――そして10分ほど歩き続けた俺はついに道端に座り込む一人の男性を見つけた。
安堵した俺は男性に駆け寄り話しかける。
「あのーすみません、ここがどこか教えてほしいんですが……あ、でもそれを聞いてもダメなのか……うーん、こういうのはまず病院に行くべきなのか?」
しかし、その間も男性は下を見て俯いている。
俺は少し心配になり男性の肩に手を置いた。
「えっと、大丈夫ですか? どこか気分でも……えっ?」
痛みが俺の手を襲ったのはそれからすぐだった。
見れば俺の右手の親指の付け根辺りから先が無くなっている。
「ぐわぁあああっ!!」
とてつもない激痛に思わず叫んだ。
……一体何が起きた……!?
俺が混乱していると目の前にいた男性が突然起き上がりこちらを振り向き飛びかかってくる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
もはや男性の顔に生気は無く、白濁した瞳が反れることなく俺を見つめていた。
「何するんですかっ!?」
俺はそれを間一髪で避けると男性を落ち着かせるため背中から羽交い締めにした。
「落ち着いてください! 落ち着いて!」
なおも男性は俺の拘束から逃れようと暴れつづける。
手から流れる血液が男性の服を濡らしていく。
「ああああ! 落ち着けって言ってんだろぉっ!!」
いい加減我慢の限界に達した俺は男性の体を思いきり突き飛ばした。
すると思った以上に男性は吹っ飛び、少し離れたビルの壁に激突すると赤い花火をパッと散らせる。
ピチャッと俺の顔に何かが付着した。
ズルズルと倒れる男性にもう頭部は無かった。
「……」
やべぇ……俺、とうとう人殺しちゃったよ……。




