1話目
1話目
その男の名が広まったのはつい最近の事。とある凶悪犯罪者のニュースがダンジョン都市で大々的に放映されたのが切っ掛けだった。
吉村剛
どこにでもいる様な平凡で凡庸な名前。そのうえイケメンでもなく不細工でもない。服装も職歴も資格も目立ったところはなくまさに普通な人だ。だが、今ではその名を知らない人が少ないほど目立っていた。
なぜなのか?
答えは調べればすぐにわかる。吉村剛はダンジョン都市が設立されてから初のテロリスト認定された宗教団体の教祖だからだ。
目的はただ一つ。
ダンジョン都市の崩壊
「貧困で苦しんでいる女子供を見て見ぬふりをして、道一本挟んだ先で湯水のように金を使っている奴らがのさばっている世は間違っている! 誰もが平等に生活が出来る、そんな世界に戻すため我らは抵抗しなければいけない!」
間違っていることに対抗するのはいつの世だって起きていることだ。たとえ抵抗によって死人が出たとしても正当化された過去だってある。だから吉村剛の発現は今のところ間違えているところはない。
「……我らが行なわなければいけない事、それはダンジョンの破壊だ」
言葉に説得力がある。
話し方が上手いからではない、信念が垣間見えるからだ。
平凡な人間だからこそ一つの価値観に染まらず常に疑問を持ち続け、凡庸だからこそ下を見てきた。自分はあんな風にはなりたくない。そんな恐怖はある時から、疑問へと変わり、おかしい事に気付いた。
だからこそ、人が付いてきた。
「先の殺人事件の事は皆も知っていると思う。乱雑な政治について行けず、心と体を壊した男の事件を。今ここにいる中には、その男の事を知っている人もいるのではないのだろうか」
悲惨だった。そう同情する人はこの中にはいない。
殺されたのは金を持っている警備員と冒険者たちだ。毎日満足した食事がとれないのはそいつらのせいで、死んだのであれば喜ぶ心の方が大きいだろう。
「実は私も一度会った事が有るんだ。その男……彼はクソのような政策によってここへ来た、人身売買の被害者だった」
吉村の言葉は衝撃だったのだろう。息をのむ音が聞こえた。
「会う時は緊張した。洗脳された様な状態になっているのかも知れないとすら考えた。だが……驚いてほしい、彼は清らかで正しい人だった。誘拐のように連れてこられたにもかかわらず、迷惑はかけまいと仕事に精を出して、時には子供たちにご飯まで与えていた。その後2日間何も食べれない事を知っていながらだ」
殺人を犯した人とはまるで別人のよう。
「そんな彼に私は質問したんだ。なぜそんな事をするのか?と。その時は自己犠牲もいとわない姿に圧倒されていたんだ。まるで聖人のようだと。そしたら彼は何て言ったと思う?「辛いと思う人が少しでもいなくなればいい」それを聞いたとき私は思わず膝をついたさ!」
まるで聖人、ではない。まさに聖人だった。
「その時だった。私がダンジョン都市を変えるべきだと確信したのは!」
吉村はそこで一息つく。しかし話を終わらせる気はまるで無いようで2拍子も経たず直ぐに続けた。
「そんな彼は今どうしているか皆も知っているはずだ。殺人を起こしダンジョンに籠っている。……聖人である彼は、なぜそんな事をしたのか! 絶望したのだろう。このダンジョン都市に。格差広がる今の世の中に。
だが彼は諦めなかった! 世の中を正すため彼はたった一人で……たった1人で!行動したのだ!
結果はどうだ! 現在はダンジョンが封鎖され冒険者すら入れなくなっている! 彼は気持ちだけでなく行動でも聖人だったんだ!!」
たった一人の行動でダンジョン都市は揺らぎ始めた。
吉村たちがどれ程行動しようともびくともしなかったダンジョン都市は転機を迎えているんだ。
「しかし……先ほど情報が入った。彼はダンジョン保安庁に拘束されてしまっている。捕まったのは4階層のボス部屋だそうだ。
ここまで言ったら分かるな。彼を救出するぞ」
延べ10万人もの信徒達は立ち上がった。
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