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英雄《しゅやく》になれない槍使い  作者: 笹木さくま(夏希のたね)
第6章・戦士の休日、不穏の前奏
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第35話 感謝

 前橋の駅前まで出てきたが、昼飯にはまだ早い時間のため、一同が向かったのは映画館。


「どれでも好きな物を見てくれ」


 ここも奢ると、宗次は万札の詰まった財布を掲げる。

 まだエース隊員としての給料は支払われていないが、実家の畑を手伝った小遣いや、今までのお年玉等がほぼ手付かずで残っていたので、懐には余裕が有るのだ。

 陽向は少し申し訳なさそうにしつつも、好意に甘えてポスターを見上げる。


「そうね、アクション映画が好きなんだけど……」


 ざっと見回しても、面白そうな物がやっていない。

 どれも二、三年に作られた、しかも低予算の映画ばかりである。

 ただ、これは群馬が田舎だからとか、そんな事は断じてない。

 単純に新作映画がほとんどの国で作られていないのだ。

 金銭的な面と、そして不謹慎だという世論的な意味で、人々の心に余裕が無いために。

 CEという謎の敵に襲われるという、それこそ映画のような現実のせいで。


「いっそリバイバル上映でも見ますか~?」


 心々杏が指さしたのは、CE襲来前に制作された大作映画のポスター。


「これ、前にテレビでやってたやん」

「僕もお父さんと一緒に動画配信で見ました」

「ちぇ~、じゃあ別のかな~」


 いっそ、CE襲来時にも休まず放映され続けた、日曜朝の戦う女の子やバイク乗りの映画でも見るべきか。

 そんなふうに一同が悩んでいると、神奈が急に大声を上げた。


「こ、これにしましょう……っ!」


 興奮した面持ちで指さしたのは、真黒な背景に赤い血の文字が書かれた、見るからに恐ろし気なポスター。


「神奈、ホラー好きだったの?」

「い、いえ、けどこの映画、愛川君って、凄く格好良いアイドルが出演してて……」

「なんだ、ちゃんと現実の男子に興味有ったんだ」


 意外とミーハーな友人の趣味に、陽向はむしろ安堵する。

 だが、腐女子とはそんな生易しい生物ではない。


「あ、愛川君、同じグループの稲穂君と、凄く仲良くて、ライブでもいっつも、肩を組んだり、き、キスまで、ぐへへへっ……!」

「生ものにまで手を出すとか、神奈ちゃんは手遅れですね~」


 腐ってやがる、遅すぎたんだ――と、宗次以外の皆は心の中でドン引きする。

 ただ一人、田舎生まれでネットにも染まっておらず、BLを知らない槍使いだけは、素直に腐女子の願いを聞き入れるのだった。


「そうか、じゃあこれを見よう」

「は、はい……っ!」

「ちょっ、本気で見るのっ!?」


 チケットを買いに歩き出す宗次と神奈を、陽向は慌てて呼び止めようとする。

 しかし、その耳元でゴスロリの策士が囁いた。


「ホラー映画なら、叫んで隣の人に抱き着けますね~?」

「――っ!?」

「どうかしたか?」

「い、いや、何でもないわ、神奈の見たいやつにしましょう!」


 振り返った宗次に、陽向は真っ赤になって頭を振る。


「そうか、映助達もいいか?」

「望むところや!」

「ホラーは苦手なんですけど、皆が見るなら……」


 女子に抱き着かれるのを想像し、鼻の下を伸ばす映助と、皆に気を使った一樹も頷く。

 こうして、彼らは揃ってホラー映画のチケットを買った。

 ホールの中はがら空きで、貸し切り状態で上映が始まる。そして――


『ぐぼあぁぁぁ―――っ!』

「きゃあぁぁぁ―――っ!」


 飛び出す大迫力の3D画面で、血まみれの怨霊が目の前に迫ってきて、悲鳴を上げて宗次の右腕に抱き着く。


「もうやだ、やだよぉ……」


 可愛らしく涙目になってすがり付いたのは、当然ながら陽向――ではなく一樹。


「作り物なんだから、そんなに怖がる事ないだろ」

「怖い物は怖いんですよ……っ!」


 プルプル震える一樹の頭を、宗次は子供をあやすように撫でる。

 対して、彼の左側に座った陽向はというと――


「次、次こそは、ガバッと、頑張れ私……っ!」


 抱き着くタイミングを計っては、結局恥ずかしくなって固まり、尽く失敗していた。


「うわ~、マジヘタレです~。前は握手と頭突きまでしたくせに、どんだけ退化してるんですか~」

「あ、愛川君も良いけど、こっちも、ぶふぅ……っ!」


 心々杏は呑気にポップコーンを頬張りながら、親友の情けなさに呆れ、神奈はスクリーンと宗次達を見ては、慌ただしく鼻血を拭っている。

 そして、一樹の横に座った映助はというと――


「あかん、マジあかんってこれ! 兄弟、頼むからワテも手を握って!」


 本気で映画を怖がって、一樹に抱き着く余裕もなく、宗次に助けを求めていた。

 そうして二時間の上映が終わり、一同はホールから出てくる。


「ぐすっ、怖かったよ……」

「あかん、ワテもう一人でトイレ行かれへん……」


 純粋にホラー映画を怖がったのは一樹と映助の二人。


「映画館に来たのは初めてだが、凄い迫力だったな」

「宗次ちゃん、3Dの幽霊に正拳突きはもうしちゃ駄目ですよ~」

「あ、愛川君の怯え顔、超萌えでした……」


 宗次、心々杏、神奈の三人も、とりあえず映画自体は楽しみ。


「いいわよ、どうせ私はヘタレの負け犬よ……」


 陽向だけは敗北に打ちひしがれ、どんよりと影を背負っていた。


「そろそろ昼飯にしようか」


 落ち込む陽向にどう声をかけて良いか分からず、宗次は話題を変える。


「それなら僕、行ってみたいカフェがあるんですけど、いいですか?」

「あぁ、前に言っていたな」


 オズオズと申し出た一樹に、宗次は思い出した顔で頷き返す。

 初めての実戦の時、彼は確かにそんな事を口にしていた。


「そういや、焼肉の件はどないなったん?」

「私は忘れてないですよ~」

「きょ、京子先生達は、忘れて欲しそうでしたけど……」


 そんな事を話しつつ、お目当てのカフェがある駅前に移動する。しかし――


「えっ、閉まってる?」


 昼間だというのに、店の入口はシャッターで締め切られていた。

 そこには一枚の紙が貼られ、無常にもこう書かれていた。

『閉店のお知らせ』と。

 ほん二日前に、突如閉店する事が決まったと、今までのお礼やお詫びと共に。


「何で急に……」


 言いながら、一樹だけでなく全員が理由を察した。

 ピラーの出現とCEの襲撃、それで命の危機に怯えて避難したのだ。

 よく見回せば、他にもいくつかの店がシャッターを下ろしている。


「そっか、普通は逃げるわよね……」


 今まで軽井沢方面からしか現れず、エース隊員や自衛隊の手で食い止められ、安全だったはずの前橋市も、もはやいつ戦火に見舞われるか分からない、危険地帯と化したのだ。

 今残っている人達とて、仕事や金銭の問題があるから、容易に離れられないだけであろう。

 誰だって出来る事なら、ピラーから遠く離れた地に逃げたいと思っているのだ。


「戦争中、なんだよね……」


 忘れた訳ではない、だが認識不足だった、戦争という現実と改めて直面して、皆一様に暗い面持ちで口を閉ざす。

 そんな重い空気を変えたのは、戦場以外では鈍感で天然な槍使いであった。


「ラーメン屋、美味しそうだな」


 シャッターが下りていない一軒の店を見つけると、そこに向かって歩き出す。


「カフェはまた今度奢るから、今日はあそこでいいか?」

「えっ、うん、私はいいけど」

「女子をラーメン屋にエスコートとか、宗次ちゃんは本当にダメダメですね~」


 戸惑う陽向を余所に、心々杏は愚痴りながらも彼の後に続く。


「じゃあ、また別のお店を探しておきますね」

「え~、ワテは中華そばが食いたいわ~」

「そ、それラーメンと同じ物じゃ……」


 他の皆も努めて明るく振舞い、ラーメン屋の暖簾をくぐる。

 店内はガラガラに空いており、客は二人しか居なかったが、いかにも頑固親父っぽい店長は気にした様子もなく、威勢のよい声で出迎えてくれた。


「らっしゃい、お好きな席にどうぞ」


 その招きに応じ、宗次はテーブル席に座ると、メニューも開かずに注文した。


「カレーライス一つ」

「何でやねんっ!」


 ラーメン頼めや――という映助の裏拳ツッコミは、相変わらず片手で止められてしまったが。

 その漫才に、頑固店長も思わず破顔した。


「悪いな兄ちゃん、うちはカレーライスやってないんだよ」

「そうですか」

「せやろ、ラーメン屋に来たらちゃんとラーメンを――」

「カレーそばでいいかい?」

「はい」

「何でやねんっ!」


 いっそライスを出せや――というツッコミは無視して、店長は調理に取り掛かった。


「何やこの店、大丈夫なんか?」

「味は保証しますよ」


 失礼にも疑っていると、店長の娘らしき大学生くらいのお姉さんが、熱々のおしぼりを差し出してきた。

 その大人っぽい笑みに、映助の顔は一瞬で真剣なものに変わる。


「お姉さん、ワテと結婚を前提にメル友になってください」

「ごめんね、ケータイ持ってないから」

「ぐはっ……!」


 あからさま嘘で断られ、映助は吐血して倒れ込む。

 そんなアホは放っておいて、皆それぞれ注文を始めた。


「私は塩ラーメン一つで」

「半チャンセットを味噌で、あと餃子も頼んじゃいますよ~」

「わ、私は醤油……」

「じゃあ、僕も醤油ラーメンでお願いします」


 素早く復活した映助も、豚骨ラーメンにチャーハンを頼み、それぞれの料理が出来上がるのを待つ。

 その間に、先程のお姉さんがウーロン茶の入ったコップを皆に配った。


「はい、これはオマケね」

「いいんですか?」


 水はともかくウーロン茶は、一杯三百円とメニューにも書いてあるのだが。

 訝しむ宗次に、お姉さんは色っぽく微笑んだ。


「貴方達、特高の生徒さんでしょ?」

「分かるんですか?」

「うん、顔つきが違うもの。それに、普通の高校生はこんな時に外出しないわよ」


 小型ピラーも破壊され、一時脅威は去ったとはいえ、いつまたCEが襲ってくるか分からない。

 こんな状況で外出して、のんきにラーメン屋に入ってくるのなんて、特高のエース隊員だけという事だ。


「いつも私達を守ってくれてありがとう、これはささやかなお礼よ」


 そう言って、一人一人の前に丁寧にコップを置いて去っていった。

 宗次はその背中を見送り、ゆっくりと味わってウーロン茶を飲む。


「……何か、いいな」

「えっ、宗次君って年上好きっ!?」

「陽向ちゃん、乙女心も時と場所を選びましょうね~」


 良い空気が台無しだと、焦る親友にツッコム心々杏も、少し嬉しそうだった。


「ちゃんと感謝してくれる人も居るんですね」

「う、うん……」


 一樹と神奈も、嬉しそうに頷き合う。


「なのに、何でワテはモテんのやぁぁぁ―――っ!」


 嘆き悲しむ映助の事は、皆揃って視界の端に追いやっていたが。


「へい、カレーそばおまち!」

「いただきます」


 店長の差し出した器を、宗次はありがたく受け取って箸をつける。

 コシの強い歯ごたえがある蕎麦に、醤油でマイルドな味となったカレーが絡み合う。

 それが生涯でも一番美味く感じられたのは、店長の腕だけが理由ではなかったのだろう。

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