第11話 先輩
対CEに関する授業以外にも、高校生らしく数学や理科などもこなし、ようやく迎えた昼休み。
これから朝昼晩、全ての食事を取る場所となる、学生食堂に向かったD組一同は、ここでも格差を突きつけられたのであった。
「なんでやねんっ!」
今日、何度目とも分からぬ映助の叫びが、広い食堂にこだまする。
一学年約百五十人、全学年合わせて四百五十人近くが一斉に集まる場所であり、椅子や机で場所を取られているため、広さに反して少し狭苦しい。
だが、そんな食堂の一番奥には、高価な絨毯が敷き詰められ、貴族の屋敷にでもありそうな、広々とした高級テーブルが設置されていた。
さらには、午後の紅茶を楽しめるテラスや、マッサージ機能付きのリクライニングチェアなども完備されている。
言うまでもなく、そこは特高におけるヒエラルキーの頂点、A組だけが使える特別エリアであった。
「食ってる物まで高級やし、何やねんっ!」
映助達に配られたのは、ご飯に味噌汁と漬物、コロッケにサラダ、飲み物は牛乳といった、学校の給食としても自衛隊員の昼飯としても普通の代物。
しかしA組の面々が食べているのは、見るからに高そうなフランス料理のフルコース。
未成年なので流石にワインは出ていないが、よく似た高級葡萄ジュースが注がれている。
「いちいち怒るのにも飽きたわ」
「私もです~」
陽向達は騒ぐ気力も無くして、席について食事を始めた。
宗次も友の肩を叩き、座るよう促す。
「他のクラスや先輩達も我慢してる、騒ぐのはよそう」
「うっ、そうやな……」
映助は渋々納得しながら周囲を見回す。
B組とC組、そして二、三年のA組以外の生徒達も、彼らと変わらぬテーブルで、同じ昼飯を食べている。
特別なのはあくまでA組だけなのだ。
「それにしたって胸糞悪いわ、PTAに訴えたろうかっ!」
「無駄だよ、やめておきたまえ」
愚痴る映助の背後から、凛とした声が響いてくる。
振り返れば、そこには俳優のごときイケメンの、しかし胸は確かに膨らんだ女子が立っていた。
「隣の席、いいかな?」
「どうぞ」
女子なら一目で惚れそうな笑みを向けられ、宗次は特に動揺もせず頷き返す。
「えーと、あんた誰や?」
「三年の先山麗華、君達の先輩だよ」
映助のぶしつけな質問にも、イケメン女子こと麗華は笑みを絶やさず答える。
「空知宗次です」
「遠藤映助や。で、先輩が何の用や?」
礼儀にのっとり名乗り返すものの、映助の態度は固いままである。
直感的に彼女が自分(非モテ男子)の敵だと理解したのだろう。
だが、それを察しながらも、麗華は穏やかな対応を崩さなかった。
「君達の話が聞こえてね、先輩として後輩に忠告しておこうと思っただけさ」
「PTAに訴えるってやつか?」
「そう、外に特高の内情を漏らすような真似は慎んだ方がいい」
「何やそれ?」
映助も本気で訴える気など無かったのだが、そんな事を言われると気になってしまう。
「友達や両親に元気だと伝えるくらいは構わないさ。けれど、特高の秘密、特に幻想兵器やA組に関わるような事は、外部に漏らさない方が――いや、漏らせないと思った方がいい」
「それは、監視されているという事ですか?」
「監査や検閲と言った方が近いかな。特高から出す手紙や電子メール、ネットへの書き込みの類は全てチェックされていると思った方がいいよ」
物騒な単語が飛び出し、聞き耳を立てていた一年生の間から、ザワッとざわめきが上がる。
「何や、それ……っ!?」
「いや、普通じゃないのか?」
映助は驚愕するが、それを見た宗次はむしろ首を傾げる。
「軍事機密を守るために、兵士の動向は監視するものだろ?」
「あははっ、君はしっかりと覚悟してきた口か。うん、その通りだね」
ひょっとしてミリタリーオタクかな?――と麗華は上機嫌に笑い、興味深そうに宗次を眺めた。
「彼の言う通り、兵士なら通信をチェックされるなんて当然の義務さ。けれど、特高に入ったばかりの子は、それを分かっていない事が多くてさ」
自分もそうだった、とでも言いたげに麗華は苦笑する。
「ボク達は神話や伝説の武器を手にしてはいるが、あくまで『兵士』にすぎないのさ。好き勝手にふるまえる『英雄』ではない」
「英雄やない……」
そんな当たり前の単語が、一年生達の胸には深く突き刺さった。
自分は英雄ではない、特別ではない、いくらでも替えの効く、その他大勢でしかない。
子供のような幼い全能感に浸ってはいないが、大人ほど自尊心が擦り切れてもいない、高校生という狭間にいる彼らには、当たり前の現実だからこそ受け入れ難かった。
言葉を無くす下級生達に、麗華は同情するように優しく告げる。
「そう、ボク達は英雄に成れない。だって、英雄は一人だけだからね」
チラリと横目で遠くの席を窺う。
最高の美少女達に囲まれ、甲斐甲斐しく料理を口まで運んで貰っている少年。
英雄と呼ばれた少女の、たった一人の弟。
「…………」
誰もが無言だったのは、反論の言葉が見付からなかったからだ。
天を切り裂き、大地を砕く、圧倒的な聖剣の光。
あれこそが、CEに怯える人々を救う王者の輝きだと、心の奥底で理解してしまったから。
しかし、それだけの事であった。
「お話は終わりですか?」
皆が沈み込むなか、宗次は平然とした顔でそう言い返す。
「えっ? まぁ、そうだけど……君は何も思わなかったのかい?」
「何も、とは?」
質問の意味が分からないと、首を傾げる宗次を見て、麗華は初めて笑み以外の表情を浮かべた。
「だから、英雄に成れるのは彼だけで、君はそうじゃないって事にだよ」
少し苛立った声で現実を突きつけられても、宗次に失望や落胆の感情は浮かばない。
むしろ、疑問だけが増していた。
「英雄とはそんなに大事なんですか?」
「えっ……」
「俺は爺ちゃんや、隣の木下さんや、美緒ちゃんのような、身近な人達をCEから守るためにここへ来ました」
世界とか国とかは大きすぎて、宗次にはまだピンとこない。
ただ、幼い頃から顔を知っている人達が、正体も分からない結晶の怪物に襲われて、死ぬよりも辛い目に遭うのは見たくない。
それが、特高に来る事を決めた、ただ一つの理由。
「別に英雄に成りに来たわけではないのですが」
だから、そこにこだわる事が不思議だったのだ。
真っ直ぐな眼差しでそう訴える宗次を、麗華は呆然とした顔で見詰め、そして自嘲するように笑った。
「そうか、そうだね。だからボクは――」
続く言葉を、首を振って打ち消すと、残っていた食事を口に掻き込み、食器を手に立ち上がる。
「悪かったね、ご飯が不味くなってしまうような話をして」
「いえ」
宗次は首を横に振りつつ、少し冷めてきた味噌汁を飲む。
「ただ、一つだけ言わせて下さい」
真面目な顔で立ち上がり、麗華に指を突きつけて告げる。
「トマト、残っています」
食べ物を粗末にするのは見過ごせんと、手付かずの小さな赤い粒を指さして。
「なんでやねんっ!」
反射的に繰り出された映助のツッコミを受けても、宗次は一歩も引かない。
それを見て、麗華はまた驚いて固まってから、今日一番の笑顔を浮かべた。
「すまないね、これだけは苦手なんだ」
素直に謝りながら、女性らしい細い指でプチトマトを掴んだかと思うと、それを宗次の口に優しく放り込む。
「ん……」
「このお詫びは、次に会った時にでもね」
星でも飛びそうなウインクをすると、イケメンの上級生は颯爽と歩き去っていった。
「ワテ、あいつ苦手やわ」
「奇遇ね、私もよ」
顔をしかめる映助に、陽向が珍しく同意する。
その横で、宗次はプチトマトを噛みしめながら思うのであった。
「先輩、何組だ?」
そういえば三年としか言っていなかったと、今更気づいても麗華の姿はもうない。
今度会った時に聞こうと決め、まずは残ったコロッケに箸を伸ばすのであった。




