檻の中
「おや、奇遇ですね。アイアスも捕まってしまいましたか」
何かにぶつかるような衝撃により意識を取り戻す。
視界の先にはドロシーが覗き込むようにこちらを見下ろしていた。
クラクラとする頭を振って周りを見ると、そこは木製の牢獄。
腕には鎖の錠がかけられている。
「大丈夫ですか?」
再度投げかけられた質問に俺は「あぁ」と短く答えると、ドロシーは安堵したようにジャラリと手にかけられた錠をこちらに向けてくる。
「それで、なんだってあなたまで捕まってるんですか? アイアス」
「大方お前と同じ理由だろう。カルト集団の真相を暴こうとして罠に嵌められた、そんなところだ」
「同じですか……ということはやはりあなたも気づいてましたか」
呆れたようにドロシーはため息を漏らすと、俺は当然と肩をすくめると。
「な、何だこれ!? 何だよこれ!!」
背後で倒れていたらしい男が一人起き上がり喚き出す。
「セルゲイ、無事だったのですね」
「ド、ドロシー!? な、何で鎖に繋がれて……というかここは……いや、そんなことよりどうして檻のな……」
「取り敢えず落ち着いてくださいセルゲイさん」
狼狽するセルゲイに、ドロシーは目潰しを放つ。
「っめええええええええ!!!!」
「おい、余計に騒がしくなったぞ」
「別に静かにする必要も無いじゃないですか。ここでパニックを起こされるより、痛みで頭を冷静にさせる方がより効果的でしょう?」
「まさか俺にはやってないよな?」
「さぁ、どうでしょう?」
ぺろりとドロシーは舌を出して笑うと、痛みが引いたのかよろよろとセルゲイが立ち上がる。
「ひ、酷いじゃないかドロシー」
「こんな程度で狼狽えてたら奴らの思う壺ですからね、荒療治ですが私なりの愛の鞭と受け取ってくださいな」
「あ、愛!? そ、そうか。そういうことならいいか」
いいのか。
「それより、貴方はどうしてここに? 仲間と合流して治療を受けていたのではなかったのですか?」
「あ、あぁそうだ! あいつら、俺をはめたんだ!! 仲間がいるって場所に行ったら、仲間じゃなくてあの藁人形があって……気がついたらここに」
「私もおおよそそんな感じですね。村を散策してたら広場に例の藁人形が設置してあって......まんまとやられてしまいました」
「ふむ。三人とも似たようなものか。どうやら村ぐるみで嵌められたらしいな」
「一体何のつもりなんだここの連中は。こんな檻に閉じ込めて僕たちをどうするつもりだ?」
「そりゃ、儀式の供物だろうな。今回の事件を引き起こした魔物に俺たちを捧げようって魂胆だろう」
「魔物? 何言ってんだよ? 森の魔物はドロシーが退治したんじゃなかったのか?」
驚くように声を上げるセルゲイに、ドロシーは深刻そうな表情を作る。
どうやら、ドロシーも同じ考えのようで、俺はドロシーの代わりに状況を説明する。
「森にいた怪物は魔物じゃなかった……ただの神霊だ。この村の呪いとは無関係……むしろ儀式を阻止していた立場だったんだろう」
「どう言うことだよ?」
「あのでかい手の化け物と対峙した時、奴は確かに時間を操った。だからお前を森で迷わせたのは、あの森の怪物の仕業で間違いない。だが奴がやったのはそれだけだ。マレリアを木に変えたのは別の魔物だ」
「そんな馬鹿な!? あんな化け物の他に、もう一匹化け物がいるなんて、そんな突拍子もない話信じられる訳……」
「理由は二つあります。まず、一つ目は森で迷わされた貴方が解放されたことです」
「解放された?」
「ええ、貴方は1ヶ月森を彷徨ったと言いましたが、あの怪物は寿命300年はあるだろう木々を一瞬で枯らせ腐らせるだけの力がある神霊です。たった1ヶ月で解放されているのは理由が分かりません。何かきっかけがあったはず」
「きっかけって……あっ……マレリアが、木にされた?」
「えぇ。恐らくあの時、森の神霊は呪いを纏ったあなた方を不純物と認定した。 だからこそ、時間の流れを隔絶することで森への影響が出ないように隔離したのです。そしてマレリアが木に変わった瞬間に呪いは完成して消えたので、神霊は貴方を解放したのでしょう」
時間の流れが著しく違うもの同士は干渉が出来ない。
それ故に時間の牢獄にセルゲイ達を閉じ込め、呪いが無害化したから解放をしたと言うことか。
「で、でも何で!? いつマレリアが呪いをかけられたんだよ!?」
「そこです。木になったのが貴方であったら惑わされることは無かったのですが」
「どういう……」
「はじめに呪いをかけられたのは貴方なんですよセルゲイ。心当たりはあるはずです。藁人形の小屋で、迂闊な行動をとったあの時です」
「!!!! そん……」
セルゲイの顔が青く染まる。
「おそらく、マレリアは貴方と森を彷徨う中で気がついたのでしょう。森に閉じ込められている原因があなたであること、そしてこのままでは貴方が木に姿を変えてしまうということを。だから彼女は、貴方の呪いを引き受けたのです」
呪い移し、という魔法がある。
呪いというものは粘着製が強く、強力な術者の放った呪いを打ち消すことは容易ではない。
だが、その呪いを別なものに移し替えるのは比較的容易である。同等の犠牲が必要ではあるため用いられることは少ないが、マレリアは自分を犠牲にしてセルゲイを守ったのだ。
「そんな、何で……」
「貴方は本当、目先のものに気を取られると周りが見えなくなりますねセルゲイ。そういうところが嫌いなんですよ」
「きら!!!??」
落ち込むように肩を落とすセルゲイだったが、無視をしてドロシーは淡々と話を続ける。
「それともう一つの理由ですが、こちらはシンプルです。あの精霊の放った呪いに僅かではありますが魔法の痕跡が残った事です」
そう、森での戦いの際、神霊が呪いの槍を放った瞬間わずかではあるが大気中のマナが乱れた。
始めはドロシーの炎陣による魔力の乱れかと思ったが、呪いの槍を投げつけられた時に感じた感覚は、冷静に思い返せばドロシーのそれとは違うものだった。
ドロシーの魔法を見るのが3年ぶりだったため気がつくのが遅れてしまったが……。
「ま、待ってくれよドロシー。そしたら、村の人間を木に変えてたやつの正体は一体何なんだよ? 森にまだ魔物が潜んでるって事なのか!?」
「いいえ、答えはもっとシンプルですよセルゲイ。森にあれだけ強大な神霊がいたのです。同じ縄張りに神霊がもう一体なんて潜む余地などありません……つまり」
「つまり?」
「この呪いの発生源はこの村。呪い騒ぎは、村人たちの自作自演、と考えるのが妥当でしょうね」
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