聖剣の魔法使い
怪物の全長は、想像を一回り超える大きさだった。
精霊というのはその格により大きさを変えてくるものだが、目の前のそれは異常とも言える巨大さだ。
ドロシーの魔法で土地から与えられる力を奪われてなおこの巨大さだ。
その力は間違いなく神の領域にいるものだろう。
「よぉ」
声をかけると、怪物は言葉を解すかの様にこちらに振り返った。
巨大な鹿の様な体には首がなく、切り落とされたかの様な首の断面から、2本の人間の腕が伸びている。
手のひらを見ると、そこには眼球の様な物と不揃いな牙の生えた口の様な物が見て取れ、威嚇する様に唸り声を上げた。
「悪いな、姿を見られるのは嫌いだったか? だがお前も散々俺たちのことを覗き見たんだ、お互い様だろ?」
背負った大楯を構えて俺はそう呟く。
言葉が通じているのか、怪物はその言葉に反応する様に前足をあげて俺を踏み潰そうと迫るが。
【ライトニングボルト!】
轟音と共に怪物の横腹に雷が突き刺さり、怪物は木々を薙ぎ倒しながら横倒しとなる。
ドロシーによる無詠唱の最上位の火炎系呪文【稲妻】
本来は高速で相手に電撃をぶつける魔法だが、ドロシーの一撃は本物の稲妻を叩きつける。
相手が生物である以上致命傷は免れないドロシーのお気に入りだ。
「さて、魔王軍の将軍レベルならこれでお陀仏だが……」
奇襲の成功に俺は怪物の出方を伺う。
このまま倒されてくれればありがたいのだが。
『おぉ、おおおおおぉ』
怪物は横倒しになるものの、すぐさま立ち上がりこちらに唸る。
煙を上げている横腹を見るが、傷を負った様子は見受けられ無い。
「無詠唱とは言え、私の稲妻を受けて無傷ですか。タフさだけなら魔王と殴り合いできるんじゃないですか?」
不意打ちを終えたドロシーは、身を隠していた茂みから姿を表すと苦笑いを浮かべながら杖を構える。
「まったく笑えないな。今からそんな怪物と俺たちはやり合うんだぞ?」
「なぁに、なんとかなりますよ。次は本気でぶっ叩きますのでその間護衛をよろしくお願いしまーす」
そういうとドロシーは詠唱により足元に魔法陣を展開する。
ドロシーお手製、魔法の威力を大幅に上昇させる火炎魔法陣 【炎陣】
これなら先ほどの稲妻を遥かに超える火力を相手に放つことが可能だが。
欠点は、一定時間まったくの無防備になる所だ。
「ったく、自信満々のくせに他力本願か。いい性格してるよ本当」
「信頼してるんですよ。最高の相棒をね」
調子の良いことを……そんな言葉が口から溢れる前に、怪物はドロシーに向かい報復を放つ。
『ああああああああ!!!』
絶叫と共に打ち出される呪いが込められた魔弾。
それは圧縮された魔力の槍だった。
「ん? これは……!?」
おそらく触れるだけでも呪詛に爛れる呪いの槍は、矢弾の様に無数に中空へ浮かび上がると、稲妻のお返しとばかりにドロシーに向かい一斉に放たれる。
だが。
「悪いが、飛び道具の類は効かないんだ」
大楯(アイアスの盾)に刻まれた術式により、放たれた槍は盾に触れることすら出来ずに中空で動きを止める。
『!?』
大楯の魔法に驚愕をしたのか、怪物は一瞬動揺する様に身じろぎをする。
「隙を見せたな……」
僅か一瞬。
だが、せっかくそんな明確な隙を晒してくれたのだ。
利用しない手はないだろう。
『ぐ?!』
目に留まったのは、目の前で静止する呪いの槍。
俺の周りの木々が急速に枯れ始め腐敗していることから、触れたものの時間を急速に進行させて腐らせるという類の魔法だろう。
擬似的な不死の俺には効かないが、纏われている呪いは強力そのもの。
掴めば呪いにより腕が爛れるだろうが……安い代償だ。
「お返しだ!!」
黒曜石の様に凝縮された呪いの黒槍。
これだけの呪いならば術者とて食らえばひとたまりもないそんな呪いの塊を────飛んできた倍の速度で怪物へと投げ放つ。
『!?!?』
「さぁどうする?」
一直線に走る槍は先の稲妻とは比べるべくもない破壊力をともない、真っ直ぐに怪物へと走る。
『──ッがああああ!?』
だが、流石に自らの攻撃でやられるほど森の主は愚かではないらしく。
刃が届くより早く呪いの槍を左の手で弾き飛ばす。
呪いのせいか、それとも衝撃のせいか。
左手に埋め込まれた眼球から緑色の血の様なものが流れるが、致命傷には程遠いだろう。
『ぐふ!』
一瞬、勝ち誇った様な笑みを巨大な手は浮かべる。
が。
「見えたのは一つだけか?」
『!!────ごあっ!?』
槍に続けて投擲した大楯。
槍の迎撃に全神経を集中させていたのか、もう一度横腹を穿った大楯の一投は、再び怪物を転倒させる。
『あああ!? ぐるああああ!!!』
「む?」
稲妻を受けても無傷であった怪物が、自分の爪先ほどの大きさの盾の投擲を受けて悶える様に地面をのたうち回る。
相当苦しそうだ。
『あぎゃああああああ!?』
「その巨体で物理に弱いという事はあるまいし……となると盾の材質か?」
『がっ!? がぁ!?!!』
ようやく怪物は呻き声を上げながらよろよろと立ち上がると。
「!!」
森に魔法をかけたのか、大地から木の根が伸びて大楯を覆い尽くす。
絡みつく太い木の根は、頑丈に大楯を覆い尽くすと、あっという間に盾を地の底へと沈めてしまった。
こいつは、盾をすぐに回収をするのは難しそうだ。
「よほど俺の盾がお気に召さないらしいな。だけど良いのか? 身を守る道具(盾)にばかり気を取られていて」
『ぐるる?』
怪物は、言葉の意味が理解できないという様に首を傾げるが。
「お前に届く刃は、既にできているぞ?」
その表情は一瞬にして青ざめる。
【其れは、始まりを告げる原初の炎。全ての理不尽、不条理を穿つ決別の剣──我が行く道こそ我が運命! ぶった斬れ!!】
解き放たれた魔力がドロシーの手に集中し、巨大な剣を形成する。
それはドロシーに刻まれた呪いであり。
俺の盾と対をなす、原初の炎により生み出された究極魔法。
────その剣の名は。
【デュランダル!!】
圧倒的な熱量、圧倒的な破壊が森を包み込む。
その一閃はまるで太陽が森に落ちたかのようで、剣が振るわれた一瞬、森から夜が消え失せる。
それはまるで神話の再現であり、故に彼女の魔法は聖剣と称えられる。
いかなる不条理も理不尽も焼き払い、夜を昼にすら変える絶世の剣。
この世でただ一振り、ドロシーにのみ許された原初の魔法。
それが太陽の聖剣、デュランダルだ。
『ガッ!? ヒュッ……』
抵抗も、声を上げることも許されない。
呪いの塊は原初の炎によりその体を焼き尽くされ、やがて首から生えた腕だけが地面に転がる。
何が起こったのか理解できていないという表情で事切れた怪物の首。
振り返るとそこには得意げに、ない胸を張る魔法使いが一人。
「ふふん。だから言ったでしょ? 返り討ちが一番手っ取り早いって」
「……全く、こいつのどこが賢者なんだか」
そんな相棒にため息を漏らしながら、俺は地面に転がった魔物の首を拾い上げるのであった。
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