パーティー崩壊
「いい加減にしろよ⁉︎ そんなのあり得るわけないだろ?」
「だから、見間違いじゃないわよ⁉︎」
小屋の外に出ると、今度は女性の悲鳴のような声が響き渡る。
見ると、ディオゲネスを繋いでいた木の近くで、セルゲイの仲間達が揉めているようすだ。
「何の騒ぎですか?」
「あ、ドロシーさんと……銅等級さん。じゃあこの犬はお二人の犬だったんですね」
ドロシーが声をかけると、三人は言い争いを止め、鎧姿の男がバツが悪そうにそうこちらに言葉を返してくる……ドロシーが挨拶をした一回しか名前は聞いてないが、たしかグレッグと言ったか?
「えぇ、村人から少々借り受けた道案内です……それよりもどうしたんですか三人とも、こんな場所で大声で言い争いなど。ここは呪いを放つ魔物がいる森です……あまり大きな声で居場所を晒すのは得策ではありませんよ?」
「あ、すみません……だけど、こいつが変なことを言い出したもんでつい」
ドロシーの質問に、エルフには珍しい巨漢の重戦士──確かグレッグといったか──は呆れたようにため息を漏らしながらドロシーにそういうと、言い争いの相手であったレンジャーの少女が狼狽してまた声を荒げた。
「だから本当に見たのよ⁉︎ 嘘でも見間違いでもない、何で信じてくれないの⁉︎」
「お、落ち着いてくださいリタさん……いったい何を見たんですか?」
混乱している様子のリタを落ち着けるようにドロシーは声をかけると、リタは怯えるように震えながらドロシーにポツポツと自分が見たものを語り始める。
「手……大きな手を……森の中で見たの」
「手?」
「私、森で鹿を見つけたの……しばらくは森で生活するから、食料とし鹿を狩ろうと思って弓を構えたわ。そしたら、木の間から大きな手が出てきて……鹿を木の影まで引き摺り込んだの。あっというまだったけど確かに見たのよ。この森、本当にヤバいやつがいるの!? 早く逃げ出さないと、あんなのに勝てる訳ない!」
「……大きな手、ですか。アイアス、何かわかりますか?」
「流石にそれだけではな……」
「そうですか……」
残念そうにドロシーはそう呟くと、グレッグは唇を尖らせて肩をすくめる。
「ドロシーさん、そんなまともに取り合う必要ないですよ。こいつ、昔からそそっかしいところがあって……今回もただの見間違いですって」
「だから、見間違いじゃ──⁉︎」
「リタが騒ぐから見に行った……だけど、魔物の痕跡なかった」
グレッグに反論をしようとするリタに、今度は少し離れた所に立っていたローブ姿の少女が呆れたようにポツリと呟く。
「マレリア……だけど、だけど鹿がいた痕跡は間違いなくあったじゃない⁉︎」
「時間が経って真っ黒に固まった血痕だけどな、しかもちょっとだけだ。こんな数分で血はあんなふうに固まらない……お前だってわかってるだろ? このあたりに鹿はいなかったんだ」
「うぅ……ううぅぅ」
二人から糾弾され、リタは言い返せずに押し黙ってしまう。
険悪な雰囲気だ。
「三人とも落ち着いてくださ……」
ドロシーが諌めようと試みるが、マレリアは止まらずにリタに言葉をぶつける。
「どうせまたセルゲイの気を引きたいだけ……そうすれば構ってもらえるから」
「そんな……私、そんなつもりじゃ」
「かわい子ぶって、そうやって泣きまねをすれば誰かが助けてくれると思ってる……あなたは見間違いだって認めたくないだけ……だから怪談話で誤魔化そうとしてる。正直迷惑」
「ちが……そんなんじゃ」
「お、おいマレリア……流石に言い過ぎじゃ」
「事実を言っただけ」
ギスギスとした空気に押され、ドロシーも困ったように俺の顔を見る。
俺たちがいることすら忘れているのか、ドロシーが止めようと声をかけても全く意に解さないと言った所だ。
しばらく一方的なマレリアからの暴言がリタを襲い続け。
やがて。
「もういい……私だけで帰る」
言葉の暴力に耐えかねたのか、リタはそう呟いて森の出口に向かって一人歩き始める。
「お、おいリタ……流石に帰るのはちょっと……」
「この森なんか変だし、みんな今日ちょっとおかしいし……帰る」
「おいおい……マレリアも謝れって、流石に言い過ぎだったぞ」
「私は間違ったことは言ってない……帰るなら帰ればいい」
「!!っ、そう。だったらもういい、みんな死んじゃえ!」
「お、おい待てって」
走り出すリタをグレッグは慌てて追いかける。
取り残されたマレリアはと言うと、ため息を吐いて髪をかき上げる。
「……酷いこと言いますね。同じ仲間だと言うのに」
静かになった森の中で、ドロシーは諌めるようにマレリアにそう呟く。
しかし、マレリアはため息をついて今度はドロシーを睨みつけた。
「……私たちは仲良しごっこしてるわけじゃない。雑な仕事は命に関わる、だから注意しただけ」
「そうですか? 私には恋敵を滅多撃ちにしているようにしか見えませんでしたが?」
「……貴方、性格悪い」
「ええ、よく言われます」
肩をすくめるドロシーをマレリアは苛立たしげに睨みつける。
「……この際だから言っておく。セルゲイに近づく悪い虫は許さない……媚びへつらうようなその能天気な表情も喋り方も、初めて会った時から気に食わなかった……二度と私たちの前に現れないで」
「出来れば私もそうしたいんですけどねぇ。あなたも恋人を気取るなら、あの男の手綱ぐらい握っておいてくださいよ」
「この【自主規制】が」
敵意を剥き出しにするマレリアに、ドロシーは面倒くさげにため息をつく。
こんな場所でこんな争いしてる場合じゃないでしょとドロシーは伝えたいようだが、嫉妬に狂うマレリアには全く届いていない。
こうなるとどれだけ卓越したドロシーの言葉でも届くことはないだろう。
正直蚊帳の外な俺であったが、側から見てかこちらには何の役もない諍いだ。
変な恨みを買ってジェルマンの時の二の舞にならないよう、さっさとドロシーを連れてこの場を離れても良かったのだが。
「ひっひああああああああ!!!!」
しかしこの案は、小屋の中から響いたセルゲイの悲鳴によってかき消されたのであった。
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