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謎の小屋

「わふ! わふ!!!」


 黒の森を颯爽と歩く犬に案内をされながら、俺とドロシーはエルナムが呪いを受けた場所、彼の仕事場へと向かう。


「この無警戒な足取り、猟犬ではなさそうだな」


「愛玩用でしょうね。それもかなり能天気な部類です。【動物会話】で話しかけた時の第一声が「散歩ですか?」でしたからね。この道案内も、散歩程度の認識しかないでしょう──ちなみに、名前はディオゲネス。エルフの言葉で樽の中の賢人だそうです」


「賢人ねぇ。こうして散歩さえできれば初対面でも受け入れる姿を見ると、名前負けもいいとこだな……」



 あの正気の失い具合もあいまり、エルナムを多少気の毒に思いながら俺は呑気に森を歩くディオゲネスと共に、黒の森へと足を踏み入れていく。



 黒の森は、ほとんど手のつけられていないような深い針葉樹林だった。


 陽の光すら届かぬ植物の支配する世界はまさに幽玄という言葉がふさわしく、立ち込める霧に惑わされないように慎重に気を払いながら歩かなければ、慣れていない人間はあっという間に取り込まれてしまうだろう。


 と。


「アイアス!」


 不意に俺はドロシーに声をかけられ振り返る。


「どうした?」


「いえ、向こうに小屋が見えたのですが。中に人影が見えた様な気がして」


「何?」


 ドロシーが指差す方向を見ると、確かに森の中に山小屋の様なものが見える。


 ボロボロではあるが、それなりに大きな二階建ての山小屋。


 見ると二階の木製の窓が壊れて中が見える様になっており、そこには人影らしきものがゆらゆらと揺れている。


「村の人でしょうか?」


「もしくは罠か……村人から何か話は聞いてないのか?」


「いいえ全く」


「得体が知れんな……」


「……どうします?」


 ドロシーの問いに俺は一つため息を漏らすと。


「いずれにせよ行くしかないだろ」


 進路を変えて、炭焼き小屋へと向かうことにする。


「うー?」


 突然の進路変更にディオゲネスは少しだけ不思議そうに首を捻るが。


「ちょっと寄り道していきましょうディオゲネス。お散歩のコース変更です」


「わふ!」


 ドロシーの説明に嬉しそうに尻尾を振った。

 □


 小屋はしばらく使われていないのか、屋根も周りも杉っ葉や松ぼっくりだらけであり、建物の壁は朽ちてボロボロになっている。


「これは、ずいぶん古い建物ですね?」


「状態から見て呪い騒ぎのずっと前から放置されてるって感じだな」


 建物の壁に触れると、まるでビスケットの様にパラパラと崩れ落ちる。


 試しに人影が見えた窓を見上げてみるが、それらしきものは見あたらない。


 見れば見るほど胡散臭い建物だ。


「この家、アイアスの巨体で崩れなければ良いですけど」


「なら、お前が一人で捜索するか?」


「ふふふ、もちろんお断りします♪」


 俺の冗談にドロシーは服の裾をがっしりと掴むと、引きずる様に古屋の扉を開けて中へと侵入する。



 中は異様な作りの小屋だった。



 門をくぐるとそこからはまっすぐに伸びる通路になっており、道中には扉が、突き当たりには上階へと続く階段が見える。


「これ見よがしに怪しい建物ですが」


「確かに怪しいが……なんの気配もないな」


 俺はそう言って、扉の一つを開けてみるが。


 パラパラと木屑がこぼれ落ちるのみですんなりと扉は部屋を晒す。


「ふむ」


 足の折れた椅子に、虫食いだらけのテーブル。


 それ以外に特筆すべきところが無い普通の廃墟だ。


 念のため他の部屋も覗いてみるが……どの部屋もやはり同じ。


 何も無い部屋が六つあるだけ。


「上を見てみましょう、アイアス」


「ああ」


 ドロシーの提案に従い、俺は上階へと続く階段を登る。


 ミシミシと悲鳴をあげはしたが、崩れることなく無事に上階へとたどり着く。


「2階は……もっとトンチキ構造ですねー」


 呆れた様にドロシーは呟くが無理はない。


 2階に到着をすると登り切った先は扉になっており、開くと少し短い廊下の先にまた扉がある、と言う不思議な構造だった。


 欠陥住宅といえばそれまでだが、この通路はあからさまに異質だ。


「ふむ、不自然な空間だが、何か儀式的な意味合いがあるのかもな」


「常世と異界を門によって区画していると? 東洋のトリイという文化に似ていますね」


「あくまで憶測だが……いずれにせよ、この扉を開ければ分かることだ」


 そう言って俺は扉に近づき扉を軽く押してみる。



「……なんだ、こりゃ」


 神域はあっさりとその門戸を開き、異界をあらわにする。


 そこにいたのは、無数のカカシだった。


 いや案山子と言うよりも藁人形と言った方がいいだろうか?


 ともかく、部屋の中を埋め尽くしていたのは人間と同じ大きさの藁の人形であり。


 その全てが、祈りを捧げる様なポーズで所狭しと配列をされている。


 腐食し首がもがれたものから比較的新しく見えるものまで、定期的に人形が追加されているのは明らかだ。


「アイアス見てください」



 ドロシーに促され人形たちが祈りを捧げる先をみると、そこには異形の形をした巨大な藁人形が鎮座しており、異質な存在感を放っていた。


 花と、赤い何かで彩られた巨大な藁人形は他の人形よりも絢爛な装飾を施されており、サイズも部屋の天井を覆い尽くすほどの巨大さだった。


「おそらく信仰の対象だろうな……」


 胸にポッカリと穴の空いた藁人形。


 これがなんだかは分からないが、少なくともこの森には、 この巨大な何かを崇拝する奴がいると言うことだ。


 窓を見ると木につながれたディオゲネスが落ち葉に顔を突っ込みながら眠っている姿が見える。


 誰かが逃げ出した気配も、サイクの痕跡も見受けられない。




 窓から見えた人影はこの人形たちだったのだろうか?


 何かが動いている様に見えたのだが……どうやら気のせいだった様だ。


「ちなみにアイアス。藁人形の巨人を崇拝する宗教に心当たりは?」


「ないな。そう言うドロシーこそ、巨大な藁人形を使った魔術に心当たりは?」


「ないこともないですが……こんなでかい藁人形を使う魔法なんて聞いたことありませんね。それに、藁人形のどれをみても魔術的な要素を孕むものがありません。魔法使い風に言うなら、無意味でただ不気味な造形物と言うやつです」


「宗教的創作物(無意味でただ不気味な造形物)ねぇ。本当、魔法使いってやつは宗教を嫌うな」


「魔女狩りはそれだけ凄惨だったと言うことですよ」


 ──私の生まれる前の話ですがね、と付け足してドロシーは嘆息すると、藁人形の巨人を呆れた様な表情で調べ始める。


 と。


「おや?」


 藁人形を漁るドロシーは何かに気づいた様に声を上げる。


「どうした?」


「いえ、藁人形の中にこんなものが」


「お前、よくこんな得体の知れない者の中に手を突っ込めるな」


「竜の宝を欲するなら先ず竜の巣に挑むべし、ですよ。何かを得るならそれなりのリスクは覚悟しなければ、それよりこれを見てください」


 そう言うと、ドロシーは藁人形の中に入っていたものを手渡してくる。


「これは……髪の毛?」


 それは人の髪であった。


 朽ちてボロボロではあるが、長さと丈夫さからして女性の髪で間違いないだろう。


「金色の髪……エルフ族のものか?」


「わかりません……ですが、状況から考えるとそう考えるのが自然ですね」


「ふむ」


 ドロシーに続いて、俺は近くの藁人形の中を見る。


 するとやはり、金色の髪が藁人形の中に埋め込まれている。


「巨大な人形の前で跪く、髪の毛入りの人形ですか……どう見ても生贄ですね」


「生贄だな……仮にこのデカブツが森そのものを表現してるなら、人間を木にする呪いってのも説明が一応つく」


「? と言うと?」


「ある部族に、生贄を焼いて遺灰を森に撒く儀式を行なっているところがある。遺灰に宿った魂を森の一部として捧げることで、森の怒りを鎮めてもらおうと考えたわけだ」


「非論理的な行動ですね」


「まぁな、実際その部族は森が枯れ果てて滅んだ。まぁそれはいいとして、俺が言いたいのは森に人の魂を捧げる方法と考えれば、人を木にする意味はその部族の遺灰と同じだろうよ」


 俺の説明にドロシーは一瞬首を捻るが、すぐにポンと手を打った。


「なるほど、わざわざ灰にして森の一部として撒くより、木に変えて森の一部にしてしまう方がより直接的な生贄の捧げ方になりますね」


「ま、どんな思考回路してたらそんな発想に至るのかは想像できんがな」


 信仰や儀式に意味はない。


 いや、正確には意味をなくしたと言うのが正解か。


 かつて偉大な魔法が、人々に崇められた神秘が、何かしらの理由で力を失い、再現性を失い、ただの祈りへと変貌した結果生まれるのが儀式……魔法使いの真似事である。


 何が起こるのかも、どうやって起こすのかも忘れられた物を、形を真似ることで蘇らせようとする。


 子供のごっこ遊びにも似たその行為はあまりにも拙く、あまりにも危険な行動である。


「理解できたら、奴らの妄想の仲間入りですよアイアス。分からないに越したことはありません」


「それもそうだな……」


「幸い、私の見る限りこの小屋には魔法的な罠が仕掛けられている様子はありません。ただ、この祭壇に施されている儀礼は私の知るものではないものです。我々の知らない【イレギュラー】が発動する可能性はありますので、とりあえずは余計なことはしないでおきましょう」


「お前の藁人形解体は余計なことじゃないのか?」


「…………そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれないですね」


「おい賢者……」

 

 儀式が危険と言われる理由は様々ある。


 婉曲した魔法の解釈が信徒を凶暴化させたり、猟奇犯罪に繋がったり例を上げれば枚挙にいとまが無い。


 だが、真似事である間はまだいい方だ。


 最も恐ろしいのは──何かをきっかけにその技術を完成させてしまった時だ。


「ワン! ワンワン!」


 不意に窓の外からディオゲネスの鳴き声が響く。


 見ると、先ほどまで惰眠を貪っていた筈のディオゲネスが、家に向かって威嚇をする様に吠えており。


 続いて。


 みし、みし。


 と言う階段を登る音が小屋に響く。


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