急襲
「ドロシーっ!!」
「へ?」
それは一瞬の豹変だった。
「うわあああああああああああああああああああ!!!」
絶叫を上げながら、エルナムはドロシーへと飛びかかる。
「ちぃっ!!」
「わわっ?」
慌ててドロシーの首根っこを掴んで引き寄せると、間の抜けたドロシーの声に次いで、鋭い風切り音が響く。
『バキィ────!!』
音を立てて破壊されたのは、近くにあった椅子であり。
エルナムを見ると、薪割り用の手斧が暗闇に鈍く銀色の光を反射させる。
こいつ……躊躇も迷いもなくドロシーのこめかみに斧を振るいやがった。
「うわあああああああ!!!」
断末魔を上げるように、錯乱状態でさらにドロシーへと切り掛かるエルナム。
「落ち着け! おい、落ち着けエルナム!!」
「殺さなきゃ、殺さなきゃ殺さなきゃ!!!」
殺意は十分、凶器の殺傷能力も十二分。
声をかけてもそもそもこちらの声など聞こえていない。
「説得よりも制圧の方が安全そうだな」
俺はナイフをしまい、ドロシーへと迫るエルナムの前に飛び出す。
「アイアス、殺しちゃダメですよ」
忠告をするようなドロシーの言葉に俺は心の中でため息を漏らす。
全く、命を狙われてるっていうのに相変わらず甘い奴だ。
「分かってる、よっ!!」
「っ!?!?」
こちらに向かい、斧を振り上げて迫るエルナム。
しかし、いくら凶器を持っているとはいえ相手はきこり。
魔物に比べたら可愛い物だ。
「悪いが少し痛いぞ」
振り上げられた斧が降ろされるよりも早く、俺はエルナムの懐に飛び込んで斧を持った腕を捻り上げる。
「!? あぐぅ!」
短い悲鳴のような声と共にエルナムは表情を歪め、その手から斧が溢れてカラカラと部屋の中に転がる。
凶器が無くなればあとは危険はない。
腕を握ったままもう片方の手でエルナムの顔を掴み。
────そのまま地面に叩きつける。
『ガシャアアァ───』
派手な音を立ててエルナムの体がゴミだらけの地面に沈む。
ゴミがクッションになったとは言え相当痛いはずだ。
だというのに。
「お前のせいだ! お前のせいだ!! この魔女が! お前が、お前がこの村を、みんなを変えたんだ!! 出てけ!! 出ていけぇ!! この家から出てけ、このクソッタレが! ここは俺の家だ!! 俺たちの村だ!!」
エルナムは痛みなど感じていないように変わらず暴言を吐きながら、ドロシーへとさらに向かっていこうとする。
「落ち着けエルナム……っこの、ったく、一体何だってんだ」
咄嗟にエルナムを押さえつけ、俺は必死に落ち着かせようとするが、狂乱状態になったエルナムは断末魔を上げるような悲鳴をなおもあげ続ける。
「落ち着いて下さいエルナムさん! 私です、分かりませんか?」
「うるさい!! 出ていけ!!」
「わわわっ!?」
狂乱のエルナムに対して、ドロシーは再び小屋の中に入って声をかけるが、暴れ回るエルナムの足がドロシーの前髪をかする。
「ドロシーッ、近づくな!」
どういう事だ、明らかに殺意を剥き出しにするこの反応、ドロシーはこいつの呪いの進行を止めたんじゃなかったのか?
「ッ──あああああああ!! お前のせいだ! お前が、お前さえ来なければこんな事にはならなかった!!」
怒りを露わにしながらドロシーに罵声を浴びせるエルナム、そんなエルナムにドロシーは困惑したように外から叫ぶ。
「エルナムさん! 呪いが振り撒かれたのは私がこの村を訪れる前です! 私はこの呪いの犯人ではありません! それはあなたも知っているでしょう?」
「違う、違う違う違う!! そうじゃない! お前がみんなを変えたんだ!! みんな、みんな殺される!! お前さえ、お前さえいなければ!!」
「エルナムさん……一体どうして」
「うああああああああああああああ!!!!」
「ドロシー!! こいつはもう話せる状態じゃない! 押さえてるから落ち着かせろ、このままじゃ怪我するぞ!」
「っ、分かりました。そのまま押さえててください」
ドロシーは一瞬迷うような表情をしたが、杖を取り出してエルナムへと魔法を掛ける。
【傷つきし戦士にささやかな報酬を。例え気休めの幻としても、ひとときの救いをその魂に……】
「ああああああ……あ、あぁ、うぅ」
魔法がかけられた事により、エルナムは昏倒するように静かに目を閉じる。
「ったく、なんだってんだ」
落ち着いたエルナムを俺はそっと離すと、一部始終を外で見守っていた長老が不安げに部屋を覗いてきた。
「な、何をしたのですか賢者様? まさか、殺したので?」
「眠らせただけですのでご安心を。ただ、ひどく衰弱をしてるので、目が覚めたらどこか落ち着ける場所でこれを飲ませてあげてください」
「これは? 何やら丸薬のようですが」
「お手製の滋養強壮の薬です。心を落ち着かせる効果もあるので、少しはエルナムも落ち着くでしょう」
「よ、良いのですか? 正気ではなかったとはいえ、エルナムはあなたの命を……」
「あはは、この位気にしなくて大丈夫ですよ。呪いは人の心を蝕みますからね、片腕が木になった状態で生活をしていれば、誰かに恨みの一つや二つぶつけたくもなるってもんですよ」
「そう、ですか……感謝します、賢者様」
「まだ感謝されるには早いですよ。それよりも、呪いの手がかりがないかエルナムの部屋を捜索したいので、彼のことを後はお願いしてもいいですか?」
「えぇもちろん。エルナムは私の家でしばらく面倒をみようと思います。この部屋では、休まるものも休まらないでしょうから……今人を呼んできます」
「えぇ、よろしくお願いします」
そういうと、長老はぺこりと頭を下げ、小走りで村へと戻っていった。
そんな様子を見送り、少し離れたタイミングで俺はドロシーに声をかける。
「……大丈夫かドロシー?」
「えぇ、ありがとうございましたアイアス。あなたがいなかったら、うっかり致命傷を貰うとこでしたよ」
「よく言うよ。死なねーくせに」
「ふふふ、それが分かっててあんな必死に助けてくれるんですから、本当アイアスは私のことが大好きですね?」
「わざわざ痛い思いする必要もねーだろってだけだよ。お前だって、目の前でのたうち回る親友なんて見たくないだろ?」
「私としては滅多にみれる物ではないので、アイアスがのたうち回るのは見てみたいですけどね」
「オーケー、地獄に堕ちろ大親友」
「別に構いませんが、多分追い返されますよ?」
軽口を叩くドロシーに「口の減らない奴め」とため息を漏らし、俺は本題に戻る。
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