エルナムの小屋
エルナムの家は黒の森に隣接する川岸に立つ小さな木造の家だった。
多くの村人が人手の不足を補うべく甲斐甲斐しく働くなか、エルナムの家の扉は固く閉じられており、重苦しい空気が流れていた。
家に着くと、長老はため息を一つついてその扉をノックする。
「エルナム、エルナムいるんだろう? 賢者様が来てくださったぞ。顔を出しなさい。エルナム! 聞いているのか? エルナム!!」
「……」
語気を強めたゲラルフの声に、黒の森は驚いたように木霊で返事を返すが、エルナムの家はシンと静まりかえっている。
「エルナムさーん、ドロシーですー。腕の調子はどうですかー?」
続いてドロシーも声をかけてみるが、相変わらず返事はない。
長老は「ほらね?」と言った表情で肩をすくめるが、ドロシーは、ふむ、と頷いて扉にピタリと耳をつける。
と。
「心臓の音は聞こえますね……どうやらただ引きこもってるだけみたいです」
えい、とドロシーは鍵開けの呪文を唱えるが、困ったように肩をすくめる。
「どうした?」
「かんぬきを扉に打ち付けてるみたいですね、魔法じゃ開けられません。アイアス、こじ開けてもらえますか?」
「さらっと物騒なこと言うな、お前」
「良いじゃないですか減るもんじゃないですし。少なくとも扉を燃やすよりはいいと思いますが」
「何でこじ開けるか燃やすかの二択なんだよ……」
「私、悪い魔法使いですので」
べ、と舌を出して先ほどのセリフに当てつけてくるドロシー。
「子供か、お前は」
そんなところで頭使うなら、もっと他の方法いくらでも思いつくだろうに、面倒くさがりめ。
俺はそう悪態をつきながら、家主に一言謝罪を入れる。
「と言うわけだ。悪いがこじ開けさせてもらうぞエルナム。怪我をしたくないなら下がっていろ!」
俺の声に、部屋の奥から「ヒッ」と言う小さな悲鳴と、バタバタと部屋の奥へと移動する音が聞こえてくる。
どうやら安全な場所に移動をしたようで、音が収まるのを待って俺は大盾を顕現させ、扉にフルスイングをかます。
バギィ────という扉とかんぬきが砕ける音が響き、ゆっくりと扉が開く。
「おぉ、一撃ですか。さすが脳筋」
「お前な……はぁ、まぁいい。開いたぞドロシー」
かんぬきの外れた扉を軽く押すと、ギィという音と共に暗い家の中に光が差し込んでいく。
「────っ」
光に押し出されるように家から匂う籠った匂い。
おそらく全く外に出ていないのだろう……最悪の状況を考え、俺はドロシーの視線を遮りながらそっと扉を開く。
と。
散らかり放題な部屋の隅に、体を抱えるようにして震えるエルフの男がいた。
痩せほそり衰弱をしている様子ではあったが、震えてこちらを睨むその目には確かに生気が宿っている。
腕から植物の苗のようなものが生えているので、人違いということもなさそうだ。
「いたぞドロシー、生きてる」
俺はドロシーに振り返りそう告げると、相棒は満足げに頷いて部屋の中に入っていく。
「良かった……どうも、お久しぶりですねエルナムさん。私のこと覚えていますでしょうか?」
「け、賢者さま? ほ、本当に?」
「ええ、あなたの命の恩人です。元気そう、とは言えませんが少なくとも呪いの進行は止まっているようですね。とりあえずは何よりと言ったところでしょうか?」
かたかたと震えるエルナムにドロシーは友人に話しかけるように声をかけると。
「ほ、本当に賢者様だ。ははは、はは、じゃあ…………………………殺さなきゃ」
刹那、エルナムの顔は殺意に染まる。
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