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54 元王子の決断

 シェリルがメイドのリンジーと共に、日中の城下町で姿を消した。


 彼女から菓子の箱を受け取り、もう少し町を見て回りたいという二人を見送った従者は顔面真っ青で、自分のことをひどく責めていた。

 だがエグバートも、話を聞いて帰宅したディーンも彼を一切責めず、ぶるぶる震える彼から一旦事情を聞いた後、安眠効果のある魔法薬入りの茶を飲ませ、眠らせることにした。


 朝になり、自責の念に震える彼が目覚める頃にはシェリルが屋敷に戻っており、全てが解決しているというのが目標であったが、捜査は難航しそうだ――と思っていたとき。


「……は? ジャレッドが?」


 あまりのことに、舅であるディーンに対して雑な物言いをしてしまった。

 だがディーンは意に介した様子はなく、硬い表情で頷いた。


「……あちらの方から、手紙を寄越したそうだ。町中でシェリルとリンジーに声を掛けて攫ったのは、ジャレッド。やつは二人を馬車に乗せ、郊外にある屋敷に連れ込んでいるという」

「屋敷? あいつ、屋敷なんて持っていたのですか……?」


 彼の実家であるキャラハン侯爵家は処分されているので彼の生家も既に他人のものになっているし、それ以降彼が屋敷を構えたということは聞いていなかった。


「俺も知らなかったが、最近やつは城下町の外に建っている安い屋敷を買っていたそうだ。……前の持ち主と個人交渉して買ったものだからか、報告が来ていなかった」

「ではもしや、ジャレッドは最初からシェリルたちを誘拐して監禁するために、屋敷を買っていたのですか……」


 ぐっと拳を固めるエグバートが考えているのは、忠実な部下のこと。


 エグバートが「不良品」扱いされていた頃から、ジャレッドは気さくに接してくれたし、国王や第一王子ではなくエグバートを主君として慕ってくれた。


 革命終了後も、キャラハン侯爵家から解放された彼は自由の身にもなれたのに、あえてディーンの麾下に入って騎士を続けていた。

 そして、「いつだって俺はあなたの味方です」と、弾けるような笑顔で誓ってくれていた。


 端から見れば今回のジャレッドの行いは、エグバートに対する最大の侮辱行為だろう。

 一生の愛情をシェリルに捧げると誓ったエグバートの気持ちを、ジャレッドは知っている。もしエグバートを傷つけようと思ったなら、シェリルを誘拐し――無理矢理襲うなどするのが、手っ取り早い。


 ――だが。


「男爵。私は……ジャレッドを信じています」

「……」

「しかしその『信じる』というのは、彼の全てを許すという意味ではありません。……彼がどんな男であるかは、私がよく知っています。ですから、彼がシェリルを穢すために誘拐したわけではない、と思っています」


 直接的な言葉に、ディーンの眉間がぴくっと動いた。

 いつもどおり落ち着き払っているように見えるディーンだが、彼だって愛娘が怖い思いをしていないか、ジャレッドから暴行を受けていないか――夫以外の男に触れられるようなことになっていないか、心配しているに決まっている。


「もしあいつの目的がシェリルへの暴行なら、これまでにいくらでもチャンスはありました。それに、リンジーを連れていく必要もないし、警備が薄い郊外の屋敷に連れ込む必要も――ましてやこうして、自分の行いをほのめかす手紙を送ることもしないでしょう」

「……あの手紙とやらが、嘘である可能性は?」

「ない……とは言い切れません。しかし、元々小細工が得意で悪知恵の回る彼がこんな率直な手を打つのならば――かえって信用してもいいと思うのです」


 もしジャレッドがエグバートたちを騙そうとしているのなら、こんな手は選ばない。

 もっと巧妙に騙し、言葉を捻り、ミスリードを誘うような形で相手を混乱させる。それが本来の彼のやり方だと、エグバートは知っていた。


 ディーンは殺人的な目でエグバートを見てきたが、エグバートが負けじと見つめ返すと、すっと視線を逸らした。


「……既に女王陛下がシェリルの救出部隊を組まれている。陛下はジャレッドの手紙に半信半疑状態のようだが……俺の方からも口を添え、一刻も早い出発を促してくる」

「……は、はい! あの、私は――」

「ジャレッドは、貴殿が来ることを何よりも望んでいるだろう。……郊外に向けた出発の際に、合流しろ。それまで身仕度を調え、何が起きてもよいように備えているんだ」

「……かしこまりました」


 エグバートが震える息を吐き出してお辞儀をすると、ディーンはぎゅっと眉根を寄せ、エグバートに背を向けた。


「……俺は、王都から離れることができん。だが貴殿はもう騎士ではなく一般市民で――自由に動くことができる。シェリルたちを、頼んだ」


 淡々とした、低い声。

 彼が口にしたシェリル「たち」には、リンジーだけでなく――きっと、ジャレッドも入っているのだろう。


「……はい! シェリルとリンジーを救出し、ジャレッドも……場合によっては一発ほど殴ってから、必ず連れ戻します!」

「……頭蓋骨が陥没しない程度には、手加減をしてやるように」


 ……もしかすると、エグバートに対してディーンが冗談を口にしたのは、これが初めてかもしれない。


 エグバートは微笑むと、使用人たちに指示を出すディーンに背を向けた。

 ジャレッドの目的を考えるのは、今は後回しだ。


「……シェリル、すぐに、迎えに行く――!」


 まずは――最愛の妻を無事に救い出すため、準備をしなければ。

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