32 嫁と婿と姑の会話①
エグバートの仕事が休みの日、ウォルフェンデン家では来客の準備をしていた。
「……エグバート様。もしお加減がよろしくないのでしたら、休んでいてください。私が代わりにしますので」
「そんなことはできない。……気は乗らないが、ここで私が引っ込んでいてもよい印象にはならない」
使用人たちにあれこれ指示を出していたシェリルが問うと、エグバートは渋そうな顔で首を横に振った。きりっと表情を引き締めているが、顔はほんのり青白い。
いつも堂々としている彼がこんな様子なのは、本日の来客が――ミルワード夫人であるからだった。
いつぞや使者が突撃訪問してきたときと違い、今回はきちんと事前にカードが送られてきた。そこには、「ぜひエグバートも一緒に」とあり、それを見たエグバートの表情がさっと陰ったのを、シェリルは見逃さなかった。
だが彼は頑として欠席を受け入れず、「いざとなったら無理矢理仕事を入れられますよ?」とジャレッドに提案されても突っぱねた。
彼が養母のことをあまり快く思っていないのは、彼に近しい者なら誰でも知っている。
だからシェリルも必要以上に夫に心労を掛けまいと色々提案したのだが、全てやんわり断られてしまった。
(変なところで頑固でいらっしゃるんだよね……)
こうなったらてこでも動かないので、シェリルたちの方が折れ、ミルワード夫人を招いての茶会にエグバートも出席することになった。
だが話を聞いたディーンもエグバートを心配し、特別にジャレッドを派遣させている。
もしどうしてもエグバートの調子が悪くなればシェリルが指示を出し、ディーンからの急の用事――嘘だが――を手にしたジャレッドが屋敷に来て、エグバートを回収する、という手はずになっていた。
エグバートは「迷惑は掛けられない」となおも頑固な姿勢だったが、「こういうときくらい甘えてください」とシェリルが軽く叱ると、すぐにしゅんっと大人しくなった。
リンジー曰く、「若旦那様は、お嬢様のお説教に弱いみたいです」とのことだ。どういうことなのだろうか。
シェリルは女主人として、ミルワード夫人を迎える指示を出す必要がある。
茶器、菓子、掃除、家具の調節、庭の草花の手入れ、その他にもジャレッドの待機する場所の確保や連絡係など、普通の茶会では必要ない部分にも手を回しておく。
「……お嬢様、生き生きとなさっていますね」
「……え、そう?」
新しいものと取り替えたテーブルクロスを抱えるリンジーにこそっと言われ、振り返ったシェリルはぺたぺたと自分の頬に触れてみた。
ミルワード夫人を招くというのは、シェリルとしてはあまり気が乗らない。姑の訪問許可を突っぱねることはできないために渋々受け入れただけなので、その準備で生き生きしているとは思っていなかった。
リンジーはふふっと笑うと、少し離れた場所で男性使用人たちと打ち合わせをしているエグバートの方をちらっと見やった。
「このリンジーの目は、確かですよ。……きっと、若旦那様のためだから張り切ってらっしゃるのでしょう」
「……あ。それは、そうかも」
もし今回の茶会にエグバートが参加しなければ、シェリルはもっと生気のない顔で皆に指示を出していただろう。
だが、今回はエグバートが側にいる。
彼は夫人を迎えるつもりみたいだが、シェリル以上に気乗りがしないのは明らかだ。
だから、シェリルがエグバートを守らなければならない。
前に彼と約束した、互いを守りあうということ。
今は、シェリルがエグバートの盾になる場面なのだ。
(……そっか。守りたい人がいるから、私はいつも以上に張り切れる……)
そうしてエグバートの方をじっと見ていたからか、視線を感じたらしい彼が振り返った。
エグバートはぱちくりまばたきした後、ふっと微笑んで小さく手を振ってくる。
彼との距離は、シェリルで十歩、エグバートなら五歩といった程度だ。
だが彼に手を振られ、どきりとしつつシェリルは手を振り返すと――なんだかとても気恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになってくる。
「……甘いですね」
「ええ、甘いです」
ごく近い距離で手を振りあう若旦那夫妻を、リンジーたちは微笑ましく見守っていた。
予定の時間に屋敷のベルが鳴り、従僕が出迎える。
いつぞや突撃訪問してきた中年男性使用人を従えるミルワード夫人を見、おや、とシェリルは内心首を傾げた。
(前にお会いしたときより、だいぶ落ち着いた雰囲気……?)
ミルワード夫人は確かに年齢のわりに若く見えるが、それでも前に彼女の屋敷に訪問したときに着ていたドレスは、「ちょっと年を考えた方が……」と言いたくなるようなデザインだった。
だが今回の彼女は、四十代前半という実年齢にぴったりの濃い紫色で、襟と喉元から控えめに覗くレースや裾に施された大輪の薔薇の刺繍など、渋さもありながら気品に満ちた意匠となっている。正直、こちらの方が彼女によく似合っていた。
ドレスと同じ色の帽子のツバをちょこっと上げ、ミルワード夫人は微笑んだ。
「お邪魔します、エグバート、シェリル様。こうして二人が並ぶ姿を見られて、嬉しく思うわ」
「ようこそいらっしゃいました、ミルワード夫人」
「……お久しぶりです、義母上」
婿入り状態なのでシェリルの方が先に挨拶をし、エグバートもいつもより固い声で言う。
ちらっと横目で見てみたが、エグバートは表情こそ少し強張っているが、今すぐ倒れるとかという心配はないだろう。ジャレッドには、まだ裏庭で待機しつつ茶を飲んでもらっていて大丈夫そうだ。
リビングに通し、エグバートと並んで座る。
体格のいいエグバートの隣にちょんっとシェリルが座る姿を見、ミルワード夫人は可愛らしくくすりと笑った。
「まあ、こうして見ると、シェリル様は本当にお人形さんのようね。可愛いお嫁さんをもらえて、本当によかったわね、エグバート」
「お言葉ですが。私はシェリルを妻にもらったのではなく、シェリルの夫にしてもらった立場です。とはいえ――」
そこでエグバートがシェリルの方を見てくる気配がしたので隣を見ると、エグバートは青の目を細めて微笑んだ。
「……おっしゃるとおり、可愛い花嫁と共に暮らせて、私は幸せです」
「エグバート様……」
「まあ、まあ。シェリル様からお話は伺っていたけれど、本当に幸せそうね」
視線を前に戻すと、ミルワード夫人はにこにこと笑っていた。
(演技……ではなさそう)
元々彼女はシェリルに対して少々失礼な振る舞いをしたことはあるが、明らかに敵視したり心ない言葉をぶつけてきたりはしていない。
二人の結婚を祝福しているというのは、本当なのかもしれない。




