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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
九章

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第85話 斑点病を名に持つ村(2)

 雑談もせず黙々と馬を急がせること、三十分ほど。入口付近にいた村人に到着を伝えると、すぐに恰幅(かっぷく)の良い中年女性が私達を出迎えた。


「フロランスさま、騎士さま方、ようこそおいで下さいました」


「今回は急な連絡で悪かったわね。スタン卿、こちらはこの村の看護師を束ねる長の、ネリーです。ネリー、こちらは視察にいらしたスタン卿よ。丁重におもてなしを」


「かしこまりました。師長のネリーにございます。ご不明点などございますれば、何なりとお申し付け下さいませ」


 ネリーは深くお辞儀をしてから頭を上げると、スタン卿の顔をまっすぐに見て微笑んだ。その頬には広く天然痘のあばたが残されているが、見るものをほっとさせる笑顔の持ち主である。


「ああ……よろしく頼む」


 だがまだ警戒がとけきれていないらしい殿下は、そうぎこちなく答えて口を閉ざした。その表情はまだ固いもので、もう少し時間が必要そうである。私は長期戦を感じながら、ネリーに話しかけた。


「先に伝えていた通り、分隊長級以上の者を召集してもらえるかしら」


「すでに合議場にみな集まっております。どうぞこちらへお越し下さい」


 ネリーの案内で村の中を進みながら、私はスタン卿に村の説明を続けた。


「この村で育成を行っている看護師とは、疫病やその他の傷病者に対応するための専門家のことです。しかしその目的は直接的な治療行為が中心ではなく、傷病者の回復に必要な環境を整えたり、回復への補助を行うための知識を身に付けることを目標としています」


「なるほど」


「また、いずれ起こるであろう紛争や災害を見越しまして、衛生兵という前線で適切な応急処置を行える人材の育成も進めていたところです。今回の訪問は開戦が近いということの周知と、衛生兵部隊の編成を目的としております」


「衛生兵……初めて聞くが、こちらは処置を行うのか?」


「はい。とはいっても治療呪文は扱えませんので、即座に癒して戦場に戻すことはできません。ただ負傷兵として後方に送る前に応急的に処置を施すことによって、生存率を大幅に高める効果が期待されます」


「なるほど……。負傷した一般兵たちは限りある治療呪文の恩恵も受けられぬまま、その多くが苦しみの末にやがて命を落とすと聞く……。君の言うことが本当であれば、画期的なことだ」


 基本的に、看護師の育成は男女問わず希望者に対して行っている。だが適齢の男衆には全員に、本業の合間をぬって衛生兵として必要な訓練を受けてもらっていた。バルデンとの開戦と農民の徴兵を、見越していたからである。


 負傷者にすぐさま応急処置をするとしないとでは、その生存率は大きく変わる。部隊に専属の治療術師を持たないエルゼス兵にとって、衛生部隊はなくてはならない存在なのだ。


「この村……想像以上に大規模だが、人口はどのくらいだ?」


「約三百名ですね。今は療養中の者や働けない年齢の子供が多いため少し補助を出していますが、数年のうちに自活可能になるかと思います」


 やがて合議場に到着すると、私は殿下に問いかけた。


「では私は失礼して今から編成会議に入りますが、スタン卿は会議をご覧になりますか? それとも案内役を付けますので、村内の視察をなさいますか?」


 彼は少しだけ考えた後、ぼそりと答えた。


「……フロランス嬢の側で待たせてもらおう」


「承知しました。では、こちらへどうぞ」



 *****



「長時間お待たせしまして、本当に申し訳ございません!」


 会議の間ずっと部屋の隅で眉間に皺を寄せ腕組みを続けていた殿下の前に立つと、私は深く頭を下げた。彼のあまりの形相に何人かの若手は気が気でなかったようだが、さすがは選ばれしリーダークラス。会議は粛々と完了していた。

 だが問題はこちらの方だ。思いのほかお待たせしてしまって、ご機嫌を損ねてしまったのだろうか?


「いや、気にしないでくれ。興味深く拝見したが、なかなかの手際で驚いた。……君には、驚かされてばかりだな」


 どうやらあの眉間はご機嫌を損ねたからではなく、真剣に聞いていてくれたかららしい。腕組みを解いた顔からは険しさが和らいでいて、私は安堵した。


「それは……お褒めに与り光栄ですわ。では、私はもう一ヶ所視察しようかと考えておりますが……スタン卿はお時間いかがでしょう?」


「同行させてもらおう」



 *****



 村の外れへ向かうと、さらに低い柵で区切られた区画がある。現在進行形で治療中の患者たちが生活している区域を、ゾーニングしているのだ。

 私はその入り口の脇にある小屋で防護服一式を受けとると、担当者の手伝いを受けてさっと着用した。


「なんだ、その格好は」


「これから斑点病の隔離区域へ入ります。これは感染を防ぐための防護服ですわ。スタン卿には既往歴がありますが、衣服に感染源を付着させて持ち出すことを防ぐため、この前掛けをご着用下さい」


 白い頭巾で髪を包み、両手には手袋をしっかりとはめる。そんな私の様子を見て、殿下は悲しそうに顔を歪めた。


「隔離……君もそんな風に忌避するのか? あのとき私には、直接触れてくれたではないか……」


「完治した方に触れても、感染することはありません。ですが今から向かうのは、まだ感染の恐れのある患者の治療を行っている区域です」


 私はまだ揺れている殿下の黄玉(トパーズ)の瞳を見つめると、マスクごしに微笑んだ。


「これは差別ではありません。正しい知識を持って区別してこそ、未知への恐れからくる(いわ)れなき差別を無くすことができるのです。私はまだ死にたくありませんが、こうすれば感染しないのを知っています。だから安心して患者さんに近付くことができるのですわ」


「そうか……理解した」


「では、こちらへどうぞ」


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