第83話 お帰りなさいませ、お兄様(怒)
「お帰りなさいませ、おにい様」
兄の帰城を玄関ホールで待ち構えていた私は、笑顔でそう告げる。だが私のただならぬ雰囲気に気付いたのか、兄は軽く身構えながら応えた。
「あ、ああ、ただいま。どうしたの?」
「セレスタン殿下から伺いました」
「あれ、今日殿下いらしてたんだ」
「開戦が近いということを、どうして教えて下さらなかったのですか!?」
私のものすごい剣幕にたじろぎながら、兄はボソボソと言い訳を口にする。
「そ、それは……確実に戦争になるとも、限らなかったから」
「それでも、知っていれば何かお手伝いできることもあったでしょう!?」
私がこう言った瞬間。兄は表情を曇らせて、だが、はっきりとした口調で答えた。
「……いや、無いよ。今回の件は、エルゼス領内だけの問題ではないんだ。ベルガエ大公殿下やマクレ男爵の手前、女性の君を自由に行動させてあげることはできない」
「それでも……私は教えておいて頂きたかったのです。私なんて、何のお役にも立てないかもしれませんが……」
自分で言ったことがショックで、私は悲しくなってうなだれた。何で私は、こんなにも信用してもらえないんだろう。
「ごめんね、君を悲しませたなら謝るよ。でも、知らせたら無茶をさせるかもしれないと思ったから……本当にごめん」
「いえ……思えばお兄様のご対応は、ごく常識的なものでしたわ」
「フロル……」
「でも次からは、蚊帳の外にだけはしないで下さいませ」
悲しそうな顔をする兄に、私は気を取り直して微笑んで見せた。過ぎたことを長々と引きずっても益のないことだとは、兄から学んだのだ。
「分かった。今後はできるだけ状況を伝えるようにするから、無茶だけはしないようにね」
「……ありがとうございます。では私からおにい様へ、報告です。以前から機会があればご協力頂けるのではとお話していたセレスタン殿下に、マルアリア原虫の標本、および統計資料を御覧頂きました」
「そうか。で、どうだった?」
「まだ半信半疑といったご様子でしたが、今後疫病対策に力を注いで行きたいとお話ししたところ、助力を惜しまないというお言葉を頂けましたわ」
「それは良かった! 王族に足掛かりができたのは、大きな前進だね。ところで……なんで急に殿下とそんな話になったの?」
「えっ、普通にお茶をしていた流れですけど」
「お茶!? なんで!?」
「以前、初心舞踏会でセレスタン殿下にお会いして膏薬をお贈りしたとはお話しましたでしょう? 本日はその追加をご所望でしたの」
「ふーん……そうなんだ。ちょっと、年齢が離れすぎてない?」
「何がですか?」
「いや、何でもない」
そう言って、兄はなぜかちょっぴり不機嫌になった。まったく、先に仲間はずれにされたのは、こっちなんですけど。
私はふくれっ面をしたくなるのを何とか我慢して、報告を続けた。
「ところでおにい様、開戦が近いということですので……明日はヴァリオラ村に参ろうと思います。まだ育成途中でしたが、衛生兵の仕上げを行いますわ」
「ダメだ、と言いたいところだけれど……その様子では無理だろうね。わかった。必ず護衛を連れて、常に狼煙には注意して。バルデンに動きがあれば、すぐに城に帰ってくるんだよ」
「分かりました!」
だからあまり言いたくなかったんだよね……そう背後でぼやく兄の声を聞いて、私は自分の信用がない理由にちょっとだけ反省したのだった。




