表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
九章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/161

第82話 精鋭騎士団が動くワケ

 殿下の話は、新情報の連続だった。


 ガリア王家では、常にゲルマニア魔王国の動きを探っている。基本は魔王国に住む人間の集落に密偵を紛れ込ませているのだが、国交のない状態で現地と情報のやりとりを密に行うのは難しい。そこで有用な存在なのは、したたかで有名なパルシア人の商人達である。


「パルシア人は……魔王国とのやりとりを行っているのですか!?」


「ああ。もちろんおおっぴらにではないが、一部の高位魔族相手に嗜好品を卸しているのだ。我々はその商人達から、情報を買っている」


「なるほど、パルシアが……」


「あまり驚かないのだな」


「パルシア商人といえば、転んでも無料(タダ)では起きないので有名だそうですから。魔族側が受け入れるのであれば、商いに赴かない道理はないでしょう」


「なんだ、良く知っているではないか」


「たまたま、懇意の商人から聞いた話です」


 商業都市パルシアには形式上の領主は存在するが、その実態は商人達による自治領である。日本で例えるなら、堺商人の規模を大きくしたものという感じだろうか。

 自らは法力を持たない彼らだが、その政治力と資金力で永らく周辺諸国からの不可侵を守っている、強国だ。


「そのパルシア商人から、バルデン領で開戦準備らしき動きがあるとの情報が入った。ここのところ魔族を苦しめていた疫病が、落ち着いたからだという」


「疫病……やはり対岸(あちら)の悩みも、瘴気病(マル・アリア)でしょうか?」


「その通り。ルウィン川沿岸部に於ける毎年の瘴気病(マル・アリア)流行と、それとここ数年は国内全域での斑点病(ヴァリオラ)大流行らしいが……驚かないのか? 魔族達が自らも疫病にかかるということに」


「はい」


「フィリウス教の教えでは……疫病は魔族の呪いであるということになっているのは、当然知っているな? なぜ魔族も病にかかると聞いて、そなたは驚かない」


「……わたくしを信用して情報を下さった殿下には、正直にお話し致します。わたくし共は、瘴気病(マル・アリア)発症の原因となる小さな虫の特定に、成功致しました」


「なんだと……虫!?」


「はい」


「それは……本当であれば大事(おおごと)だぞ! もし公表しようものなら教会が黙ってはおるまい」


「もちろんでございます。まだこの事実を正しく理解しているのは、わたくしと兄を含む四名のみです。今は虫の存在は伏せたまま、領内でのみ対策を進めているところでございます」


「そうか……そんな機密を、何故私には話してくれたのだ」


「殿下は、疫病の怖さとその実態をよくご存知であると考えたためです」


 王弟殿下は仮面の上から左目のあたりを撫でると、ぽつりと言った。


「なるほど……その虫とやら、私にも見ることはできるのか?」


「はい。標本がございますので、後程ご案内致しましょう」


「了解した。では、バルデンの動きに話を戻そう」


 パルシア商人から第一報を得た王宮は、自前の密偵達からも急ぎ裏付けを集め、対策を検討した。その結果エルゼスへの駐屯に手を挙げたのが、セレスタン殿下の率いるベルガエ騎士団だったという。


 だが実は、国王側から諸侯の領地へトップダウンで派兵することは、簡単ではない。封建領主であるガリアの諸侯は一度なったら領主の主権がけっこう強く、たとえ王家であっても諸侯側からの要請がなければ軍を送ることはできないのだ。


 ガリアの領主は、例えるなら家族経営のフランチャイズのようなものだ。本部の決定には基本的に従うけれど、その独立性はかなり高い。


 フランチャイズ店舗は最悪看板を別チェーンのものに掛け替えることが可能だし、また本部も、常に収益力のあるフランチャイズを直営店に替えることを狙っているのだ。


 そんなわけで、いつイチャモンつけて乗っ取りにくるかわからない本部の社員達なんて、平時は内部に抱えておきたくはないというのが地方領主たちの本音である。そのため国からの援軍はあくまでも諸侯側からの依頼という形で、派遣されるのだ。


 ちなみに総人口が五万弱と少ないわりに国境の守りに人員を要するエルゼスは、常時は隣領で利害を共有し、そして血縁としても関係の深いロートリンジュから常備軍五百名の駐屯を受け入れている。もしエルゼスが落ちたなら、次に攻め込まれるのはロートリンジュだからだ。


 今回のケースでは、まずセレスタン殿下から情報提供と援軍送付の打診が、内々にエルゼス侯爵である兄に宛てて送られた。それを受け取った兄はロートリンジュ公爵の了承を得た上で、ようやく公式に王家へ援軍を要請するという形をとったらしい。

 端から見ると緊急事態になんて回りくどいことをと思えるが、その辺はどうにもデリケートな問題のようだ。


「とはいえ、魔王国もガリア以外の周辺諸国との紛争を多数抱えているからな。前回の防衛戦と同様に、恐らく国を挙げての決戦ではなくバルデン辺境伯領軍単独での速攻となるだろう。実際、戦準備を進めているのも、現時点ではバルデン領だけだ」


「ということは……まもなく開戦ということですか!?」


「恐らく」


「そんな! なぜっ」


 こんなところでのんびりしてるんですか!

 と言いたいところをぐっと呑み込んで、私は黙りこんだ。相手は王族だ。だが殿下はみなまで言わずとも、察してくれたようである。


「安心したまえ。国境を警戒する兵士の増員も、近隣の村への周知も、物資の手配も、全てはエルゼス侯爵アルベール卿、およびロートリンジュ駐屯軍司令マクレ男爵と検討の上、完了済みだ。とはいえまだ開戦するかは不確実であるから、西隣のロートリンジュ領、および南隣のボルゴーニュ領へは、こちらの合図に警戒せよとだけ伝令を送ってある」


「そう……だったのですね。兄は、それほどの状況であるとは一言も……」


「不確実な情報で、不安にさせたくなかったのだろう。このまま何も起こらない可能性も高いのだ。対策は十分に講じてあるから、令嬢は安心していつも通りの日々を過ごしてくれて良い」


「……はい」


 私の心配は、当たっていた。兄は結局、肝心なことは何も知らせてくれていなかったのだ。


「その……大丈夫か? すまない、こんな話をするべきではなかったな」


 どうやら私は、ひどく思い詰めた顔をしてしまっていたのだろう。殿下の少々的外れな気遣いの言葉に、私は慌てて笑みを作った。


「いいえ、真実を教えて下さり本当にありがとうございました。逆にこれまで知らされていなかったことこそが、わたくしには辛いことなのです。自分の無力を、思い知るのです」


「フロランス嬢……」


「さて、そういえばマルアリア原虫の標本を御覧頂くというお約束でございましたね。少々お時間を下さいませ」


 私はそう努めて明るく言うと、応接室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ