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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
八章

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第75話 フルーツタルトをウルツヤに

「さてフロランス様、次は喫茶室(サロン・ド・テ)の新商品について、お話しさせて頂ければと存じますが……お時間よろしいでしょうか」


「もちろんよ。何か問題でもあったのかしら」


 百貨店の中に開業した喫茶室(サロン・ド・テ)は、大伯母さまの影響力もあって開業初日から大繁盛していた。もちろん商品のクオリティ、そして見込み通りの需要も相まって、多くのリピーターを掴んでいる。


 さらにリピーターを飽きさせないためには、定期的な限定商品の提供が不可欠だ。そこで私は王都に不在の間も、定期的に新商品の提案を行っていたのだが──。


「先日、書状にてご提案頂きました秋の新作『果物のタルト』に関しまして、試作を行ったのですが……味は納得のいく出来となったものの、どうにも見た目が垢抜けない気がします。ご城下にて再現させたものを持参しましたので、ご確認頂けますか?」


「ええ」


 リゼットに合図して、ギィが本日の手土産として持参していたフルーツタルトと紅茶をテーブルに用意してもらう。それを一目見た瞬間、私は首をかしげた。


 以前提案した飾り切りが施されたフルーツをふんだんに乗せたタルトレットは、十分美しく仕上がっているはずだ。だが何か、ミヤコの記憶にあるフルーツタルトとは違うのだ。なんというか……くすんでる感じ?


 だが一口食べると、口いっぱいに美味しい秋の味覚が広がった。わざわざ商品開発担当のパティシエを一人遠い王都からこの城下まで連れてきたというだけあって、タルト生地も間のカスタードクリームも、とてもバランス良く仕上がっている。


 だがこの喫茶室(サロン・ド・テ)のコンセプトは、他とは違う()えるスイーツだ。味だけではなく、見た目も良くなければならない。


 しばらくタルトレットとにらみ合っていた私は……とうとう足りないものに気が付いて、ハッとしてソファから立ち上がった。


「少し待っていて!」



 *****



 私は応接室に商人を残して厨房に急ぐと、作りおきのペクチンが入ったビンを取り出した。そのペクチンとお砂糖、レモン汁、そして水を鍋に入れ、火にかける。


 具の入っていない透明な液体をゆっくりとゆするようにして混ぜ溶かし終えたら、冷水で粗熱を取る。そうして余分にもらっていたタルトレットのフルーツ達に、刷毛を使って塗りつけた。



 *****



「お待たせしたわ」


 私は急いで応接室に戻ると、改造後のフルーツタルトをテーブルに差し出した。

 薄く透き通ったゼリー状の皮膜に被われたフルーツたちは、先ほどとはうって変わってお皿の上でウルウルとみずみずしく、まるで宝石のようにきらめいている。

 表面の乾燥によりくすんでいた色味も鮮やかに復活し、とても新鮮で美味しそうだ。


「ほう、これは……果物が生き生きとしておりますね」


「ふふ、でしょう? 透明なコンフィチュールで、表面をおおってみたの。果物はやっぱりみずみずしい方が、美味しそうに見えるものだから」


 本来この上に塗る用のゼリーは専用の作り方があるらしいが、ご家庭ではペクチンでも代用が可能だ。このでき具合なら、商品化する価値はあるだろう。


「なるほど、一理ございます。ではこのコンフィチュールの製法は、ご提供頂けるのでしょうか?」


「これについては……当家から完成品をお安く販売しますから、ぜひ購入なさってね! 今試算している原材料費の一分(いちぶ)にも満たないお値段だから、原価率も許容範囲でしょう?」


 良い笑顔で答える私に、商人は苦笑を返す。


「それならば……かしこまりました」


 このゼリーの製法は、ほぼペクチンだ。明かすわけにはいかない。


「さて、では次にこれの商品名について。『果実の宝石箱』ではいかがでしょうか」


「それでいいと思うわ。でもそういえば……宝石で思い出した。リゼット、この間作った琥珀糖とお酒のボンボン、いくつか持ってきてくれる?」



 *****



「まだ改良の余地があるから、先のネタに取っておこうと思ったのだけど……せっかくだから」


 そう言って、私は琥珀糖とボンボンがそれぞれ数粒ずつ盛られたお皿をそれぞれ指し示した。


「これ、どちらもまるで宝石みたいじゃない?」


「確かに、これは美しいですね……。どのように作られたのか伺っても?」


「こっちはね、この間持ってきてもらった寒天を使っているの。薄紅葵(モーブ)で色を着けて、あとは乾かしただけよ」


 琥珀糖は、こう見えて和菓子の一種だ。砂糖に水飴を加えて硬めに作った寒天を可愛い形に型抜きし、あとは表面がすりガラス状になるまでしっかりと乾燥させる。するとまるで宝石のように美しいお菓子の、出来上がりである。

 表面がサラサラに仕上がるので、手でちょっと摘まんで食べるのにも最適だ。


「あの寒天が……乾かしただけでこうなるのですか!?」


「まあちょっとは細工するけどね。これ、お茶と違って最初の青色を保てていて、綺麗でしょう? そしてこれにシトロンの汁をかけると……」


 私はお皿の脇に用意されていた半カットのレモンをつまみ上げると、まるでサファイアのような琥珀糖の一つに、ぎゅっと絞りかけた。そのまましばらく待っていると……レモンに濡れたところから、じんわりとピンク色に変化する。


「これはなかなか……視覚的な面白さもありますね」


「でしょう? 普通の寒天より日持ちもするから、お持ち帰り商品にしても良いのではないかしら。他の色素で色とりどりにしても綺麗だし、宝石箱を模した小箱に入れて、高級感を演出するのも良いわね」


「なるほど……それは人気になりそうです」


「あともう一つ。貴方ってお酒は大丈夫かしら?」


「はい、人並みに嗜みますが」


「ではこちら、まずは食べてみて」


 そう言って、私はボンボンの乗った小皿を指し示した。


「では、失礼致します」


 彼はボンボンを一粒つまみ上げると、口に入れた。

 瞬間──


「これは……酒?」


「そうそう。結晶化したお砂糖のカラに、お酒を閉じ込めているの」


「酒を砂糖に!? 一体、どうやって……」


 商人は信じられないといった様子で、しげしげとボンボンを眺めている。だがやがて観念したように視線をこちらに向けた。


「継ぎ目も見当たりませんが、どのように作られたのか……製法を伺っても?」


「こっちの製法を明かすのは、砂糖以外の素材を当領から言い値で購入することが条件よ。まあエルゼス以外で手に入る素材でもないのだけれど」


「その素材とは……」


「片栗粉という粉末よ」


 このボンボンはいわゆる『ウイスキーボンボン』の『ウイスキー』の部分を、マールという葡萄酒の絞りカスから作ったブランデーに置き換えたものだ。


 葡萄酒の製造過程で出る残りカスから作るため庶民の飲み物とされているマールだが、お菓子向きの良い香りと高いアルコール度数、そして地元で生産しているという点から、選んだのである。


 ちなみにカカオはないので日本でよく見たチョコがけにはなっていないが、砂糖の結晶に琥珀色のお酒が透き通って……見た目はチョコよりこちらが圧勝だろう。


「確かに、聞いたことのない素材のため購入に異論はございませんが……言い値というのは恐ろしいですね」


「そんなにぼったくったりしないから、大丈夫よ! 原材料の購入をエルゼスに限る代わりに、専売権料の方はかなり譲歩させてもらうわ」


 ご家庭で作るのは難しいと思われがちなウイスキーボンボンだが、実は特別な道具などなくても作ることが可能だ。

 その材料は、砂糖、水飴、蒸留酒、水。そして形を形成するために使うコーンスターチの、たったの五つである。なおこのコーンスターチ、片栗粉でも代用可能なのだ。


「正直なところ、この珍しい製法には喉から手が出そうなほどではありますが……まずは原材料費と販売価格を試算してから、お願いしたく存じます」


「なによ、私を信用していないの? ……と言いたいところだけど、確かに情報が少なすぎたわね」


「ご理解頂き恐縮です。十分な利益を見込めるとなった場合には、専売権料については相応の額をお支払しますので」


 庶民の主食と貴族の嗜好品では、その価格は天と地ほどの差があるのだ。余裕がある時は、積極的に片栗粉を作り付加価値を付けて売却。その代金で足りない作物や家畜を買えば、芋のまま食べるよりも豪華な食卓になるだろう。


「では、試算は後で送るわね。あと琥珀糖の方は確定ということでいいかしら?」


「はい」


「では確か、ピエヴェールまでパティシエが来てるんだったわよね? うちの料理人から製法を直接伝授するから、後で城に連れて来てもらえるかしら?」


「かしこまりました。最近は後追いの業者もいくつか参入しておりますが、これで当面は追随を許さないでしょう」


 不敵に笑う商人に、私もニヤリと笑みを返す。喫茶室がもたらす利益は、私の懐を大いに潤わせてくれていた。

 先月から始めたラテアートも大好評でレギュラーメニュー化したし、次は何をしようかな。次はただの新商品じゃなくて、何かイベントを……異国風のコンセプトカフェとか、遠出のできない奥方達にウケるんじゃない?


「ふふふ、まだまだ新しいことを仕掛けて行くわよ!」


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