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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
八章

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第73話 紫の価値

 村長夫人とこの家の女中さんと台所に移動した私は、さっそく三人で芋をすりおろし始めた。充分な量の芋おろしができたら、たっぷりの水にさらす。


 水がすっかり白くなったら持参しておいた目の荒いガーゼで()して、さらに芋おろしを包んでぎゅうっと絞る。絞りかすの方は後でパンケーキにでも混ぜて食べるとして、今回使うのはこの白い絞り汁の方である。


 しばらく静かに置いておくと、白いものが底に沈殿する。そしたら上澄みの茶色い汁を捨てて、再び綺麗な水を入れて洗うように混ぜ、また沈殿させて水を入れ換えること、三回ほど。


 最後に底に溜まった白いものは、ジャガイモの持つデンプンである。そう聞くと耳慣れないけど、実はこれを乾かしたものが『片栗粉』なのだ。現代日本で売られている片栗粉、実はその大半が片栗の粉ではなく、この馬鈴薯デンプンなのである。


 次に私はデンプンと水を小鍋に入れると、かき混ぜながら火にかけた。熱されたデンプンに糊みたいなとろみがついたら、鍋を火からおろす。


 鍋の中身を軽く冷ましている間に、私は持参した荷物から黒大根(ラディ・ノワール)を取り出した。日本の大根をそのままドス黒くしたような外見を持つその野菜は、毒々しい色をした皮を一枚剥いてしまえば、その中身は真っ白である。私は手早く大根おろしを作ると、芋と同様にガーゼで包んで絞り汁をとった。


 大根汁ができたら、粗熱が取れたデンプン糊の鍋に注ぎ入れる。そのままかき混ぜてゆくと、たちまち鍋の中身はサラサラになった。これは大根汁や人の唾液に含まれている消化酵素、アミラーゼの効果である。ご飯を長く噛んでいると甘くなってくるように、アミラーゼがデンプンを分解して糖へと変化させたのだ。


 鍋の中身を見せながら、私は夫人に説明を続けた。


「この汁を保温しながら四刻ほど置いて、その後粘りが出るまでしっかりと煮詰めてね。それでさっきの芋飴の完成よ!」


「はあ~、まさか芋から蜜がとれるとは……」


 しきりにうなずいて感心してくれる夫人に少しむず痒さを感じながら、私はいつもの曖昧な微笑を浮かべたのだった。



 *****



 アヴォン村からの帰り道。

 私は兄と並んで馬を歩かせながら、午後の街道を城へと向かっていた。日差しが肌をチリチリとさせる陽気だが、木陰はどこか爽やかな風が流れている。


 私は頬に貼り付いた後れ毛を耳に掛けると、鍔広(つばひろ)の帽子を目深にかぶりなおした。日差し対策としても、今日長袖で来たのは正解だったようである。


「そういえば、最後に見送ってくれた子たちの女の子の方……ミアと言ったっけ。あの子の瞳、紫だったね」


 しばらく黙って馬に揺られていた兄が、ふと口を開いた。


「はい。あ、そういえば! 以前ならず者に拐われそうになっていたところを助けたのですが、その理由が紫の瞳だったようなんです。おにい様、何か心当たりがあるのですか?」


 あの村では驚きの連続だったから、そういやすっかりミアの瞳の色のことは忘れてしまっていた。だがこの兄の様子を見ると、重要なことだったのだろうか?


「ピエヴェール教会にある聖母マーテル像、どんなのか覚えてる?」


「はい。あ……」


 私は銀眼の勇者フィリウスを生んだとされる聖母マーテル様の白い石像を思い出して、思わず声を上げた。その瞳の部分に紫水晶が嵌まっていることを、思い出したからである。


「そう、紫の瞳は聖母の証。教会はごく稀に現れる紫眼の少女を集めて聖母としての修行と教育を施し、各国の王族に嫁がせる。莫大な寄付金と引き換えにね」


「まさかそんな仕組みがあるなんて……。おにい様、お詳しいのですね」


「自分が銀眼だったからね。色々と調べていくうちに詳しくなったんだ」


「しかし王家が寄付金を積んでまで聖母を受け入れるのは、なぜでしょう」


「紫眼の娘は、自らは法力を持たない。だが次代か少なくとも数代のうちに、銀眼の子が生まれると言われているんだ。それに銀眼でない子孫も、高い法力を持つ確率が上がる。法術師の血は代を重ねると徐々に薄まっていくと言われているだろう? 紫眼の娘はその血を濃く補充する役割を持っているみたいだ」


「まさか……紫眼とは、いったい何者なのです? 男の子はいないのでしょうか?」


「男の子はカタロニア法国内部の有力家で、婿養子となるようだよ。フィリウス教の教えでは紫眼が生まれるのは神の恩寵とされているけれど……実際のところは分からないね」


「そういえばガリアは周辺諸国より、かなり銀眼の持ち主が多いですわね。それって、聖母がこの国に多く嫁いでいるということですか?」


「その通り。かなり前に再征服戦争(レコンキスタ)を完了しているイスパーニアはこのところ対魔族の戦力強化を重視していないし、ロマーニアはカタロニアの干渉がこれ以上強まることを嫌っている。その他の国も予算が足りないとか色々な事情があって、ここ百年で現れた六人のうち実に四人もの聖母がガリアに嫁いで来てるんだ」


「そんなにも……私の知っている方ですか?」


 兄は何かを思い出すように遠くの空を見上げると、名を挙げた。


「例えば初代ロートリンジュ公爵の母君であるフリダ王妃……は昔の人だけど、最近ならおじい様の祖母にあたるスサーナ王妃も紫だね。皮肉なことに今王家に銀眼は一人もいないけど、今いる六人の血筋を辿ると必ず紫眼の王妃にあたるんだよ」


「そうだったんですね……。ミアはいま、家族と離れることを望んでいないように思います。家族から離れて王妃として嫁いだ彼女たちは、幸せだったのでしょうか?」


「それは記録に残ってない。ただ、ひとたび存在を知られたが最後、家族から引き離され教会で教育を受けることに拒否権はないみたいだ。でも、あの子が家族と共にいたいと願ってるなら……守ってあげたいね」


「そうですね……」


 いつの間にか街道は終わり、一行は城へと続く山道へと入っていた。私は木々の隙間にそびえるオーヴェール城を見上げながら……ミアの平穏を守りたいと願ったのだった。


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