第66話 夢の印税生活到来?
昼食を終えて部屋に戻ると、私は早速、二通の手紙を書いた。宛先はアントワーヌ伯爵令嬢オディール様、そしてボルゴーニュ侯爵令嬢オレリア様である。
王都で知り合って以降なにかとやりとりしていた二人からは、ちょうど最近今期の社交シーズンを終えて領地に戻ったという手紙をもらったばかりだ。そこで以前話題にしていた訪問を、実現しても良いかと聞いてみたのである。
今日のぶんの早馬になんとか間に合って、私はほっと胸を撫で下ろした。だが早馬を使っても、手紙が往復するには南隣のボルゴーニュでも最短三日、ちょっぴり遠いアントワーヌでは六日はかかる。
なお敵が攻めてきたとか超緊急時の連絡手段は、砦の間の狼煙リレーだ。魔法通信的なアレでポンとやりとり出来ればラクなのに、意外と不便な世の中である。
私はとりあえずOKの返事が来ると仮定して、フライングで旅行の手配と説明用の資料作りを済ませておくことにした。
*****
手紙を出してから、十数日後。
せっかく同じ方向だからとオレリア嬢と途中の宿場町で合流した私は、二人で馬車に揺られていた。しっかりと舗装されていない街道はひどい揺れだったが、おしゃべりに夢中になっていると酔いを忘れられるようである。
「そういえばフロランス様、以前王都で当家にお泊まり頂いた際に、寝物語でいろいろとお話しして頂いたことを覚えておられますか?」
「ああ、あの晩は本当に楽しかったですわ!」
王都を去る直前のこと、キュヴィエ家の邸に何度かお呼ばれしていた私は、最後にお泊まり会を開いた。布団に潜って明け方近くまで趣味の話をしたりして、とっても楽しい一夜だったことを覚えている。
「あのときに聞かせて頂いたお話ですけれど、実は本にしてみましたの」
「本に!?」
オレリア嬢に手渡された本をパラパラとめくって、私は驚いた。
「これは……最近ロマーニアから伝わった、活版印刷ではないですか!」
「ええ。フロランス様に伺った話をもとに文章化しまして、何冊か個人的に試し刷りしてみましたの。これ、正式に出版してもよろしいでしょうか? もちろん、得られた利益は全てフロランス様に差し上げますわ」
「ええっ!? でもあの話は私が考えたものではなくて、異国に伝わるお話を聞きかじったもので……」
「大丈夫、異国の説話を集めた物語本はよくあるものですわ。説話集は人気ですの」
「な、なるほど……」
私は改めてページをめくると、軽く目を通した。短編集というか長めのショートショート集という感じのその本は、オレリア嬢の文章力のおかげでプロもかくやの仕上がりになっている。
「これは……素晴らしい出来ですね」
「でしょう? 父に提案しましたら、すぐに出版が決まりましたの。試しに読まれた方々から特に人気なのは、桃から生まれた聖女が三人の従者と共に島に巣食う魔王を征伐するお話ですわ。さすがフロランス様おすすめの物語です」
「そ、そうなんですか……」
他にも色々あったのに、まさかの擬人化逆ハー桃太郎が人気なんだ……さすが、パロとはいえ元は長く語り継がれた物語というか、なんというか。
しかしオレリア嬢にこんな行動力があるとは思ってなかったから、驚きだ。まああの行動力の塊のようなアンリ卿の妹だから、意外と本質は似ているのかも。……そう私がしみじみ考えていると、オレリア嬢はにっこりと笑って言った。
「では、印税のお支払い方法についてですけれど」
「待ってください! その本はオレリア様が書かれたものではありませんか」
「でも、フロランス様の原案がなければ書けなかったものばかりですわ」
一歩も引かないという顔をするオレリア嬢に、私は思いっきりぐらついた。まあ資金はいくらあっても足りないし、新しい不労所得が増えるのはありがたい。
だけど……またパクりかぁ。とはいえ元から著作権切れてるものだし、有名話のパロディってことで開き直ろうか。よし、これが売れたなら、次はグリム童話でいこうかしら。
「そういうことであれば……私は純利益の一割をいただく、ということで」
あんなフワフワ原案でもらえる分け前なんて、本を作る労力との比率を考えたらこれでももらいすぎなくらいだろう。
「そういうわけには参りませんわ! わたくしの方が一割ということでしたら、お受け致します」
思いのほか強情なオレリア嬢と問答を繰り広げた挙げ句、なんとかこっちが利益の一割で話を落ち着けられた頃。
「あら、アンヴェルに着いていたようですわね」
オレリア嬢の声で窓の外に目をやると、そこには美しく区画整理された街並みが広がっていた。アントワーヌ伯爵領の領都アンヴェルは、数多くの宝石研磨師や宝石商が集う、宝石の街である。
だが今回の私の目的は、実は宝石だけではない。この街は水晶やガラスを用いたレンズの研磨においてもその技術が群を抜いていて、眼鏡の街でもあるのだ。
やがて街の中心にあるビアス家の巨大な邸宅に到着し、私達は出迎えに現れたオディール嬢とひとしきり再会を喜び合った。
そのまま客間に移動して、皆でお茶を楽しんでいた……その時。バタバタと走る音が聞こえてきたかと思うと、スコープのようなものが付いた眼鏡を首にひっかけた、中高生くらいの年齢の少年が顔を出した。
身なりは貴族のそれだが相当に着崩されていて、捲られたシャツの袖からは筋ばった腕が覗いている。オディール嬢にそっくりの暗灰色の髪を振り乱して、彼は声を上げた。
「姉上! エルゼス侯爵閣下のご令孫がいらしたそうではありませんか!」
「お客様の前で騒がしいわよ、リシャール!」
「これは失礼致しました。で、どちらに……」
「あの……フロランス・ド・ロシニョルと申します」
私は慌てて椅子から腰を上げながら、挨拶を述べる。
「なんだ、ご令嬢の方だけですか。失礼致しました」
それだけ言ってすぐさま立ち去ろうとする弟を見て、オディール嬢は鋭く声を上げた。
「リシャール!!」
「……僕はアントワーヌ伯爵リシャール・ド・ビアスです。ご令嬢方、大したおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい。では」




