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【書籍化】ナイチンゲールは夜明けを歌う  作者: 干野ワニ
六章

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第64話 領地経営って難しい(2)

「そういえば他にもいくつか提案してましたけど……そちらはいかがでしょうか?」


 そこでふと回答待ちになっているタスクのことを思い出したので、私はついでに聞いておくことにした。


「ああ、確認したよ。まず商業活性化のための楽市楽座と関税撤廃……これは、ちょっとエルゼスでは厳しいかな」


「なぜでしょう?」


「まず楽市楽座……つまり同業組合(ギルド)を通さずに商売可能にする件だけど、ギルドは自衛集団という側面があるんだ。上納金が高いのはその費用を出しあっているためだから、エルゼス侯爵の信用が低下している現状じゃ、ギルドより求心力が低いだろうね。だからもし実施しても、ギルドに加盟できない質の悪い業者しか集まらないんじゃないかな」


「なるほど……難しいんですね」


「うん。でも良い発想だと思うから、もう少し領政を立て直してから再度緩和を検討してみよう」


 そう兄はフォローするように私の頭を撫でてから、申し訳なさそうに言葉を続けた。


「次に関税収入だけど、これは主に関所の運営費に当てられているんだ。代替予算のない状況でそれを廃止するということは関所の機能停止を意味していて、外部からのならず者の流入を食い止めることができなくなってしまう。むしろ関税はきっちり取って治安の引き締めを訴えた方が、商人の信用を得られるかもしれない」


「なるほど……」


 どうやらミヤコのイメージする『活性化=規制緩和』では、エルゼスの状況に合っていないらしい。そこで私は、思いきって現代人の倫理的にはちょっとアレな施策を提案してみることにした。


「では、抜け荷の警備に野盗を雇用してはいかがでしょうか?」


「野盗を?」


「はい。まずきちんと関税を支払った業者には、割符を発行します。そして元野盗の団体には割符を持った業者に道案内などの保護をお願いする代わりに、持たない業者からは略奪を公認するというわけです」


 そもそも関税撤廃という意見を出した理由は、現状で抜け荷、つまり密輸が多いという話を聞いたからだ。ならばいっそ税関自体をフリーにしてしまえばどうかなと思ったのだけど、そっちが難しいなら抜け荷の多さを利用してしまえばどうだろう。


「まさか君からそんな過激な案が出るとは……でも、うん。今は警備の強化用に常備兵を増やす余裕もないし、取り締まられる側を取り締まる側に転化させるのは、かなりアリかもしれない」


 兄から良い感触を引き出して、私はちょっぴり得意気に笑った。もっとも私のオリジナル案ではなくて、ドラマで見た昔の水軍がやってたことのパクりなんだけどね……。


「うん、じゃあそれは前向きに詰めてみるね。あと最後に預金制度の件だけど、検討部会を発足したよ」


「ありがとうございます!」


「しかし預金制度なんて、よく知っていたね」


「あれ、もうあるんですか?」


「うん。フィリウス教の聖堂騎士団が、魔族との戦いだけじゃなく聖地巡礼者の護衛も行ってるのは知ってるかい?」


「はい」


「彼らは巡礼者からお金を預かる代わりに証書を発行していて、どの団員からでもいつ何時でも、お金を引き出せるようにしてるんだ」


 なるほど、騎士団員全員が移動式のATMってことかな。旅にはお金がかかるけど、一般人が現金たくさん持って歩いてたら危ないもんね。その点、騎士団がお金を守ってくれたら安心というわけだ。


「だからその預金制度、騎士団の代わりに領主が責任持って財産を預かり守るという触れ込みにすれば、安心して便利に利用してもらえるかもしれない」


「そうですね。提案書にも書きましたけれど、領内であれば手形を現金代わりに支払えるようにするなどの応用も可能です。万一手形を盗まれても本人でなければ換金できないので、治安の良化につながるのではないでしょうか!」


 時代劇で蔵から千両箱が盗まれるシーンがよくあるが、置いてなければ盗まれる心配もないというわけだ。

 意気揚々と拳を握る私に、兄は笑ってうなずいた。


「うん。詳細を詰める段階になったら、また話をしよう。ほか、聞いておくことは何かあるかな?」


「そういえば、もう一つ大きな話題が。瘴気病(マル・アリア)のことなんですが……」


 そう、私が口を開きかけたときである。麓の街にある教会の鐘の音が、静かな城内に響き渡った。話しているうちにかなりの時間が経っていたようで、そろそろお夕飯である。


「それ、おじい様に聞かれても大丈夫な話かな?」


「たぶん大丈夫ですわ」


「じゃあ、続きは晩餐の席で話そうか」



 *****



 夕食を終えたあと。食堂を出て兄と廊下を歩きながら、私はぽつぽつと話し始めた。


「まさかおじい様があんなに怒るなんて、思ってもみませんでした……」


 食事をしながら、先住民の村で診た瘴気病(マル・アリア)患者の話を出した時のことである。沼地を調査したいと言ったとたん、祖父は烈火の如く怒り出した。


『お前の両親も、そう言って命を落としたのだ! 沼地に近付くことは……絶対に、許さん!!』


 まだ幼かった私は詳しい経緯を知らなかったのだが、どうやら父は領民を苦しめる瘴気病(マル・アリア)をなんとかしようと、本格的に調査に乗り出していたらしい。貴婦人ながらアクティブ派だった母も夫と行動を共にして……そうして、二人とも感染してしまったのだ。


 もっとも瘴気病(マル・アリア)は私のように城から出なくても運次第で感染してしまうこともあるのだが、沼地に近付けば近付くほど感染しやすいということもまた、事実のようである。


「さっきも言ったけど、ぼくも沼地の調査は絶対に反対だ。もっと違う手段を考えよう」


「そう、ですね……」


 確かに、原因不明の疫病に近付くのは自殺行為だった。そうだ、なぜ忘れてしまっていたんだろう。こういう時の対処法といえば、まずは疫学調査だ。


「ちょっとよさそうなアイデアを思い付いたので、また資料にまとめて提出いたしますわ」


「うん、無茶は厳禁だよ。ところで……先住民の村の雰囲気って、どうだった?」


「雰囲気ですか? こういうとなんですが……普通でした。移民の村と違うところなんて、特にありませんでしたわ」


 今も密かに魔神を崇拝しているとか、悪魔の実を食べているとか……偏見からくる噂はどれも、真実ではなかった。いや、確かに悪魔の実は食べている。だがそれは邪悪なものではなく、彼らにとっては救いだった。そして今、領民全員の救いにすらなろうとしているのだ。


「そうなんだ」


 あまり意外そうではない兄は、どこまで把握しているのだろう。私は気になりつつも、話を続けた。


「私たちは先住民をかつて人族を裏切った者たちと聞かされてきましたけど……人間側が負けたからといって出て行くあてもなかった彼らは、仕方なくエルゼスに取り残されたということでした。そして飢えた彼らに惜しまず芋を伝えて救ったのは、魔人の領主だったそうです」


「そう……」


「それを聞いて、私はわからなくなりました。多くの民にとっては、貴族も、魔族も、なんら変わらない存在なのではないか、と。教会が疫病や天災の原因を(かたく)なに魔族にあるとするのは、その……」


「フロランス、それ以上言ってはいけない」


 そう言って兄は立ち止まると、口止めするように人差し指を私の唇の前に立てた。


「いつどこで、聞かれているか分からない。神の教えは絶対だ。それは使用人の守秘義務を越える」


「あ……わかり、ました」


 考えたくはないことだが、最近増やした新しい使用人たちは、いつ教会に密告するか分からない。いや、信心深い者たちを責めることはできない。日本人には理解しにくいことだが、この国の人々にとって教会の教えに背く者は、例え雇い主であっても絶対悪なのだ。


 私は兄と別れて浴室に向かうと、早々に身体を流して浴槽に身を沈めた。温かいお湯に包まれていると、気分が少し軽くなる。


 もう何十年も前に過ぎたことを考えていても、しょうがない。これからみんなが笑って暮らせるように、出来ることをやるだけだ。


 私はパチンとひとつ頬を叩いて気合いを入れると、決意を込めて湯から立ち上がったのだった。


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