第61話 芋は毒持つ悪魔の実
「お口に合うか分からんですけど……」
そう言って村長夫人が食卓に並べたのは、ごろごろのお芋と千切りキャベツっぽい野菜とともに、豚バラらしきお肉の切れ端が煮込まれたスープである。少し酸味を含む匂いは燻製肉の香りと合わさって、空腹の身にはかなり刺激の強い仕上がりだ。
両親がロートリンジュ出身だというエメの料理では見たことのないメニューだけど、先住エルゼス人の郷土料理とかだろうか?
「では頂きます!」
そう言って手首を合わせた私が、早速木の匙を手に取ろうとすると──
「姫様、お待ち下さい。まず私が毒見を済ませてからお召し上がり下さい」
匙に伸ばした手を制して、ガエタンが口を開いた。
「でも、おもてなしを疑うのは……」
「これは私共護衛騎士の業務にございますゆえ、ご理解賜りますよう」
「そうだったわね……。というわけで、気を悪くしないでね」
「いいえ、とんでものうございます!」
頭を下げる夫人に軽く目礼を返してから、ガエタンは自らの前に出されていたスプーンを手に取った。そして器に目を落として……顔をしかめる。
「これは……悪魔の実ではないか!」
「あっ……! も、申し訳ございません!」
何かを思い出したかのようにさっと顔色を変える夫人を見て、私は首を傾げた。
「何か問題でもあるの? もしかして……食べたらカナヅチになっちゃうとか!」
「……は? あ、いえ、そういうことはないと思うのですが……」
私は明らかに空気を読まない冗談を言ってしまったことを後悔しながら、困惑しているガエタンに問い直した。
「悪魔の実って、どういう意図で発言したの?」
私の静かな怒りを感じ取ったのか、真面目なガエタンは言い難そうにしながら口を開く。
「その……これは、魔族の食べ物と言われているのです」
「夫人、本当のことかしら?」
「も、申し訳ございません! 確かに、この芋は魔族からもたらされた作物でございます。それを失念しお姫さまにお出ししましたこと、何卒ご容赦くださいませ!」
私は席を立って、床に平伏した夫人の肩に手を置いた。
「顔を上げて。この村では、皆日常的に食べているものなのでしょう? ならなんの問題もないわ」
「しかし、姫様! 悪魔の実を食べた者が、三日三晩苦しみぬいたという話もあるのですよ!」
「あのう……確かにこの芋には、芽や皮に毒がございます。でも、ちゃんと下ごしらえすれば大丈夫ですんで……」
「なるほど……。ガエタン、貴方が食べなくても、私はこれを食べるわ」
「お、お待ち下さい! でしたら私が先に頂きます!」
ガエタンは覚悟を決めたようにスプーンに芋を乗せると、一気に口に入れた。しばらくもぐもぐと咀嚼したあと、ごくりと飲み下す。私や村人が固唾を呑んで見守る中、ガエタンは思わずといった様子でぽつりと呟いた。
「うまい……」
「あ、じゃあもう私も食べて良いわよね!? いただきます!」
私はガエタンの硬直がとける前に、すかさず自分のぶんのスプーンを口に運んだ。ほんのり酸味のあるキャベツや、塩味の効いた燻製肉と共に煮込まれている、この塊は──
「やっぱり、ジャガイモだ!」
思わず声に出すと、夫人はおずおずと言った。
「あの、ジャガ……は分かりませんが、魔人たちはその芋のことをカルトッフェルと呼んどったそうです」
「そう……これってもしかして麦や他の作物が出来にくい土地でも、年に何回も収穫できたりしない?」
「ええ、はい! ようご存知で……」
気をつけて調理しないと毒になるのも一致してるし、やっぱりこれはジャガイモだろう。ここ数年の凶作で先住民の村が飢えなかったカラクリが、少し見えてきた気がする。こんなに便利な作物が移民に伝わらなかった理由も、ガエタンの反応を見れば分かるというものだ。
「とっても美味しいわ! ほら、ガエタンも。冷めないうちに頂きましょう」
「しかし姫様……」
まだ尻込みしているガエタンに無言でニッコリと笑いかけて、私はさらにひと匙、今度はキャベツを口に運んだ。
「うん、この酸味が味の全体を引き締めて、旨味に効いているわね! これ、お酢ではないわよね?」
「はい。これはシュークルートと申します。刻んだ玉菜を塩と香草で漬けておくと、酸っぱくなるんです」
「そうなのね! うん、美味しいわ!」
なるほど、日本で例えるなら乳酸発酵して酸っぱくなった白菜漬けってとこかしらね。
私は夢中で食べ続けながら、しかしある疑問が頭を支配していた。ジャガイモは確か、南米原産のはずだ。だが以前見せて貰ったヴァランタンの交易図に、南北アメリカ大陸は存在していなかった。だがジャガイモがエルゼス人に伝わっているということは、魔族は南米と繋がりがあるということだろうか?
「他に、魔族から伝えられた作物はあるの?」
「それは……私にはよう分かりません。生まれた時にはもうあったもんばかりで、この芋も外……ええと、移民の皆さまに嫌われているらしい、としか。申し訳のうございます……」
「ああ、そうよね。できれば色々と共有してもらいたいと思っているのだけれど……」
「姫様、本当にこれを共有……なさりたいと」
それまで黙って食べていたガエタンが、ぼそりと呟いた。うーん……こんなことになるなら、堅物のガエタンではなく融通のきくステファンを連れてきた方が良かったかしら?
「そうよ」
私はどう説明しようか少し考えて、夫人に頼んだ。
「生の芋を持ってきてもらえるかしら?」
「はい、こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがとう」
私は礼を言って受けとると、そのジャガっぽい芋をまじまじと眺めた。大きさは直径六センチくらい。薄茶の色味からしても、食用に向いた品種に改良済みのものだろう。
……これならいける! そう結論を出した私は、横に座るガエタンの目の前に生の芋を差し出した。
「これらの芋という種類の作物は……人間にとってパンの代わりになる食物なのだけれど、ここみたいな寒い土地では麦よりもかなり育てやすいの。さらに麦のように乾かして粉にして水と練って焼く……なんて面倒な工程を経なくても、加熱するだけで食べられるという利点があるわ」
私はそこで言葉を切ると、スープの器を指し示す。
「こうやって煮ることもできるし、掘りたてを焚き火や竈の残り火に埋めておくだけで、一時間もすれば美味しく食べられるのよ」
「まさか……」
「その代わり長期保存は毒が強まるから難しいけどね。……申し訳ないけれど、このお芋、もらってもいいかしら?」
「もちろんです。その、芋のことをようご存知で……」
夫人に少し不思議そうな視線を向けられて、私は慌てて言い訳を探した。
「ああ、このカルトッ……ナントカのことではないけれど、芋類の話は書物で読んだことがあるの!」
「なるほど」
どうにか誤魔化せたようでほっとした私は、ひとまず話題を変えることにした。
「そういえばミアの瞳って、とっても綺麗な紫色よね! 初めて見る色なのだけど、もしかしてこの村にはたくさんいたりするの?」
「さ、さあ……他にはちょっと心当たりありません……ねぇ」
村長のおかみさんは明らかに動揺しながらも、なんとかセリフを絞り出したという様子である。
これは、何かある……?
さらに追求してみようか迷っていた、そのとき。表通りがざわついたと思うと、開け放された戸口からよく日に焼けた中年男が姿を現した。




