第58話 なんだかんだで楽しい女子会
「これってもしかして、この間のアレが原因かな……」
私はブランディーヌ嬢から届いたお茶会の招待状を眺めながら、ため息をついた。
ドレスコードとして招待状に書かれているのは、『成人祝いの首飾り』を着用してくること。それはこの国の習慣で、成人を迎えた娘の健康を願い母親から贈るというものである。だが両親を早くに亡くしている私は、それをもらっていなかった。
*****
あれは先週のことだ。同期のご令嬢が主宰する詩歌の会にお呼ばれした私は、持っていく詩の作成に頭を悩ませていた。だがどうにも才能がないようで、全然思いつかない。
──よし、パクろう!
私はすっぱりと開き直ると、前世の記憶の奥を探った。覚えてる詩といえば、国語で習った──
働けど、働けど……うーん、啄木は貴族らしくないよね、却下。
アメニモマケズ、カゼニモマケズ……うん、以下同文。
国破れて山河あり……漢詩は女子には渋すぎるか。
もっとこう、女子ウケしそうな恋する気持ち的なのはないかな。サラダ記念……は、ここには生野菜食べる文化がないし。
あ、そうだ!
君のために春の野原に出かけて若葉を摘んだ
私の袖には雪が降っていた
この国の言葉で韻を踏むようにアレンジして、私はひとつうなずいた。ようやく形になってくれたかな。某漫画の影響でクラスで流行った百人一首……もっとちゃんと覚えとくんだった! かなりのウロ覚えだけど、このシリーズでしばらくはしのげるかもしれない。
──そして迎えた、詩歌の会の当日。
恐る恐る発表した百人一首は、思わぬ大絶賛を受けることになった。
「素敵ですわ! これは聖エルブの祝祭日を歌っているのでしょう?」
「わたくしも恋しい方を想って、草花を摘んでみたいわ……来年は領地で春を過ごそうかしら?」
本当にごめん、この物語はフィクションです……。
口々に誉めてくれる同い年の令嬢達にひきつった笑みを返しながら、私は内心原作者に平謝りした。特に芸術作品のパクりで絶賛されるのは、いつにもまして強いうしろめたさを感じてしまう。
とはいえこれで面倒な宿題の攻略法を見つけられたと考えて、私はほっと安堵した。
だがそのとき、私は気付いてしまったのだ。私を見るブランディーヌ嬢の視線が、ライバル心らしきもので燃え上がっていることを。
*****
私は商人に持ってきてもらった無難そうな首飾りたちとさんざん睨みあった挙げ句、結局母の形見の真珠のネックレスを着けていくことにした。
日本にもガリアと同じように、母親が娘の厄年に長寿を願って長いものを贈る習慣があるらしい。昔は帯が主流だったけど、最近は真珠のネックレスが人気らしいから本厄のときに買ってあげるわね……と、前世の母に言われたことを思い出したからだ。
ただこのネックレス、元々日本の養殖真珠ほどの粒揃いの美しさやテリはないし、南洋真珠ほどの大きさもない。その上に幼かった私がうっかり握りしめて泣いてしまったせいで、デリケートな天然真珠はツヤが消え真っ白にくすんでしまっていた。だが生前の母が一番大切にしていたこれが、どんな宝石よりも成人祝いにもらうには相応しいような気がしたのである。
会場であるシャンパール伯爵邸に到着すると、私はオレリア嬢の姿を見つけて安堵した。今日は眼鏡姿の彼女に声をかけると「領地が同じ葡萄酒の大産地同士だから、たまに呼んでいただくの」と、ひかえめに笑ってどこか言い訳めいた口調で答えた。そんなに周りを気にしなくてもいいと思うんだけど、彼女もこれまでに色々とあったのかもしれない。
お茶会が始まると、さっそく参加している令嬢達が口々にブランディーヌ嬢の首飾りを誉めそやし始めた。確かに彼女の胸元を飾るのは、宝石もその周囲を彩る細工も、とても美しいものである。
「ありがとう。世界各国から良い宝石ばかりを取り寄せて、厳選して作らせたものなのよ。ところでフロランス様が着けていらっしゃるその地味な白い粒、わたくし初めて見ましたけれど、なんとおっしゃる素材なの?」
ブランディーヌ嬢がニヤニヤとしてこちらを見ると、周囲の令嬢達からクスクスという笑いが漏れた。うちの財政状況をよく知っていた彼女は、私が早くに両親を亡くしていることも当然知っているだろう。その上で羨ましがらせようと、前世で言うならマウンティングでもしようとしているのだろうか。
だがその言葉に抗議の声を上げたのは、隣に座るオレリア嬢だった。
「ブランディーヌ様、今のご発言はっ……」
大人しそうな彼女は、もし言われたのが自分だったら黙って受け流していただろう。それをとっさに諌めようとしてくれるなんて……やっぱり持つべきものは友達だ。そう私は感激しつつも、だがオレリア嬢の抗議をやんわり止める。そしてブランディーヌ嬢の方へ、まっすぐに向き直った。
「うらやましいですわ」
どうやらお望みの回答だったようで、令嬢は得意気に胸を張った。
ずらりと並んだ大粒の石は、魔除けの護符と言われている色違いの七つである。これだけ大粒かつ綺麗な石を濃度や彩度のイメージを合わせて揃えるには、お金だけではなく探す時間も相当にかかったことだろう。それは早春の陽光にキラキラと輝いて、娘の幸せを願う親心が込められているようだ。
「まあ、どこかの斜陽のお家とは違いますし、このくらい当ぜ」「本当に、羨ましいですわ」
ブランディーヌ嬢の話がみなまで終わらないうちに、私は食いぎみに言葉を重ねた。
「お母様がご健在でいらして」
私は少しだけ寂しく笑うと、言葉を続けた。
「異国の格言に『孝行を したい時分に 親はなし』という言葉がございます。その美しい宝石は、きっと貴女の幸せを願いながら一つ一つ大事に集められたのでしょう。お母様を大切になさってくださいませ」
本当に、生きているうちにもっと孝行しておけばよかったな……。
私がしんみりしていると、ブランディーヌ嬢が申し訳なさそうに呟いた。
「その……無神経にごめんなさい」
「お気になさらないで。この首飾り、母がこの国に嫁いだ時に両親から贈られたものですの。私にとっては、これが母からの成人祝いです」
私が『地味な白い粒』と言われた首飾りに手を添えながら笑うと、テーブルを囲んでいた令嬢のうちの一人が静かに口を開いた。
「その首飾り、もしや真珠ではございませんの?」
あれは先日の初心舞踏会で少し話をした、ビアス家のオディール嬢だ。
「はい。古いものですから、すっかりくすんでしまってお恥ずかしいですけれど」
「真珠ですって?」
「まさか、あれが全部そうだというの!?」
令嬢たちが口々に声をあげたことをきっかけに、私はこの国の事情を思い出した。そういや養殖技術のないこの世界では、丸い真珠はなかなかのレアアイテムなんだっけ。確か産地はパルシアあたりの交易品だったと思うけど、あまり見かけないのは人気がないからではなく、手に入りにくいからだったようだ。
「海の奇跡のみで一連の首飾りを作るなんて、気の遠くなるようなお話ですわ。貴女のお母様は、ご両親から愛されていたのね」
つい先程までこちらに挑発的な視線を向けていたブランディーヌ嬢は、そう言って穏やかに微笑んだ。
バカにされてもいいやと覚悟の上で古い真珠を着けてきたけど……いい流れを作ってくれてありがとう、お母様──。
*****
そのまま和やかにお茶会を終えた後。
オレリア嬢と雑談しながら帰宅の馬車の準備待ちをしていると、オディール嬢に声をかけられた。
「お話し中のところごめんなさい。フロランス様、先ほどの首飾り……よく見せて頂けないかしら?」
「はい、どうぞ」
「では失礼しますわ」
私が快諾すると、彼女はいつの間にか白い手袋を着けたその指先で、そっと真珠を私の胸元から持ち上げた。
「当家は宝石やレンズの研磨を生業としているのですけれど、どうかこれ、当家の職人に磨かせて頂けませんこと?」
「磨くことができるのですか!?」
「ええ。これだけ立派な珠でしたら、美しく甦ると思いますわ」
そう言って、オディール嬢は自信たっぷりな笑みを浮かべた。真珠層の薄い養殖真珠と違い、天然物は真珠層の塊だ。表面のくすみさえ薄く削り取ってしまえば、元の輝きを取り戻せるということらしい。
「それは……ぜひ、お願い致します」
「では、当家へご招待させて下さいませ。研磨は領地でないとできませんから、あちらに戻る夏以降になってしまいますけれど……よろしいかしら?」
「もちろんですわ。ご提案、感謝致します」
「ふふふ、では決まりね」
そこでオディール嬢は、私の横でさりげなく話が終わるのを待っていたオレリア嬢の顔をひょっこりと覗き込むと、にこやかに話しかけた。
「よければオレリア様もいかがです?」
「えっと、お気遣いありがとうございます。でも、わたくしは大丈夫です……」
近くに居たから気を遣って、ついでに誘われたのだとでも考えたのだろうか。オレリア嬢が遠慮がちに断ろうとすると、オディール嬢が言葉を続けた。
「失礼ながらオレリア様のその眼鏡、近視のものでいらっしゃる?」
「はい、お恥ずかしながら……」
「では社交会ではご不便なさっていることでしょう。当家では女性が夜会服と合わせられる眼鏡を開発中ですの。よろしければ試して感想を伺わせて頂けないかしら?」
「あの、そういうことでしたら……ぜひ伺わせて下さい」
「ありがとう! 楽しみにしていますわね」
そこから理想の女子メガネ談義に華を咲かせた私達は、馬車をすこし待たせてまで話し込んだのだった。




