第56話 カフェは紳士の社交場?(1)
「仕上がりはいかがでしょうか」
「ええ、想定していた通りよ。完璧だわ」
白く輝くシルクのダウンコートに身を包むと、私は鏡の前で微笑んだ。ボタンで着脱できる襟巻きはふわふわの羽で作られていて、首もともしっかりと暖めてくれている。白で横ボーダーなモコモコは某ミシュ◯ンマンにならないかと危惧したが、裁断師の腕が良かったお陰でなかなか上品な仕上がりだ。
「あらまあ、これは……ふふふ、とっても身軽で良いわ!」
隣で同様に淡い藤色のコートを羽織った大伯母さまも、どうやら気に入ってくれたようだ。
実はこれらのダウンコート、例のデビュタントで着用した白いドレスのリメイク品である。
打ち合わせに便利な王都にいるうちにさっさとリメイクを済ませてしまおうと考えた私は、その目立つ質感に悩まされた。普段着のドレスにレアな絹地なんて使ったら、一発で記憶に残って使い回しが難しいだろう。せっかくリメイクしたのにほとんど着られないのでは、意味がないのだ。
──では何だったら、使い回しても大丈夫なのかしら?
しばらく悩んでいた、ある寒い夜。私はフッカフカの客用布団に潜り込もうとして、ハッと気がついた。
このお布団……そういや羽毛だ。
それも、確かアヒルの羽……つまりダウンである。
この国で家鴨はかなりポピュラーな食肉で、鶏と同じくらいの頻度で食卓に上がる。初めは「アヒルのコンフィ」とか聞いて驚いたが、食べてみるとなんてことはない。要は鴨肉のオイル煮込みだ。
肉になった後のアヒルの羽は、布団の中身や帽子の羽飾りを作る材料としてあちこちで利用されている。そしてダウンコートの中身も同じく、アヒルの羽毛なのだ。
そしてドレスと違ってコートならば同じものを複数回着ていても、社交界で後ろ指をさされることもないだろう。
私は早速ヴァランタン商会に使いをやって裁断師を呼ぶと、詳細な打ち合わせを行い……そうして出来上がったのが、この二着のダウンコートである。
思いのほかデビュタントのドレスから使える布地がたっぷり取れたので、うち一着は染め直して大伯母さまへのプレゼントにすることにした。最近体力が落ちて厚手のウールや毛皮が重く感じると嘆いていたのを、覚えていたからである。
「それにしても、これは本当に暖かいわねぇ。お布団と同じ作り方と聞いたときは驚いたけれど、意匠も洗練されてとても素敵だわ」
大伯母さまは鏡の前で軽くポーズをとってから、手で口許を隠してふふっと笑った。
「ねぇ、せっかくだから今から百貨店に行ってみない? この新しい外套を着て、早くお出かけしてみたいわ」
「はい!」
*****
「じゃ、ぼくは書店の方に行ってるね!」
百貨店に着くなりソワソワと足早に去った兄を見送って、私は大伯母さまと歩き始めた。目指すは婦人服のフロアである。
「この外套、本当に着心地が良いわねぇ。まるで羽をまとっているように軽くって、階段も苦でないわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ねえ、お礼に服を贈らせてもらえるかしら?」
「そんな! この外套こそがいつもお世話頂いているお礼なのです。さらに頂くわけには参りませんわ」
「前にも言った通り、わたくしは息子ばかりでしょう? こうやって娘と服を選ぶのは、夢だったの」
話をしているうちに階段を上りきった大伯母さまは、さっそく一つ目の店の前にタペストリーのように壁掛けされているワンピースを示して言った。
「ほら、あれなんかも貴女に似合うんじゃないかしら!」
「では、ぜひお見立てだけ……」
私が遠慮がちに口を開いた、その時である。
「まあ、マリヴォンヌ様ではありませんの?」
「あら、テレーズ様にリアーヌ様! ごきげんよう」
「ごきげんよう! 王都に戻っていらしていたのなら、ご連絡下さればよかったのに」
「ごめんなさいね。姪と過ごすのに夢中になってしまっていたの」
「あら、姪御さん?」
「正確には義弟の孫娘なのだけれど……」
大伯母の紹介を受けて私が挨拶を終えると、話題はダウンコートに移って行った。未知への興味が称賛に変わる様を見届けながら、私は大伯母さまのトーク力に内心舌を巻いていた。
これが社交界の華の発信力か……。私が一人で着て歩いたところで変わってるなーくらいにしか思われず、これほどの評価で見てもらえることはなかっただろう。
その後も顔の広い大伯母さまが店内ですれ違う貴婦人方にことごとく捕まりながら、服を見て回ること二時間ほど。散々試着してようやくお気に入りの一着を見つけた私は、さすがに疲れを覚えて店内にある案内板に目を走らせた。そこにカフェの文字をみつけて、思わず歓声を上げる。
「大伯母さま、カフェで一休み致しませんか?」
「あら、ダメよ。珈琲店は殿方のものだから、女人は入れないわ」
カフェが男性専用!? カフェといえば女子で溢れているイメージだったから、意外である。
「そうなのですか? どういったお店なのでしょう」
「珈琲やお酒を嗜みながら、政治や経済について語らう場所らしいわよ」
「そうなのですか……」
そういや女だけで外食するのは、はしたないことなんだっけ。
「そう気落ちしないで! 下でお菓子でも買って、帰ってお茶にしましょうね」
しょんぼりする私の肩に、大伯母さまが優しく手を置いた。そのとき。
「これはマリヴォンヌ様にフロランス様、私共の百貨店へようこそお越し下さいました。別室にお茶をご用意致しておりますので、どうぞお立ち寄り下さいませ」
まるでタイミングを見計らっていたように現れたいつもの商人は、そう言ってうやうやしく頭を下げた。実際、見計らっていたのかもしれない。
「フロランス様に以前ご依頼頂いておりました、緑茶もご用意致しております」
「緑茶!」
思わず大きめの声を出してしまって、私ははっと口に手を当てた。
「も、申し訳ございません……」
ついはしたない所を見せてしまった……。小さくなる私に、だが大伯母さまは笑って言った。
「ふふ、構わないわ。では、お茶を頂きに参りましょうか」




