第一部エピローグ-兄の独白
「一曲お相手願えますか? 我が令嬢」
幼馴染に手を差し出された妹は、伺うようにちらりとぼくの方を見た。ぼくは物分かりの良いふりをして、微笑みながらうなずいた。
「行っておいで」
互いに一礼してから踊り始めた妹は、アンリの手を取り楽しそうに笑っている。その姿に昏い嫉妬を覚えて、ぼくは自嘲した。
口先だけのイヴォンとその取り巻き共のことなんて、本当はぼくにはどうでもよかった。じゃあ何が嫌だったのかって? それは、幼馴染のアンリという存在だ。
父親同士の仲が良かったぼくたちは、幼い頃から親友だった。活発なアンリと、大人しいぼく。正反対だけど、ぼくらはすぐに仲良くなった。
あの頃、ぼくらは対等だった。だが社交界にデビューした頃から、ぼくらの関係に変化が訪れる。
庇うアンリと、庇われるぼく。
社交界で上手くやっているアンリと、上手くいかないぼく。
アンリはとても良い奴だ。なのにつまらない劣等感だと思うかな? でも、あの頃のぼくには耐え難いことだったんだ。
ふと気が付くと、ぼくのすぐ近くに一人の女の子が立っていた。下を向いて所在なげに立ちつくす彼女の姿が、かつてのぼくに重なった。
かつてのぼくと同じように、安っぽい同情ならば負担になるだけかもしれない。でもどうしても、ぼくは彼女を誘いたかったんだ。
「ええと……オレリア嬢。一曲お相手願えませんか?」
「え、でも……私なんて」
目を逸らしたまま応える彼女に、だがぼくはめげずに、言葉を続けた。
「眼鏡がないと、大変ですよね」
はっとしたように顔を上げる彼女に、ぼくは優しく微笑んだ。
「ぼくは読書が好きすぎて、目を悪くしてしまったんですが……ご苦労お察しします」
その瞬間。彼女は少し恥ずかしそうに、だが嬉しそうに笑った。
「実は私も女の身で恥ずかしながら、本の読みすぎで目を悪くしてしまったのです。だからあまり、踊りにも自信がなくて……」
「大丈夫。ぼくに任せて」
そう言ってぼくが手を差し出すと、オレリア嬢はちょっぴりはにかんだ笑顔を浮かべ……その手を重ねた。
*****
領地に引きこもり始めた頃から、ぼくにはよく見る夢がある。それは将来の希望という意味ではなくて、眠っている間に見るもうひとりの僕の記憶だ。
夢の中の僕はいつも同じ設定で、毎晩遅くまで働いている。でも暮らしに余裕があるとは言えなくて、いつも匿名で愚痴ばかり吐いていた。
もっと良い家に生まれてたら、もっとイケメンだったら、もっとなんかこう、いっそここではないどこかへ行けたなら──
でも好きな本を読み、ゲームで遊び、たまに友人と飲み明かしつつ異次元の恋人たちについて語り合う……そんな夢の中の僕は、今のぼくよりとっても自由だった。そして目が覚めて、まとわりつくしがらみに絶望するのだ。
夢の中の僕は美少女の妹がいたら絶対大事にするのになぁとか言っていたのに、現実のぼくはたった一人の幼い妹すら守れないでいた。夢の中の僕も、現実のぼくも、ないものねだりをしていたんだ。
それに気づいたぼくは外に出るための努力を始めたけれど、結局先に殻を破ったのは妹だった。夢の中の世界を思い出させるような雰囲気の妹はちょっと変わった子だけれど、いつもぼくの味方でいてくれる。
最近、あの世界の夢をみていないことに気が付いた。
何だか不思議な確信だけど、それでも良いと思ってる。今はただ、この世界で一所懸命生きていこう──そう思えるように、なったのだから。
第一部 家族再生編 -おわり-




