第54話 女の闘い? in 大舞踏会
──四半刻くらいの後。
私はひとり、脚を休めようと舞踏室の壁際へと向かっていた。アンリとのダンスを終えた後、兄は国王陛下への謁見に向かったためである。
軽く喉を潤そうと給仕からグラスを受け取っていると、一人のご令嬢が近づいてくるのに気が付いた。
まるで私が一人になるのを待っていたかのように現れた彼女は、高く結い上げられた薄茶色の髪を、豪華な宝石と大きな羽根で飾っている。新成人の白いドレスを纏っているところを見ると、どうやら同期のようだ。
「失礼」
向こうから声を掛けてきたにも関わらず、それだけ言うと彼女は押し黙った。私の頭のてっぺんから爪の先まで、まるで値踏みするように視線で撫でる。
これは……名乗り待ちかしら。
初対面の名乗りは、家格が低いものから先に行うことになっている。紹介者もなしに初対面で家格を比べるなんて、できる訳ないじゃん! と、文句を言いたくなるような制度だ。だがどうやら彼女は、私を知ってあえて待っているようである。
彼女の纏う衣装はそれはもう豪華なもので、白いドレスには金糸銀糸で一面に繊細な縫いとりが施されていた。さらには豪華なクロッシェレースが、要所を押さえるよう幾重にもあしらわれている。
しかもその土台となっている布は、おそらく絹地だ。高価な絹を惜しげもなく覆い隠して平気なそのスタイルは、相当の財力がなければできないだろう。
同期に三大公爵家のご令嬢でも居たかしら? などと思案しつつも、とりあえずかなりの大貴族には間違いないだろう。私はスカートを摘まんで腰を落とすと、素直に先に名乗ることにした。
「お初にお目にかかります。エルゼス侯爵が第一女、フロランス・ド・ロシニョルと申します。どうぞお見知りおき下さいますよう」
「……わたくしはシャンパール伯爵が第一女、ブランディーヌ・ド・バルバストルと申しますわ」
それだけ言って沈黙する彼女に、私は一気に肩の力が抜けた。シャンパール伯爵領は国内外から多くの商人が集まる、一大交易都市である。定期的に開催されるシャンパールの大市は領主による徹底的な保護と管理が行われ、ここ数十年でめきめきと成長を続けていた。
そんなシャンパール領主であるバルバストル家であれば、貴族の中でもトップクラスの財力を持っていてもおかしくはない。
だが貴族の家格を決めるのは、財力より歴史と血筋だ。血筋を考慮に入れたならば、ギリギリうちの方が格上なはずである。それが分かった上でわざとやっているのだとしたら……もしかして、ケンカ売られてる?
「とても美しいご衣装ですわね、ブランディーヌ様。お声がけ頂けて光栄ですわ」
いきなり嫌われる心当たりはないんだけど……ひとまず無難に返した私に、だが彼女は不機嫌そうに眉をひそめた。
「……貴女のご衣装、絹地でしょう? ロートリンジュ公爵家からの援助を受けている分際で、分不相応なのではなくて?」
「少々誤解があるようです。当家はここしばらく援助は受けておりませんわ。この絹地は、懇意にしている商家から供されたものですの」
「見栄のために嘘をつくなど、貴族の風上にもおけない所業ね。婚約者の顔に泥を塗るなんて!」
婚約者という単語に驚いて、私は思わず呟いた。
「え、婚約者? どちらさま?」
「分かっているでしょう。ジャン=ルイ公子のことよ!」
言われて、私は目が点になった。
「私と公子は現在婚約関係にはございませんけれど……そのお話、どちらで?」
「ジャン=ルイ公子、ご本人よ! お父様が縁談を打診したおりに、そう言っておられたのだから!」
こらジャン=ルイ! 外で言っちゃってたんなら、ちゃんと訂正しておいてください!
痛むこめかみを押さえながら誤解を解くための言葉を探していると、助け船? が現れた。
「わたくしも仲間に入れて下さらない?」
今度はどちらのご令嬢だろう……そう考える暇もなく、彼女は腰を落として優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。私はアントワーヌ伯爵が第一女、オディール・ド・ビアスと申します。お会いできて光栄ですわ」
名乗りを聞いて、私は焦った。ビアス家といえば、伯爵ながらうちよりも由緒正しい、格上のお家柄である。慌てて名乗りを返す私を見て、オディール嬢は優雅に微笑んだ。
癖の少ない暗灰色の髪をひかえめに結い上げた彼女は新成人ではないようで、カラードレスを纏っている。貴族名鑑の記憶によると、確か私より二つ年上だったか。彼女のスレンダーな長身を引き立てるように、濃い青のシンプルなドレスが良く似合っていた。
だがその胸元には、大きな大きな輝くダイヤモンドが鎮座している。それを見て私は、アントワーヌ領は宝石とレンズの研磨技術世界一を誇る街として有名であることを思い出した。確か兄が掛けている眼鏡の水晶レンズも、アントワーヌ製だ。
「どんなお話をしていらしたの?」
暗灰色の髪に青い瞳を持つご令嬢は、私とブランディーヌ嬢を交互に見比べるようにしながらそう問いかけた。
「オディール様、聞いて下さいな! この方がジャン=ルイ公子とご婚約なさっていないなどと、嘘をつかれるのです!」
「嘘ではありませんわ。その件でしたら身内の間で少しだけ検討しておりましたけど、結局成立はしておりませんのよ」
「では貴家の経営状況で、どうして絹地など纏えるというのかしら!?」
貴族にしては、ほんとハッキリ物を言うご令嬢だなぁ……。私は逆にちょっぴり感心しつつ、無難な言葉を返す。
「先程も申し上げました通り、懇意にしている商人から提供を受けたのです」
「へぇ……どちらの商会かしら?」
「ヴァランタン商会ですわ」
「ヴァランタン……ああ、百貨店の。見処のある商家ですけれど、なぜ貴家に?」
「当家の御用商人なのですが、ここのところ専売権をいくつか売却致しまして。その見返りの一部のようなものです」
「ふうん……」
なおも信じられないといった様子のブランディーヌ嬢に対して、私はにこやかに話しかけた。
「せっかく魅力的なご令嬢から縁談を申し込まれたちょうどそのときに、運悪くもしがらみから不本意な縁談が持ち上がったところだったなんて……きっとジャン=ルイ公子も、お断りするときは断腸の思いだったでしょう。でももうこちらは白紙になりましたから、ご安心下さい。よろしければ、わたくしの方から再従兄に……まだブランディーヌ様はお慕い下さっているようだと伝言申し上げましょうか?」
「よ、余計なことはしなくて良いわ!」
急に慌て始めた彼女は、顔を真っ赤に染めてかぶりを振った。あれ、この子結構かわいいかも。
「そんな……きっと再従兄も喜びますのに。お二人ほどお似合いの方々はいないと、わたくし心から思いますわ」
「ちょっと! からかっていらっしゃるの!?」
「あら、本心ですわ」
たぶんだけど、ジャン=ルイみたいなタイプには、この子みたいなハッキリ物を言えるタイプが合ってるんじゃないかと思うのよね。あまり無責任なこと言うのはよくないけど、恋バナ的なものを聞くと、ついつい煽りたくなってしまう。
彼女とのやりとりが、ちょっと楽しくなってきたころ。私とブランディーヌ嬢をしばらく見比べていたオディール嬢は、苦笑しながら口を開いた。
「そういえばフロランス様、今日はお兄様といらしているとか」
「はい、そうですけれど……」
唐突に出た兄という単語に驚いて、私は軽く警戒しながらオディール嬢の方へと顔を向けた。
「実は私の弟、アルベール様にはいつか絶対にお会いしたいと常々言っているのだけれど……今日いらしてたと言ったら、きっと悔しがるわね。あの子、当主のくせに社交界が大嫌いだから、今日も欠席なのよ」
そう言って、彼女は呆れたように肩をすくめた。こちらも、なんだかいい人そうである。私は少しだけ肩の荷を下ろすと、二人と話を続けたのだった。




