第51話 妹の門出、兄の再出発
初心舞踏会の、当夜──。
私達を乗せた馬車が王宮の車寄せに到着すると、すぐさま出迎えの門兵が駆け寄った。
先に降りたセルジュの介助を受けて、まず兄が馬車から降りる。続いて兄に手を取られ、新成人の白いドレスに身を包んだ私は裾を汚さないよう慎重に馬車を降りた。
「行ってらっしゃいませ」
侍従のお仕着せ……つまり制服に身を包んだセルジュは、それだけ言うと頭を下げた。どうやら執事のクレマンに、王都滞在中は必要最低限のこと以外は喋るなと強く言い含められているらしい。
私達は大扉をくぐって中に入ると、左右に近衛騎士たちの立ち並ぶ廊下を舞踏室へと進んだ。高い天井からは大きなシャンデリアが等間隔に吊り下げられ、煌々と光を放っている。きらきらと揺らめく炎の灯りを受けて、私の纏う白絹の波は、光の粒を散りばめたように輝いた。
この仄かに漂う甘い香りは、最高級の蜜蝋製ロウソクがふんだんに燃やされているからだろう。この世界のほとんどの人間は、基本的に朝日と共に起きてきて、夕日と共に寝てしまう生活である。理由は、とにかく灯り代が高くつくからだ。
そんな状況でここまでの照明を用意できるとは、さすがは社交シーズンの開幕を告げる大舞踏会である。メイン会場の舞踏室に入る前からこれなのだから、昔より弱体化したとはいえ王家や貴族の権勢はまだまだ健在のようだ。
もっともLED並みに明るい兄ライトに比べたら、ムーディーな程度なんだけどね。
「エルゼス侯爵ご令息、アルベール・ド・ロシニョル様。同ご令嬢、フロランス様。ご到着!」
会場内に響き渡るような案内の声に促され、私達は舞踏室に足を踏み入れた。既に談笑し始めている人々の合間を縫い、新成人とその連れが集う場所へとまっすぐ移動する。
同じ新成人とはいっても、白地という服装規定のある令嬢たちとは違い、令息たちの衣装は様々だ。令息たちは後見人の代わりに、みな美しく着飾ったご令嬢を連れている。
待機場所で近くにいた人と軽く挨拶を交わしているうちに、王家の侍従が開幕の踊りが近いことを告げた。
楽隊の演奏が始まる中、白いドレスの列に加わった私は、兄の手を取り舞踏室の中央に進んでゆく。やがて音楽が止むと共に、列もその歩みを止めた。
国王陛下の開幕の口上が終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こる。そうして再度楽隊の演奏が始まったとき、私達はお互いの方へ向き直った。
互いに一礼して、差し出された兄の手を取ると──開幕の踊りが始まった。
ステップを踏みながらも気になる周囲の様子に目を向けると、白ドレスの令嬢たちは父親らしき年齢の男性と踊っている人が大半である。中に少しいる同年代の男性は、うちのように兄が来ているのだろうか。
「フロランス」
囁くような声で呼ばれて、私ははっとして兄の方を見た。
「緊張してる?」
「……はい」
私が正直に答えると、兄は笑った。
「奇遇だね、ぼくもだよ」
「まあ、奇遇ですわね」
思わず笑うと、いつの間にか先ほどまでの酷い緊張が和らいでいる。そこからは気を散らすこともなく、私達は無事に開幕の踊りを終えられたのだった。
*****
後見役の男性たちから離れて、私は白いドレスだけの列に加わっていた。国王陛下への成人の御挨拶待ちである。
私達は規定通り無言で並んでいたが、チラチラとこちらを見る目線がかなり多いことに気が付いて、私は内心身を竦めた。衆目を集めているのは、あの無駄に目立つ銀眼を持つ兄が原因か……それとも、この無駄に目立つ光沢を持つ絹のドレスが原因か──
いいから早く私の順番来て! ……という祈りが通じたのか。間もなく自分の名を呼ばれて、私は王の御前に進み出た。
「恐れながら御前に侍りまするは、国王陛下の忠実なる臣下、エルゼス侯爵が第一女、フロランス・ド・ロシニョルでございます。このたび成人の歳となり、偉大なる陛下にお目通り叶う身となりましたこと、恐悦至極に存じます」
私は目を伏せて型通りの口上を述べると、片足を引き、深く腰を落とす。左手はスカートを軽く持ち上げ、右手は胸に──淑女の跪礼である。
「うむ、大儀である」
陛下は鷹揚に頷かれると、私の目前に右手を差し出した。ひざまづいた私はそれを両手で捧げ持つと、頭を垂れる。
「そなたを我が王国に連なる貴婦人たることを認める。今後とも、国家、および余に変わらぬ忠義を尽くすよう」
「はい」
ここまで、手順通り。後は許可をもらって下がるだけなのだが、そこで思いがけず御言葉が続けられた。
「面を上げよ」
「はい」
想定外の展開である。私は緊張しつつもなんとか姿勢を正すと、次の御言葉を待った。
「今宵、そなたは兄と共に参ったとのことだな」
「はい」
「そうか……患い長く気に掛けておったのだが、また彼の息災な姿を見られて嬉しく思う。後で此方へも顔を見せに来るよう伝えてくれ」
「はい。御気遣い賜りまして、大変嬉しゅう存じます」
「そなたも……大きくなったな。ヴィルジールは健在であるか?」
「はい」
「彼の者と共に戦場を駆けた日々はまるで昨日のことのようだが……エドゥアールが神に召されてから、もう六年にもなるのか」
王はそこで一呼吸おくと、懐かしむように微笑んだ。
「臣としても、そして古き友の息子としても……本当に惜しい人物を亡くしたものだ」
「勿体のない御言葉でございます」
私が軽く目を伏せて答えると、王は頷いた。
「うむ。下がってよい」
「はい」
私は再び頭を下げて陛下の右手をそっと離すと、一歩後ずさった。
「御前失礼仕ります」
「うむ」




