第49話 節約令嬢の着回し30Days
「では次に、王都ご滞在中に着用されるご衣装についてでございます」
針子がささっと正装のデザイン画を片付けるのを待って、裁断師は平服のデザイン画を並べた。
平服とはいっても他家のお茶会にいつお呼ばれしても恥ずかしくないようなよそ行きで、準礼装に近いものである。華美な装飾や膨らみすぎるスカートでこそないが、どれもとても高価なものだろう。だが貴族のお買い物に、値札なんて付いていないのだ。
しかしながら同じ人に会うのに以前と同じ服を着ていると恥ずかしいとされているので、ある程度の枚数が必要である。一度袖を通した服は二度と着ないのが余裕ある貴族のステイタスとされる風潮すらあるが、そのアホな価値観が貴族の弱体化と商人の台頭を招いているのだから、お笑いだ。
私はワンピースタイプのドレスばかりが並ぶカタログから顔を上げると、裁断師に質問した。
「この衣装たちだけれど、男性服のように上下を分断して作ってもらうことはできないかしら?」
「それは可能ではございますが……流行とは相反するものでございます」
「なにも、分断を強調したいわけではないの。逆に、組み合わせた際に一体と見えるようなものが好ましいわ」
私はカタログをパラパラとめくり、何枚か抜き取っては、指で指し示した。
「これと、これと……この上衣。これらは上下共に。そして、下はこれとこれと……」
私はワンピースのデザイン画の山を3つこしらえると、次に装飾品のデザイン画を手に取った。スカーフ、ケープ、リボン、ベルトと次々に抜き取って、こちらも山を形作る。そこからさらに何枚かに絞り込むと、私は残りをまとめて裁断師に手渡した。
「こちら、しまって下さる?」
「恐れながらお嬢様、この枚数では十日と持ちません。王都へのご滞在期間を考えますと、もう少しお選び頂いた方がよろしいかと存じますが」
「大丈夫よ。ほら、こっちの上衣はこっちの下と組み合わせて、このクロッシェの肩掛けを重ねたら……ほら、元の組み合わせとは全然印象が違うでしょう?」
これぞ日本のファッション雑誌の伝統にして、定番人気コーナー「社交シーズン着まわし30デイズin王都」である……!
「ほう……これは確かに!」
裁断師は咄嗟に感心したように声を上げた、のだが。すぐにその表情に困惑の色を浮かべると、おずおずと口を開いた。
「確かに、素晴らしいご提案でございますが……侯爵家のご令嬢として……」
だが無礼を危ぶんだのだろう。どこか呆れたような表情を浮かべながらも、そこで口を閉ざす。
なんかもう、貧乏性ですみません……。
そこ、商人。噴き出しそうなの我慢してるのバレバレだから!
今年のエルゼス地方の税収は最悪とまではいかないが、まだまだ不作の範疇である。武士は食わねど高楊枝とは言うけれど、無い袖は振れないのもまた、事実なのだ。私はちょっぴり恥ずかしい気持ちを庶民の感覚で押し込めると、そのまま話を進めていったのだった。
*****
「わぁ……」
完成したドレスに身を包んで、私は歓声を上げた。
波打つ絹が織り成す純白は、まるで真珠のように控えめな、だが見る者をうっとりとさせる輝きを放っている。
裁断師とともに入室した商人は私に近付くと、恭しく胸に手を当て頭を下げた。
「フロランス様、仕上がりはいかがでしょうか」
「とても素晴らしい出来よ。衣装作りに携わってくれた全ての者に、礼を言うわ」
「恐悦至極にございます」
再度深々と頭を垂れたギィは、顔を伏せたまま、低く呟いた。
「この白を纏った貴女の隣に立つのが私ではないことが……残念でなりません」
「隣……? ギィ、あなた私の後見役をやりたかったの? ああ、なるほど……夜会に出たいという訳ね」
私は合点がいったかのように頷いてみせると、早口でまくし立てた。
「それならいきなり王宮の夜会は難しいけれど、王都で貴族と商人を繋げる夜会も多く開かれているらしいから、絹地のお礼にいくつか紹介してあげられるよう手配するわ」
一息に言い終えた私がにっこりと笑ってみせると、彼は複雑そうな顔を上げ……そして皮肉げな笑みを浮かべた。
「それは……光栄です」
退出するギィの背中を見送って、私は再び鏡を覗き込んだ。ミヤコは一度も着ることのないまま終わってしまった、真白いドレス。今生では果たして、もう一度着る機会は来るのだろうか。
鏡の前で押し黙ってしまった私の顔を、リゼットが心配そうに覗き込む。
「お嬢様、ご気分が優れないようでございますが……お着換えなさいますか?」
「あ、ああ、ごめんね。ちょっと考え事をしてしまって……」
リゼットを心配させまいと、笑顔を作った。その時。
「フロル、ぼくだよ。着替え終わった?」
「はい!」
私は空元気丸出しで返事をすると、リゼットにドアを開けるよう促した。私同様に新しい正礼装に身を包んだ兄は、入室するなり少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「その……とても綺麗だよ」
私は照れてしまうのを誤魔化すように、努めて明るく礼を言った。
「ありがとうございます! ええと、おにい様も……とっても素敵ですわ」
「そ、そうかな……」
こちらも照れたように頭を掻く兄は、いつものモノトーンコーデに良く似たデザインの服を身に纏っていた。だが大きく違うのは、儀礼用の長上衣を羽織っていることだろう。
漆黒の生地の縁取りのみに銀糸で刺繍を施したそれは、自身にはあまり華美さがない。だが逆に兄の持つ燃えるような紅毛が差し色となって、とても良く似合っていた。
私のドレスの胸元にあしらわれた銀糸の装飾、そしておにい様の長上衣に施された銀糸の刺繍。どこかお揃いのようにも見えるそれらは打ち合わせなんてしてないのだが、お針子さん達が気を利かせてくれたのだろうか。
「舞踏会本番では、眼鏡は着用なさいますか?」
付き従って入室していた裁断師から声をかけられて、兄は少し考えてから、口を開いた。
「蝋燭の灯りしかない夜会の場で、眼鏡なしで人の顔を見分ける自信はないなぁ……かけていくよ」
「では、こちらをご着用下さい」
そう言って裁断師が差し出したのは、繊細な装飾が施された細い銀の鎖である。
「舞踏の最中に眼鏡が落ちてしまわないよう、留めておくためのものでございます」
早速鎖を装着すると、兄は眼鏡をかけなおした。
「本当は正式な場では眼鏡はかけない方が良いってことになっているけど、どう思う?」
「私は断然メガネ男子派ですわ!!」
私が思わず拳を握って力説すると、兄を少し引かせてしまったようである。
「そっ、そうなんだ……なら良いんだけど」
そして彼は言葉を切ると、ため息をついた。
「実のところ眼鏡なしで人に会うなんて、考えられないんだよね。男に生まれてよかったなぁ……」
「え、女は眼鏡をかけて夜会に出席してはいけないのですか?」
驚きの声を上げる私に、兄は神妙そうに頷いた。
「うん。眼鏡もなしにあの薄暗い会場で人の顔を見分けるなんて、本当に無理な相談だから。視力は大事にした方がいいよ」
「それは……はい」
ついついランプの灯りを頼りに読書を続けがちな私は、行動を改めることを心に誓ったのだった。




