第47話 白い絹地のレフ板効果
「では早速ですが、本日はアルベール様およびフロランス様の、正装並びに平服数点のご注文ということで、お間違いございませんでしょうか」
私が肯定すると、仕立屋の女性二人が進み出た。彼女らは最終的な縫製を行うお針子さんの代表で、男性二人の方がデザイン起こしから布地の裁断までを行うクチュリエらしい。クチュリエとは、男性の裁断師、つまり現代でいう服飾デザイナーのことだ。
「ではまず、採寸と致しましょう」
私はルシーヌが付きそう兄と別れて、リゼットと針子の女性を連れて別室へと向かった。別室に到着した私は、針子の女性に言われるがまま、服を脱ぐ。
「あの、それは一体……」
「あ」
採寸でまさかパニエまで脱ぐとは思わなくて、ぱんつはいたままだったの忘れてたー!
「え、ええと……ほら、エルゼスって寒いでしょう? もう秋だし、腰が冷えないよう布で覆っているの。フフ、フフフフフ……」
「なるほど、かしこまりました。ではそちらはそのままで結構でございます」
「そう」
女性が腰を冷やすとよくないという風潮は、この国でも同じだ。内心全裸にならなくて済んで助かったなと思いながら、私は平静を装いながら微笑んだ。
言われるがままに両手を上げ下げしているうちに、どんどん採寸は進んでいく。やがて針子の女性は書き付けを手に立ち上がると、深々と頭を下げた。
「以上で採寸は終わりでございます。裁断師を呼んで参りますので、着衣の上、今しばらくお待ち下さいませ」
リゼットの手を借りて、ちょうど再び服を着終えた頃である。戻ってきた針子は、裁断師のうち一人と、商人、そして沢山の布地を抱えた下男を連れていた。
「ではまず、新成人の正装から打ち合わせを始めさせて頂きますが……その前に」
裁断師の男はそこで言葉を切ると、商人に目配せを送る。するとヴァランタンは布地の包みをひとつ手に取ると、進み出た。
「こちらの布地は、当商会よりの成人のお祝いにございます。どうぞご笑納下さいますよう」
「まあ、ありがとう!」
応接用のスペースに移動して、ローテーブルで包みを開く。出てきたものを見た瞬間、私は目を疑った。
「これは……絹じゃない!」
「さすがフロランス様、ご存じでいらっしゃいましたか」
「ダメよ、頂けないわ!」
私は思わず声を上げると、絹地にバイバイするかのように両の手を振った。亡き母も持っていなかった、絹地の衣装。あの大伯母さまですら、これまでの人生で数着しか持っていなかったはずだ。そんな恐ろしい物をもらったら後が怖すぎる。笑って納めることなんて、できるわけがない。
「お気に召されませんでしたか?」
「気に入るもなにも、こんな高価なものを頂くわけにはいかないでしょう!」
「そうは仰らず、どうぞお手に取ってご覧下さい」
駄目だと頭では解りつつも、差し出された絹地に私の目は釘付けになった。
花嫁と、そして新成人の令嬢にのみ纏うことを許された、純白の衣。それはとてもつやつやと、まるで真珠のように無垢な……だがどこか艶かしい輝きを放っている。こんなにも美しい布地を見て、果たして身に纏ってみたいと思わない女がどれほどいるだろうか。
「でっ、でも……」
なんとか誘惑に抗おうと、ミヤコの理性が口を開いた。しかし。
「先日ご報告致しました通り、フロランス様よりお譲り頂きました秘伝による売り上げは上々にございます。この絹地は、私共の未来への投資とお考え頂けますれば」
そう言ってヴァランタンが片手を上げると、針子が反物をいくらかほどいて、私の肩口に当てた。すかさず裁断師が私の前に回り込み、磨き抜かれた銀の鏡をかざす。
白い絹地の光沢は素晴らしく、私の顔をひときわ明るく照らし出した。白地のレフ板効果だろうか。鏡の中の姿はまるで、アプリで美白効果を加えたかのようである。
私が何も言えなくなっていると、商人は重ねて言った。
「どうぞ、お納め下さいませ。そして、今後ともヴァランタン商会を御引き立ての程を」
すっかり絹地の魔力に取り憑かれた私は、無言でこっくりと頷いた。とっても得したはずなのに、なんだか負けた気がするのは……気のせいということにしておこう。




