第45話 断罪?そして婚約解消(2)
「嫌だ、辞めたくない!」
無駄な抵抗を続けるジャン=ルイに、だが兄は冷酷に告げた。
「円満退官が嫌だというのな、ら、公爵閣下に報告し今すぐ罷免とな、りますが」
「くっ……」
「一年差し上げます、ようくご準備下さい。大丈夫、貴卿ほどの能力と家名があ、れば、他所でも引く手あまたでしょう。それと妹との婚約を白紙撤回す、る件につきましても、お忘れなきよう」
あ、ようやく出てきた婚約解消の件。忘れられてなくてよかったです。表向きは神妙そうな顔をしながら、私は内心ほっと胸を撫で下ろした。
「ジャン=ルイ、残念だ」
その時。ずっと黙って聞いていたおじい様が、口を開いた。
「大叔父上……か、かしこまりました」
生まれ持った能力と周りの環境に恵まれ過ぎて、打たれ弱かったおにい様。だが挫折を知り、そして克服した今、きっと彼は新しい道を歩むだろう。
そんな兄は、憔悴しきった姿で執務室から退出しようとしたジャン=ルイの背中に、声をかけた。
「ジャン=、ルイ公子、いや、りゅイ。この城の書庫に術を施した囲棋盤を置いて行ったのは、君だよね」
先ほどの断罪時とは打って変わって、穏やかな声音である。押し黙ったままのジャン=ルイに構わず、アルベールは言葉を続けた。
「二つの囲棋盤を媒介に遠隔で点火を複数発動させる術式を刻めるなんて、ぼくと同じ火の大精霊の加護を受けている君ぐらいでしょ? それに昔、休暇中の君とはたくさん囲棋を打ったよね。打ち筋がそっくりだよ」
「……そうだ」
ジャン=ルイは俯き背を向けたまま、ようやくか細い声を絞り出す。
「引きこもったぼくの孤独を案じて、遊び相手になってく、れたんだ、ろう? あ、りがとう」
「ちっ、違う! ただ単に、僕の相手になるような打ち手が他に居なかったからだ!」
彼は大仰な動作で振り返ると、そう慌てたように声を上げた。
「それでもぼくの四年間は、君と打つ囲棋だけが外とのつなが、りだったんだ。感謝して、るよ」
「感謝しているだと!? こんな仕打ちをしておいて!」
自分の行いを棚に上げて文句を言う再従兄に、それでもアルベールは穏やかな目をしたまま、言葉を続けた。
「君は、領主には向いていないよ」
「なっ!?」
再び色めき立つジャン=ルイとあくまでも対照的に、アルベールは泰然として彼を見据えた。
「君の能力は、宮中でこそ真価を発揮するものだ。長、らく地方に縛、り付けていて、すまない」
「おにい様っ!」
何故か謝罪の言葉を口にした兄に私が思わず口を挟むと、彼はこちらにそっと目配せを寄越した。そういや、兄を信頼すると言ったんだった。まだ向こうから謝られてもないのにこっちから謝るなんて解せないけれど、兄がそれでいいというなら仕方ない。
私がしぶしぶ引き下がったのを見届けて、兄は話を続けた。
「本当は一刻も早く中央に戻してあげたいんだけど、一年間の仕事が一通り終わ、るまで、引き継ぎを頼みたいんだ」
「……分かった」
そう答えて顔を上げたジャン=ルイはまるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情で、私は目を疑った。
「その……僕が悪かった」
ぽつりと呟かれた声が、静かな部屋に響き渡る。兄は謝罪を受け入れ、本日の話し合いは終了した。
私としてはもっとがっつりやり込めて差し上げたかったところだが──おにい様がこれで良いのなら、仕方ないかな。
*****
「いやあ、緊張したなぁ」
ジャン=ルイがふもとの領主館に戻った後。家族用の居間に用意されたお茶を飲みながら、アルベールは大きく息を吐いた。
「ぬるいですわ」
「そうかな? 温め直す?」
「お茶のことではありません。ジャン=ルイ公子の処遇についてです。税の横領の件に加え、これまでにおにい様があの方から受けた仕打ちの数々……もうお忘れなのですか!?」
「そうだね。でも他の親族達は、そもそも面倒事に触れようともしなかったんだよ。なのに中央で将来を嘱望されながら、こんな面倒な国境地帯で領主代行を引き受けてく、れたんだ。彼な、りに、ぼく達を心配してく、れていたんだよ」
「そんなの、おにい様から爵位を奪おうとしていただけではありませんの!? それに……」
私はカップの中に目を落とすと、小さく呟いた。
「あの方が来る度に大事なおにい様を悪し様に言われ続けて、私は悲しかったのですわ……」
「頼りない兄を大事に思ってくれてあ、りがとう。ぼくもそのときはとても辛かったけど、でももう、過ぎたことだか、ら。それに彼はぼくの弱さを責めたけど……滑舌については、一度も笑ったことはないんだよ」
「そう、だったのですか……」
「それに感情に任せて引き継ぎもなしに追い出してしまうと、後が大変だ、ろう?」
「それは……そうですわね」
私がしぶしぶ頷くと、兄は不敵に笑って続けた。
「三大公爵家と未来の宮中高官の弱味を握っておくのも悪くないしね。彼は民と向き合う領地経営には向いていなかったけど、権謀術数渦巻く宮中で貴族相手に渡、り合うのは得意そうだか、ら」
「確かに」
つられた私とひとしきり笑いあったあと、だが兄は少し寂しそうな目をして、こう付け加えた。
「それに囲棋盤の向こうに居た彼を憎みきれないのも、本当なんだ。ごめん」
「おにい様……謝らないで下さい。嫌なことを言われたからお返しにとっちめてやりたいなんて、私も同類になるところでした。本当に、大人げなかったですわ」
「君はまだ子供でしょ?」
「そうでした」
私達は再び声を上げて笑いあうと、甘いお菓子で疲れを癒す事にしたのだった。




