第44話 断罪?そして婚約解消(1)
あの後、兄の行動は素早かった。その日のうちに祖父に話を付けた兄は、早速オーヴェール城にジャン=ルイを呼び出す手筈を整えた。資料が出来た、その翌々日のことである。主な通信手段が書簡であることを考えると、最速の部類に入るだろう。
ジャン=ルイ公子の来襲、もとい来訪を告げる執事の声を聞きながら、私とおにい様は部屋の奥の談話用スペースで居住まいを正した。ここは侯爵家当主の執務室である。内々の話があるからと応接室ではなくこちらに来るよう指定しておいたのだ。
入室したジャン=ルイは私達に気付くこともなく、まっすぐに執務机に向かう祖父の前に進んだ。
「これはこれは大叔父上、本日はどのようなご用件でしょうか。結納の準備は滞りなく進んでおりますゆえ、どうぞご安心下さい」
芝居がかった動作で挨拶する彼に苦虫を噛み潰したような表情を返すと、祖父は重々しく口を開いた。
「その件だが……この縁談はなかったことにする」
「今更!? どういう事ですか!?」
口から泡を飛ばさんばかりに食って掛かろうとしている彼を、横から落ち着いた声が押しとどめた。
「それは、ぼくか、ら説明しましょう」
声の主を探してキョロキョロと辺りを見回した彼は、ようやく奥の応接セットのところに私たち兄妹が座っていることに気が付いたようである。
「君は……まさかアルベールか!?」
「ご無沙汰しております、ジャン=、ルイ公子」
兄は悠然と立ち上がると、背筋を伸ばして微笑んだ。
昔ぼんやりテレビを見ながら、考えたことがある。このザ・秋葉系という感じのお兄さんと、隣でインタビューしてるイケメンアイドル……素材はそれほど変わらないかも、と。要は自信がもたらす雰囲気なのだ。
キョドキョド定まらない視線とオドオド弱気な態度を改め、ヨレヨレローブはぱりっと火熨斗のあたった準礼装に。指紋ベタベタの眼鏡はピカピカに磨き上げられ、ぼうぼうだった長髪は艶やかに整えられて貴公子然と束ねられている。
猫背を伸ばして堂々と胸を張り、しっかりと相手を見据える兄の横顔は、社交界の華を継ぐ者と言われた再従兄にちっとも見劣りしないものだ。不覚にもぼーっと見とれてしまっていた私は、我に返ると慌てて表情を引き締めた。
気付けば話は本題に入り、兄は祖父とジャン=ルイにゆっくりと近づきながら、その罪状を読み上げているところだった。
今回、残念ながら女である私の出番はない。これまでの怨みつらみを自分の口で晴らしたかったところだが、ここは大人しく発言権がある兄に任せておこう。それに今回の突破口を見付けられたのは、結局おにい様のおかげだしね。
神妙な顔をして奥のソファーで聞き耳を立てていると、やがて話は佳境に入ったようだった。
「──と、このように。ジャン=、ルイ公子は領主代行官の立場を利用して、税収を誤魔化し、横領したと考え、ら、れます」
「ちっ、違う!」
「何が違うというのですか? 数字は如実に貴卿の不正を物語っていますよ」
「その金は……投資したんだ! 不作続きで穀倉の蓄えは減り行くばかり、この私にすらもう打つ手がない。そんなときに新鉱山に投資すれば倍になると言われて、それで……不作の穴を補填しようとしたんだ。ああ、それだけだ!」
彼は天を仰ぐように両手を上げると、絶叫した。
「不作続きのこの土地が悪いんだ。僕が悪いんじゃない!」
「ではなぜ、公に記録しない!」
常に穏やかな兄が珍しく強い口調で詰め寄ると、ジャン=ルイは殆ど泣き叫ぶような声で言った。
「完璧なこの僕が失敗なんてするわけにはいかないんだ! この土地の質が悪いせいなのに、まるで僕の能力が低いみたいじゃないか!」
「そんな身勝手な理由で巨額の損失を隠蔽したと!?」
「それは……」
押し黙ったジャン=ルイに冷たい視線を送ると、アルベールは言い放った。
「今回の件、ロート、リンジュ公爵閣下に報告申し上げても?」
「そっ、それだけはやめてくれ! ちっ父上にだけは、どうか……」
青ざめて懇願する再従兄に対し、対照的にアルベールは優しく微笑んだ。
「承知しました」
「えっ」
「エルゼス領の領主代行として、フ、ランセル家のジャン=、ルイ公子ほどの適任者は、他に居ません。今辞め、られてはこっちが困ってしまいます」
「そ、そうだろうそうだろう! この僕にすら難しいことが、他の奴等に務まるはずがない! エルゼスの領主代行が務まるのは、この僕をおいて他には……」
「一年です」
「は?」
「一年後の引き継ぎまで誠実に務めて頂いたな、ら、罪は不問と致しましょう」
「引き継ぎ? いったい誰に……」
「もちろん、ぼくです」
「そんな! 僕に辞めろと言うのか!?」
「長らくのお務め、ご苦労様でした」




